死者の願いを叶える人
赤猫
死者の願いを叶える人
この手紙を見つけた時にはもう私はこの世にいないのかもしれません。
俺宛に送られた友人の手紙には一言そう書いてあった。
俺の数少ない女友達であるカナタが死んだ。
自殺だったそうだ。
彼女の親御さんがいつまでたっても起きないカナタを起こしに行ったときに見つけたらしい。
悲しいはずなのに涙が出てこないのは俺が薄情な人間だからなのかそれとも実感がないからなのだろうか。
葬式の会場に行くと彼女の両親は弱々しい声で俺に話しかけてきた。
「ありがとうユヅルくんあの子も来てくれて喜ぶわ」
「はい…」
俺は頭を下げて彼女の眠る棺桶の前に立つ。
顔を見る勇気は俺にない。
怖くて見れない。
「見ない方が良いよ顔ひどいから」
「そうかよ」
「首吊りってさ顔色悪いし見たらトラウマになるかもよ」
フードをかぶっている目の前の女が言う。
「あんたは見たのかよ」
「もちろん」
「⋯何も感じなかったのかよ」
この会場にふさわしくないくらい明るい笑顔で頷く。
俺は腹が立って目の前の女の胸ぐらをつかんだ。
「お前カナタの親の顔見ただろ!なんでそんな笑ってるんだよ…!」
「いんやぁ?随分と悲劇のヒロインがお上手なご両親だと思って」
「は?それってどういう…」
軽快なステップで俺から女は離れる。
その動きでかぶっていたフードが外れて顔がはっきりと見える。
その顔はニヤリと何かを企んでいる顔である。
「知りたい?」
「…教えてくれ」
「じゃあ流石にここだと目立つからお葬式終わったら外に来てね私待ってるから」
「分かった」
女はひらひらと手を振って会場から出ていく。
✿
終わってから外に出るとスマホいじっている女がいた。
俺が出てきたのに気づいて手を振ってきた。
「お、少年待ってたよん」
「少年ってやめろよ俺にはモチヅキユヅルって名前があるんだから」
「はいはい分かったよモチヅキ、私も名乗っておこうかな、私の名前はユメにしよう」
「しようかなって本名じゃないのかよ」
「一応仕事中ですし?」
「仕事?」
「うん私は死んだ人の願いを叶えるのが仕事だから」
「死んだ人ってカナタから?」
俺の質問にユメは頷く。
死人であるカナタが?そんな話ある訳ない。
「あの子の依頼は家族への復讐」
家族への復讐?どうして?
カナタと両親の仲は悪くなかったしむしろ仲が良かったはずだ。
「知らなかった?じゃあ今の忘れて頂戴」
「忘れられるか!そんな素振り一度も…」
「あーあ関係ない人巻き込んじゃった、久しぶりの仕事だから感覚分かんないなぁ⋯ま、いいやモチヅキ…君には私の手伝いしてもらうよ」
✿
「さてとちょっと失礼して…」
彼女の両親が眠ったのを確認してから彼女の棺桶のふたたをそっとユメは取る。
カナタの俺はカナタの顔を見れず目を逸らす。
「…うん取れた」
棺桶のふたを戻してゆっくりと外に出た。
「回収できて良かった」
「それは?」
「カナタさんが残してた日記と写真とか音声付のUSBこれを明日ここで流します」
「そこまでしなくても警察に持っていくとか…」
「あの子の依頼は復讐だよ、法の裁きなんかじゃない」
まっすぐ俺の目を見てユメが言う。
しばらくの静寂が続く。
カナタお前は本当にこんな形で良いのか?
本当にこれがお前の望んでいることなのか?
「誰だそこにいるのは…ユヅルくんと君は?」
「すみません」
寝起きの低い声で話すのはカナタの父親だ。
「子供がこんな遅い時間に出歩いていたら危ないじゃないか」
「すみません今帰ります」
「今日は娘のために来てくれてありがとう…そこの君それはカナタの物じゃないか、ダメだぞ勝手に持ってきては返してくれないか?」
ユメの手に持っている物に視線を向けて言う。
その顔は焦りと苛立ちが見える。
「これは貴方の娘さんからいただいたものです」
ニコリと顔色を変えずに彼女は言った。
俺はこのピリピリした空気が苦しくて仕方がない。
「良いからそれを渡しなさい!」
「嫌ですって仕事でやってんだから」
「無理やりでも取るぞ!」
ユメのもとに一歩ずつ近づくカナタの父親。
今にも殴りそうな感じがした。
「ユヅルくんどいてくれないかい?」
「…どいたらカナタにしてたみたいに殴るんですよね」
俺は挑発みたいな発言をしてしまったと後から後悔した。
体か強張って動けない怖い助けて死にたくない。
「あーほらそういう事言っちゃだめだよ」
ぽんとユメの手が俺の肩に乗った。
「改めて自己紹介を私は死者の願いを叶えるお仕事をしている…アイザワカオルです⋯やべモチヅキに本名隠してたのにやらかした!」
シリアスな雰囲気に合わない「うわぁー!」という声を彼女は上げた。
そんなことを無視してカナタの父親は話す。
「死者?誰の?まさか家の娘が頼んだとでも?」
「ええその通りです…いやぁここまでカスな親も見た事ありませんよ、陰湿で気持ち悪い服で隠れるところに暴力の跡やら外では仲良しな家族を演じろとかダメだったら殴ってしつけるとか…いやぁゴミですよー」
「このっ!」
俺を押して彼女に殴りかかる。
