第11話 二人だけの世界
それから、奏多とすべてに避けられる青年の不思議な日々が織りなされた。
まず奏多は青年に一つの要求をした。
「なるべく周りの被害を小さくしよう!」
いつもの廃墟にて奏多は青年にそう告げる。
「は?」
今にも崩れそうな古い椅子に逆向きで腰掛けながら、ユルカは青い瞳を奏多に向ける。
「あれから考えたんだよね。やっぱり、同じところで寝泊まりしたり、勝手にその家のものやお店のものを食べたりしたら、その家の人たちが困るでしょ? それはなんとかしないとなって」
「なんとかって、なんだよ。こっちは好きでこんな呪い受けたわけじゃない」
不快そうに眉を顰めるユルカだが、奏多は折れない。
「そうだけど! ご近所さんがこのまま何日も家に帰れなくなるのはほっとけないって! ちょっとした工夫でいいんだよ。使われてないホテルの部屋とか、学校の保健室みたいなそもそも人がいないところで寝たりとか、人がいるところで寝泊まりするのも毎日違う場所にするとか!」
「なんでこっちがそんな気遣いを……」
「それで困る人が減るんだからいいじゃん」
「どうでもいい。大体そいつらは家に帰らない理由を勝手に作ってるだけで、困ってる認識なんてない。それに、仮に寝泊まりをなんとかしたとして、食料はどうするんだ? 盗む以外ないだろ」
憮然とそう放たれた言葉の矢は、しかし奏多に刺さらず彼女は笑顔を浮かべた。
「それがね! いいこと思いついたの!」
「いいこと?」
奏多はカバンからコンビニ弁当を取り出した。
「これ! これ食べて!」
「なんだ、あんたが買ってきてくれるってことか?」
「いやぁ、さすがにそれは金銭的に厳しくって……」
「?」
なら今手に持っているものは何なのか、とユルカは首を傾げた。
「これ、コンビニ弁当の廃棄のやつなの」
「コンビニ?」
「ああ、そういうところはわかんないんだ。うーんまあ、いろいろ売ってるとこ。そこでお弁当も売ってるんだけど、賞味期限……えーと、食べ物が悪くなっちゃう前に捨てちゃうの。で、その捨てちゃうやつならもらっても誰も困らないでしょ? あなたの食べ物はそれをもらえばいいじゃん、と思って」
「なるほどね。そんなのがあるのか」
「うん。私のお兄ちゃんがそこでアルバイトしてるから、ちょっと無理言って毎回いくつか持って帰ってきてもらうようにお願いしたの」
もちろん兄にはめちゃくちゃ怪しまれた。ただ、「最近成長期でめちゃくちゃお腹が減る」とか「最近金欠で自費は厳しい」など、いろんな理由を並べ立てて説得した。「お前、そんなに大食いだったっけ?」とか「じゃあ旅行行くのちょっと控えろよ」と、まったくもって正当な言葉が返ってきたが、最終的には兄も了解してくれた。
兄はかなりの頻度でバイトに出ているので、食糧に困ることはまずないだろう。厳密に言うと廃棄を持ち帰るのはよくないらしいのだが、兄のバイト先のコンビニは少しならいいらしい。
「……」
ユルカはしばらく奏多が持つ弁当箱を何か言いたげに見ていた。自分が気を遣わなければならないということには納得がいっていないのだろう。が……、
「まあ、俺は食べられるならなんでもいいしな……」
と、奏多から目を逸らしながら弁当箱を受け取った。
早速蓋を開けて付属のフォークで弁当を食べはじめる。その間も会話を挟むが彼の口数は少なく、表情は思慮に濡れていた。
弁当を食べ終えるころ、ユルカは呟くように言葉を漏らした。
「その……布団とかも、そういう廃棄とかあるのか?」
「え? えーと……粗大ごみとかで、探せばどこかに捨てられてるかも」
「じゃあ、このあとそれを探すよ。……いちいち別の場所探して寝るのは面倒だし」
再び弁当へ視線を戻しながら、ユルカはそう言葉を漏らした。
奏多は彼の言葉の意味咀嚼する。つまり彼は、寝る場所に関してもなるべく周囲に迷惑がかからないように、どこか誰かの寝床ではなく、どこかで調達してきた布団でこれから寝るということなのだろう。
「でも、どういう心変わり? 嫌だったんじゃないの?」
「嫌ってほど嫌なわけじゃないけど。ただ……」
ユルカは、視線を斜め上へ泳がせた。
「あんたが嫌って言うなら、そうするよ」
「……素直だ」
「うるさいな」
その言葉を返すユルカの耳は赤かった。
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