第8話


「あー……また今度でもいいかな?」


「……分かりました」


「ごめんね?」


「あ、いえ。言いにくいことなんて誰にでもありますから。こっちこそ、すみません」


 俺の反応に気づいたのか、申し訳なさそうに謝った。むしろ無神経に聞いたこっちの方が悪いのに。


「君は――」


「? なんですか?」


「君は私のこと、好きかい?」


「はい!?」


 思わぬ質問に小石で転びそうになる。社長が助けてくれたので醜態を晒すことは無かった。いや十分恥ずかしい。


「ああ、いや。そういう恋愛的な意味ではなく、ね? ほら、友達としてとかそういう」


「な、なるほど……」


 動揺を隠せない俺に淡々と補足をする社長だった。それを見て、こちらも自然に落ち着いてくる。


「それなら、そうですね。好きですよ。優しいですし、頼りになるし」


「それは嬉しい。そっか。なら――


もし、私がすごく悪いやつだったら、どうする?」


「え……?」


 先程とは打って変わった質問に思わず聞き返す。しかしその瞳は真っ直ぐにこちらを見据えており、冗談では無いことが分かる。


「君は、私をどうする」


「――話、を聞きます。悪いやつって言っても内容を聞けば案外そうでなかったりするし、それに、社長ならきっと、……理由があるんじゃないでしょうか」


 しどろもどろになりながら、自分の中の答えを伝える。どう言えば正解なのか、これで良かったのか、しばらくの沈黙の中考え続ける。


「そう……なら、君はその姿勢を続けるといい。それが君にとっての最善だ」


「――!?」


 社長の鈴のような声が、途端に男とも、女ともとれるような中性的な声に変わる。思わず下げていた視線を隣に移す。そこには社長の面影も何もない、目元まで覆い隠す程の白いローブを羽織る誰かがいた。


「……いやあ、申し訳ないと思ってるよ? 本当に。少しの間とはいえ、君の大切な人に化けたんだ」


「あんた、誰だ……」


「自己紹介はまた今度に取っておこう。なに、すぐに会えるとも。ボクがそう言うんだからね。間違いない。我らがプリンセスも会いたがっていることだし。

ああ、本物ともう一人のレディはちゃんと来ているよ。そこら辺、ちゃんとしないとまた嫌な顔をされるからね。過去のことも、本人に聞けたら聞くといい。あれにそんな根性があるのかは知らないけどね」


 聞いてもいないことと、聞きたかったことを一気に話していく。本来ならば切りかからなければいけなかったのだろうか、分からなかったが、何より自分とはである目の前の誰かにどうすることも出来ず固まってしまっていた。その様子を見ながら、口元に笑みを浮かべ、俺たちが目指していた方向を指さした。


「さあ、行きなさい。この領域の主を殺すことで、君の戦いは始まるのだから」


 あんなに遠くに感じていた城がもう目の前に来ていた。


「っま、待て! それに、殺すって――!」


 問ただそうとしたが、強い風が吹き荒れ思わず目を閉じる。そしてそこにはもう誰もいなかった。


「なんだったんだ、あれ……」


 ぽつりと、誰もいない空間で誰に言うわけでもなくそう呟いた。


「――いや、今はとにかく」


 幸か不幸か、目の前に敵の本拠地がある。社長がいない状況で行くのは不安だが、少しでも情報を集めなければ。


 ――周りに溶け込まずにポツンと佇む異質なものに感じる。

 事務所とはまた違った重厚感のある門扉を力を込めて開ける。入ると直ぐに手入れがされた草木が生い茂っており、噴水もあって、想像していたものとはまるで違う景色だった。もっと重々しい雰囲気を感じると思ったが、むしろその逆で安心感すら覚えるものだったのだ。

 しかし警戒を解かずに、城の内部へ入る扉を開ける。


 城の内部は至って普通、というより想像通りだった。高い天井には大きいシャンデリアが輝き、金色に近い色の床はその光を反射していて思わず目を閉じてしまうほどだった。目の前にはレッドカーペットが敷かれた螺旋階段。その奥に、そして左右にもまだ空間が広がっている。


「…………」


 息を潜めてどちらへ向かうか考える。――が、魔力を探知出来るわけでもないので直感的に階段を上ることにした。


 上に上がるとすぐのところに中庭があった。どうやら中庭を囲んだ造りらしい。階段の奥に扉でもあって、そこから出るのだろうと思う。中庭の様子はといえば、綺麗だった。荒れた様子は全く無く、青い花が円形に植えられているだけだった。

 全体を見渡すと、入る前は角度の問題で見えなかったのか小さな塔があった。格子状の小窓が一つだけ付いた、まるで誰かを閉じ込めるような嫌な感じがする塔。それから逃げるように最上階である四階へ行った。


 四階には扉が一つ。今まで見てきた階では全て同じ位置に扉が配置されていたが、どうやら四階は階段に近いこの扉しかないようだ。

 恐る恐るドアノブに手をかける。この空間に響き渡るかと錯覚するほど聞こえる心臓の音を深呼吸で落ち着かせる。

 ガチャり、聞き慣れた解錠の音を鳴らしながらそれを開いた。


「女の子の部屋にノックもせずに入るだなんて……」


「―――!」


「マナーがなってないんじゃないかい?」


 静寂が似合う風景の中で自分ではないもう一人の声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使いのトロイメライ 瀬木蜜柑 @tayunsukapon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