第25話 もはや……
火事が起きた。
軍艦島から帰って4日後。ユルカの寝泊まりする廃墟に隣。人の住む家だった。
「なんかね、佐伯さんのところ、お料理中に火をつけっぱなしで出かけちゃったらしいのよ。しっかりした奥さんだったのに、ちょっとしたミスで……怖いわねぇ……」
母親からその話を聞いたとき、奏多は青ざめた。
思い当たる節はあった。そして実際に火事場跡に行ってみてそれは確信に変わった。焼けた家の跡は不自然に家の四分の一ほどが全く焼けずに残っていたのだ。それも綺麗な円の一部を描くように。それはユルカがいる廃墟に面した側だ。
「……!」
「潮時だな……」
隣に立つユルカが痛みをこらえるような表情でそんな言葉を絞り出した。
ついさっき太陽が沈み切った夜のはじめ。西の雲が紫に染まる曇り空。燃え尽きた家の前で二人は立ち尽くしていた。
もはやユルカの力は廃墟の敷地を超えてしまっている。それどころか、まだ軍艦島に行ってから4日しか経っていないにも関わらず、その範囲は400メートルほどにまで広がっていた。二人の耳に入ってくる風や都会の音の遠さが、広がった範囲を嫌が応にも伝えてくる。見渡せる範囲のどの家からも、人の気配は感じない。
人に迷惑を掛けたくないのであれば……、
「……もうこの世界にはいられない」
「そんな……!」
もはや見過ごせないレベルの実害が起きている。いや、起き続けている。今この周囲の住民は家にも帰れず果たしてどう過ごしているのか。
「実はさっき、あの廃墟にも『お迎え』が来るようになった。もう限界だよ」
「でも……こんな急に……」
覚悟はしていた。だが、もう少し先だと思っていたのだ。
ここでもう終わりなのか。この自分より二回りも大きい不思議な青年との日々は、こんな突然な終わりを迎えるのか。
そんなのは……、
「俺だって嫌だ……!」
ユルカが感情を吐き出した。彼は拳を握って俯いていた。
「こんな風に思うの、初めてだよ。世界に居続けたいとか、でも他の人に迷惑がかかるから嫌だとか……」
「……」
俯くユルカを、奏多は複雑な表情で見ていた。
「……最後に一つだけ、わがままを聞いてほしい……」
「え、う、うん! なに? なんでも言って?」
「最後に行きたい場所がある。そこに行って……そこで最後にしよう……」
最後。その言葉は、今までユルカから放たれたどの言葉よりも奏多に深く突き刺さった。
「うん。もちろんいいよ! どこに行きたいの?」
「桜島」
「あ……」
奏多はその理由を悟った。以前ユルカが話してくれたときに奏多が言ったのだ。ユルカの故郷は奏多の世界でいう桜島のようだと。
「最後に、奏多と故郷を思い出せる場所に行きたい。そこで……最後だ……」
「……。うん」
空よりも透き通った瞳が、風もないのにささやかに揺れた。
青い空はそこにある。夜になっても、雨が降っても、そこにあるのは、同じ空だ。
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