俺はそのショッキングな光景を見たくないと思い視界を塞ぐ。
「女の子に暴力振るうの良くないって」
余裕そうにユメ…アイザワカオルと名乗った女は声を発する。
「ね、おじさんこの世で一番死ぬよりも辛い事って何だと思う?」
「な、何を突然…」
カナタの父親は戸惑った震えた声だ。
目をつぶっている俺には分からない。
俺は今起こっている事が気になって目を開けようとするが手で視界を遮られた。
「君には無関係だよこれは…それでも見る?」
「もう巻き込んでるだろ」
「最悪本当にこれで君逃げられないよ」
そう言って彼女は手を離した。
俺は目をゆっくりと開ける。
そこには赤い花と三途の川と思われるものが視界に広がっていた。
✿
カナタの父親は気絶しているようで起きる気配がない。
つんつんとカオルが気絶しているか確認するかのように指で突いている。
「さてとモチヅキくん君は共犯になったわけだけど大丈夫?」
「流石に三途の川やら赤い花やらで頭パンクしそうだったわ」
「あーあれね、あれはね疑似臨死体験的な?」
「生きてはいるんだよな?」
「うん、簡単に言うなら、めちゃめちゃひどい悪夢を見せてるんだよね」
「てっきり本気で殺すのかと」
「まさか」
肩をすくめてカオルは言った。
「この世で死ぬより辛い事って君は何だと思う?」
「難しい質問だな…死ぬことより辛いのって何かあるのか」
「そう思えるんなら君は正常だなぁ…やっぱりやーめた!教えてあげない!」
「はぁ?」
「怒らないでよ怖いって…ほら子供は帰った帰った」
「ちょ!おいまだ話は終わってないって」
「また今度ね」
ぐいぐいと背中を押してカオルは俺を帰らせようとする。
俺はこれ以上は話してくれなさそうだから諦めて帰ることにした。
✿
少年を巻き込んでしまった事は反省しないといけない。
「もう一つの仕事をしますか」
カナタさんの母親のもとへ私は歩く。
「…どこ行ってたのよ一人でいると気味悪くて仕方ないんだから…きゃあ!誰!」
私は目の前の女の頭を掴んだ。
「生きて反省しろ」
私の周りに彼岸花が咲き乱れる。
いつ見てもこの光景は慣れない。
女は悲鳴を上げる時折助けてと懇願していた。
私はその光景を感情の無い瞳で見つめる。
「モチヅキくんこの世で一番辛いのは生きることだよ」
私の声は誰にも届かず夜に消えた。
✿
次の日カナタの残した虐待の証拠は流れて彼女の両親は法に裁かれた。
その時二人はカオルを見て震えていた。
「カナタお前はこんなことを望んだのか?」
カナタの入っている墓の前で答えの返ってこない質問をした。
「聞きたい?」
「聞けるならな」
「死者の話は聞けないからなぁー、だって死んでるんだから」
「分かってるよ」
「拗ねるなよ少年」
「拗ねてない」
にやにやとまた何か企んでいる笑顔に俺の眉間には皺がよる。
「はいこれあげる」
目の前に出されたのは俺の名前が書かれた手紙。
誰だろうか?
「誰から?」
「私からの愛の…って冗談だから!お願い破かないで!それカナタさんからだから!」
「それを早く言えよ…」
俺はカナタからの手紙を読み始めた。
この手紙を読んでいるということは依頼が達成されたんだね。
ビックリしたでしょ、変な手紙送っちゃって、ユヅくんになぜひと言だけ書かれた手紙を送ったかというと、気まぐれです。
すみません怒らないでください。
真面目な手紙は私の望みが叶ってからと決めていたんです。
ユヅくん私ねこうやって君と一生のお別れするとは思わなかったよビックリ!
私は望んだ結果になっているかは分からないけど、あの人達が不幸になることを願っているよ。
カオルさんにお礼を伝えておいてください後この前貸した漫画の続きですが、家にあるので取りに来てください鍵はカオルさんに聞いてもらってください。
友達の少ない貴方の一番の友達カナタより
「…友達少ないは余計だよ本当に」
ぽつりぽつりと出てくる涙が我慢できない。
「結局誰かが警察に持っていったのか何なのか、法に裁かれてしまったけどこれはこれでよかったのかもねカナタさんの依頼した結果とは少しだけ違うけどまぁ良いでしょう」
ぽんぽんと俺の頭を撫でながらカオルは言った。
「子供扱いするなよ」
「大事な人を亡くした君を労わっているだけなのにその言い方は傷つくなぁ…」
「悪かったよ善意だとは思わなかった」
「失礼だな」
「だから謝ってるだろ」
「誠意がないからやり直してください」
良い奴かなと思ったけど前言撤回めんどくさい奴だ。
だけどお礼くらいは言おうと思う。
「ありがとう」
「どういたしまして⋯ところでさモチヅキ、この後暇?」
「暇だけど」
「次の依頼あってねそれに付き合ってよ」
「なんでだよ」
「んー⋯共犯者だから?」
ほら行くよと元気よく笑ってカオルは俺の手を掴んで走り出した。
「ありがとうユヅくん」
後ろから声がした気がして振り向くが誰もいなかった。
死者の願いを叶える人 赤猫 @akaneko3779
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