第17話 気まずい話
「ねえ、見てこれ」
隣を歩く千草が軽く笑みを浮かべて携帯端末を彼方へ見せてくる。その画面には、ニュースサイトの記事が載っている。
『御神体損壊。劣化によるものか』
そんなタイトルが奏多の目に入って、彼女は顔をひきつらせた。
小雨が初冬の冷たさを深める昼休み。風もあるのか、窓に雨粒がついており、時折筋を作って流れている。
灰色の廊下を二人は並んで歩いていた。それぞれの片手には購買で買ってきた総菜パン。陸上部の奏多は三つも買ってきているが、写真部の千草は小さなパン一つだけだ。
Webサイトには巌澄神社の御神体が砕けていることが昨日わかったことや、破片が麓の小川まで転がり落ちていたこと、けが人がいないことが書かれており、川に落ちた御神体の破片まで掲載されている。
眼鏡をかけた親友は長い髪を揺らす。
「神様が逃げちゃったみたいだね」
と、冗談めかして千草は言った。クール雰囲気を纏う親友が、時折こんなかわいらしいことも言うのは奏多もよく知っていた。が、それに対して彼女は苦笑いを返すことしかできない。
昨日あのあと、のんきに「こうなるのか」と言っていたユルカに対して奏多は動揺しまくった。とはいえ起きたことはどうすることもできず、さすがのユルカも砕けた大岩を元に戻す(そもそも問題の本質はそこではない)こともできない。途方にくれるも、これ以上神域に影響を及ぼしては大変だと逃げるように
とんでもないことをしてしまった罪悪感で今も奏多の背筋は寒い。
「も、もし逃げてたらどうなるのかな?」
「うーん。周りに住んでる人の運が悪くなる、とか?」
「え?」
「神道に詳しいわけじゃないけど、ほら、神様って神社でお祈りした人だけのお願いを叶えてるわけじゃないだろうし、その地域にいる人とかも少なからず恩恵受けてるんじゃない? だから、神様がいなくなったらその恩恵が消えて、ちょっとだけ運が悪くなる、みたいな。適当に考えたことだけど」
千草は細い肩をすくめた。
本当に千草は思いついたことを言っただけだろうが、彼女の落ち着いた低い声で言われるとどこなく真実味があるような気がして、奏多の顔色はさらに青くなるのだった。
(一回どこかにいったけど、また帰ってきてるとかないかなぁ……)
いままでのユルカの能力の影響を見るなら、ユルカの能力の効果範囲外になれば雨や人も戻ってくる。同じ理屈で神様ももう戻ってきているかもしれない。……割れた
(いやどうだろうなぁ……)
確かめようはない。それに、周りの影響ばかり気にしているが、罰当たりも罰当たりなことをした自分に天罰が下るかもしれないのだ。天罰を気にするなんて現代人らしからぬ心配だが、実際に神様の存在を認めざる得ない現象に立ち会ったのだから一笑に付すことなどできない。
なんだか胃が痛くなってきたような気がして奏多は大きなため息をついた。
教室に戻ると、いつも昼食を食べている五人組で机をくっつけて食べ始める。
五人は奏多と同じ中学だったり、同じ部活だったり、全員が同じ接点があるわけではないが、自分と接点がない相手は誰かと接点がある相手、という形で繋がって仲良くなった五人組だ。
五人のうち奏多を含め三人は陸上部で、『もっと部活をやろう計画』を考えている朱音もそのうちの一人だ。
「部活のやつ、うまくいきそうなの?」
早々にパンを食べ終えた千草が朱音に視線を向ける。
朱音は大盛りの弁当へ箸を下ろして快活な笑みを浮かべた。
「ちょっと難航中だけど大丈夫! 全然なんとかできそう!」
「あれ、難航してたんだ。結構あっさり行くと思ったけど」
「んー、顧問がねぇ……」
今までのやり方を変えることを強行するわけにはいかないから、ちゃんと部員全員の同意を得ろ。変更後の練習案はあるのか。と言ってまだ部活を厳しくすることはできていない。確かにまだ部員の半数近くは渋っている様子だが、問題はそこではなく……。
「あいつ、絶対自分が忙しくなるのが嫌なだけだよ」
朱音は憤然と鼻を鳴らした。
そう。部活をより活発化させて忙しくなるのは生徒だけではない。増えた練習分顧問も部活に同席しなければならない。もとより顧問も部活に対して熱心ではなく、朱音の提案を正直面倒に思っているのは態度から透けていた。
顧問もやる気の薄い部員も説得するために朱音は奏多たちと一緒に計画を練っているのだ。
週六の練習に変更した際の練習メニューの考案。それもいきなり厳しいものではなく、はじめは普段の練習よりも軽いものにして、全員が練習日の増加に慣れたころに徐々に厳しくしていく。どんなメニューがいいか? どれくらいのメニューならメンバーが乗ってくれそうか? コーチを乗せるにはどうするか? それを奏多たちと普段から相談しているのだ。
「最終的には切り札を切るね!」
「切り札?」
「『変わらないなら私陸上やめます!』って言う」
「アハハッ、それエグいわ」
そう言った美鶴も含め、周囲のメンバーも軽く笑う。
奏多も同様に笑みを浮かべなら、自分の笑みはこわばっていないだろうかと心配になる。
それは最強の一手だろう。朱音は無名もいいところのこの学校の陸上部からのインターハイ出場者。学校としても彼女に陸上をやめさせるわけにはいかない。
だが、その一手を使うのはどうなのか、と奏多は思う。それを言ってしまえば、半ば強引に部活改革は進むだろう。だが、強引に進めるなら、今まで立てた計画はなんだったのか。それに、厳しくなることを渋っている部員も顧問も強引に決めてしまっては後々の角が立つだろう。そう考えるとあまり安易にその手を使うことを言うべきではないのでは、とモヤモヤした感情が湧いてくる。
(でも……)
そんな感情が湧いてくる自分自身へも黒い視線を向ける。自分は朱音の計画には本心では乗りたくないと思っているから、部活が厳しくなってほしくないと思っているから、穿った感情を彼女に向けているだけなのではないかと思ってしまう。
朱音は友達なのに……。
この心の暗さが自分の瞳の汚れによるものか、心にかかった霞によるものかわからない。吐き出しそうになったため息を飲み込む。
ふと視線を感じ、自分の内面に向けていた意識を外に向けると、朱音が奏多のほうへじっと視線を向けていた。
ドクンと心臓が跳ねる。その真っすぐな瞳に自分の心が透かされてしまうのではないかと焦燥を覚える。
「私、飲み物買ってくるね」
と、そう言って立ち上がったのは、千草だった。
「あ、私も行く!」
奏多は飲みかけのジュースを飲み干すと、千草の後を追った。その間も、奏多は背中に朱音の視線を感じていた。
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