第12話 旅行&旅行

週末になるたびに二人はイベント会場や観光地を巡った。


デジタル水族館の次の週に行った浅草では、誰も人のいない雷門を観光した。その次の週は、この世界のことを知りたいというユルカの要望で上野の科学博物館や美術館を巡った。


平日はというと、ユルカは例の廃墟を拠点に活動し、昼間はもっぱら図書館にいるそうだ。この世界のことを知れる場所はないか、と聞かれ奏多が図書館を勧めたのだ。最初はユルカが向かうだけで閉館になるのでは? と思い、休みの日に彼と共に行ってみたのだが、そんなことはなく図書館は平常通り開館していた。ユルカによると、彼の能力範囲よりずっと広い図書館だからではないか、と言っていた。


他の世界から来たにも関わらずこの世界の言葉を話せるように、ユルカはこの世界の文字も問題なく読めるようだった。


また、同時にユルカの能力の調査も進めた。ユルカも言っていた通り、彼の能力が避けるものと避けないものがある。それを調べ、工夫すればユルカも奏多以外とコミュニケーションが取れるかもしれないと奏多は思ったのだ。


ユルカいわく「少なくとも動きがあるものは避ける」らしい。ユルカは雨には当たらないが、同じ水である水たまりがユルカを避けて動くことはない。だがその水溜りの水を奏多が掬って掛けようとすると、途端に放った水は軌道を変えてユルカを避けるのだ。同じように建物はユルカを避けないが、倒壊してユルカに降り注ぐ建物の瓦礫は彼を避ける。


彼がものに避けられる範囲も、どうやらものによって違うらしい。人は20メートル程度だが、雨の範囲はそれよりも少し広い。同じ降ってくるものでも以前奏多に降り注いだ鉄骨は、半径5メートルくらいで彼を避けていた。


「何か法則性があるのかな?」


ある休日。二人の周囲だけ閑散としている中華街。真っ赤なベンチに座って肉饅を頬張りながら奏多はそう漏らす。


「完璧ってわけじゃないけど、それらしいのはあるな。……これうまっ」


 そう言いながら彼が口にしているのは、『口から火が出ること必死! 地獄の赤肉まん! 挑戦者求む!』という宣伝文句で売られていた肉まんだ。皮の部分からすでに赤く、見るだけで痛そうな真っ赤な中身が覗いている。店主曰くちょっとした激辛好き程度では到底完食できないとのことらしいが、ユルカは汗一つかかずに食べている。本人曰く、なんでもいいから刺激を求めて辛い物を食べまくっていた時期があったらしい。そのときに大抵の辛さには慣れてしまったのだという。孤独とは人にこんな行動までさせるのか。


 ユルカは続ける。


「重いものとか、もともと動きが早いものとか、無理に動く向きを変えるのが難しそうなものは結構避けづらいっぽいな」


「私のときの崩れてきた鉄骨とか?」


「あれはまた別。崩れ始めた時点で呪いの範囲内に入ってたから。あれくらいだったら、多分10メートルくらいから近づいて来れないはず」


「あーそういうパターンもあるのか……。ん? じゃあさ……」


 何か思いついたらしい奏多は、肉まんを手早く食べきると、包み紙を丸める。


「?」


 そして、不思議そうな顔をするユルカに向けて5センチくらいの超至近距離から丸めた紙を指ではじいてみる。が、紙は奏多が指ではじいた瞬間全く別の方向へ飛んでいき、ユルカにかすりもしない。


「何?」


「実験。めちゃくちゃ近くからやればユルカにあたるんじゃないかと思って」


 でもだめだった。結局ほとんど接触しそうなほど近くからやっても、そもそも指ではじいた瞬間全然違う方向へ飛んで行ってしまうのだ。


「もー……なんだこりゃ」


「ま、やり方やものによっては俺に近づきようはあるけど、結局俺に触れられないってことは同じみたいだな」


「でもさ、絶対に人に会えないなんてことはないと思うんだよね。だって、例えば牢屋に閉じ込められてる人がいたら、その人はどこにも行けないわけだから、その人に近づくことはできると思うんだよね」


 以前デジタル水族館で見た魚がそうだったように。


「ああ、それ全く同じこと考えたことあるよ。実際その世界で一番大きい監獄みたいなところに行ってみたっけな」


寒くなり始めた季節の空に湯気を吐きながらユルカは視線を遠くに向ける。


「どうだった?」


「未曾有の大脱走が起きた」


「うっわ」


どんな世界だったかはわからないが、絶対それは大事件だろう。


そういえば、電車の時といい、デジタル水族館の時といい、ユルカが近づくことになりそうな人たちは、まるで運命が操作されたかのように彼に近づくずっと前から彼に近づかない動きをしていた。


「それでも脱走できてない人がいてさ」


「おお!」


「でもダメ。その人にどれだけ近づいても認識されなかった」


「ダメかぁー」


徹底して避けられている。


「じゃあ、これならどう?」


奏多はポケットから携帯端末を出すと、友人に電話を掛ける。


「あ、チー? 今暇? ……それ暇ってことじゃん。いいから、ちょっと聞いて欲しいものがあるのよ」


そのまま通話をスピーカーフォンに設定する。ユルカに近い側の膝に携帯端末を載せ、視線でユルカに「何か喋って」と促す。


「声、聞こえる?」


恐る恐るユルカが言葉を並べる。しかし、


「何? 聞いて欲しいものって? 音楽?」


電話主からの反応はない。


「ねえ、今男の人の声聞こえた?」


「え? 全然。マイク遠いんじゃない?」


「じゃあもう一回いくから、ちゃんと聞いててよ」


しかしその後何度試しても、彼女の親友へユルカの声が届く事はなかった。


音自体はどうなっているのか気になり、レコーダーアプリでユルカの声を録音してみると、そこにはちゃんとユルカの声が入っている。


「えー? おかしいよこんなの! や、待って! この音声を人に聞かせればいけるかな?」


「無理だと思うぞ。また『聞こえない』って言われるか、認識できたとしても音として認識できるだけで人間の声としては認識できないとかそんなオチだろどうせ」


「もー、ネガティブ!」


その後紙に書いた文字ならどうか、メールならどうか、ムービーならどうかといろいろ試したが、ついにユルカの存在を人に認識してもらう事はできなかった。どうあっても彼は全てに避けられてしまうらしい。


旅行や調査、他愛のない雑談や他の世界の話を聞いて過ごすうちに時間はあっという間にたち、早くもひと月が経った。週末の旅行ということもあり、初めは東京周辺へ足を向かわせることが多かったが、奏多があることを思いついたことをきっかけに、二人の行動範囲はさらに広がった。


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