第7話
「よし、決めた」
そう言ってエレインさんはいつの間に出したのか、私が借りているものより小さい銃を向ける。
――五発、音が鳴った。
一番近くにいた五人にそれぞれ命中し、キラキラとしたものが付いた。しかし当てられた方はなんの変化もないようで、ケタケタと鳴いている。
「はい、終わり」
エレインさんがそう言い、指を鳴らすと後から遅れて撃たれた部分が弾けた。撃たれた方は何も出来ないまま、何も理解出来ないまま落ちていく。
「――!!」
同族が呆気なく終わっていくのを見て、ようやく目の前にいる少女を敵と認識したようだった。その唯一美しい翼を羽ばたかせて残りの十体ほどが、勢いよくこちらへ向かってくる。――はずだった。
「ア、ア……」
こちらへあと一メートルだという距離で何かに空中で止められたのだ。だけど、光の反射で私には何かが絡まっているように見えた。必死に藻掻くがそれは頑丈なようでビクともしない。どうなっているのか分からない、と考える脳はあったのだろうか、悔しそうにも見える表情をした。
「それじゃあさな。あれを撃ってごらん」
「へ――? で、でも」
「あれは人じゃない。それにもしこの後はぐれたりした時、自衛はしてもらわないと。その為の銃だ」
振り返って、エレインさんにそう言われる。その顔は、いつもと同じに見えた。ご飯を食べよう、と誘った時と同じような感じ。
優しい言い方をしているが有無を言わさない圧をかけられた気がした。でも、エレインさんが言っているのはごくごく普通のことなのだから。私が無理を言って連れてきてもらったのだから。
震える手をなんとか持ち上げて照準をナニカに向ける。
「一体倒せばいい。あとは私がするから」
落ち着かせるように、肩に手が置かれた。
── 一人。一人を倒せばあとは大丈夫。
かちかち
かちかち
爪と何かがぶつかり合って、音を不規則に刻む。
――引き金を引いた。
それは導かれるように一直線に額に向かって撃たれる。先程とは違ってすぐに弾は弾け、小さい悲鳴を上げながらそれは力を無くしていく。
「―――」
「お疲れ、頑張ったね」
立ちすくむ私にそう声をかけると、先程と同じように顔色を変えずにそれを倒していく。それは鮮やかに、軽やかに。弾けた時の光が姿をライトのように照らす。何をしていても、彼女は絵画のように美しかった。
最後の一人を倒した後、こちらに歩いてきた。
「大丈夫? 顔色が悪いようだけど。少し休憩する?」
「……いえ。大丈夫、です」
まだバクバクと鳴り続ける心臓を落ち着かせ、なんとか返事を返す。――大丈夫。こんなところで止まっている訳にはいかないから。
「ところで、碧って普段学校ではどんな様子なの? 本人に聞いてもつまらないからいいですーなんて言うんだよ」
しばらく歩いてやっと調子も戻ってきたところに、エレインさんが真似をしながら私に尋ねた。
「え? そう、ですね。至って普通の男子って感じです。お昼も仲のいい友達とよくいるし」
「ちゃんと友達がいたんだ」
「はい。あ、でもこっちにいる時の方が全然明るいかもしれません。やる気に溢れているというか」
「そうなんだ。それは素直に喜んでいいのかな?」
「喜んでいいと思います。なかなか自分をさらけ出して会話が出来る他人なんて限られてますから」
私にとっての家族や、花音のように。どんな経緯で出会ったのかは分からないけど、全く接点が無かったはずなのに、それはすごいことだ。
「そっか、良かった。さなも何か質問してもいいよ。私が答えられる範囲のものなら」
それならば、と気になっていたことを聞く。
「エレインさんがさっき使っていたのは魔法ですか?」
「さっきの? あれは微妙に違うものだよ」
「違うんですか?」
「あれは魔法じゃなくて魔術って言われる方。魔法を使おうものなら、あんなものじゃ済まない。魔法っていうのは、世界のルールを書き換えるもの。死者蘇生とかね。あとは時間移動とか。魔術はそれを何百、何千分の一に抑えたものだよ」
エレインさんは私に歩幅を合わせながらそう説明してくれた。
「さなも使いたいの?」
「その、やっぱり憧れちゃいます」
「現代の人達は使えないと思うけど、帰ったら一応検査してみよう。それで無理だったとしても、さっき私がしていたようなことはさなにもできるよ」
そう言いながら小さい宝石を取り出し、私に見せてくれた。
「この宝石は特殊でね。魔力を貯めることが出来るんだ。私はさっきみたいに弾にして使うことが多い。さなも多分出来るんじゃないかな」
帰ったら教えてあげよう、と続けて言った。こんな状況で思うのは変かもしれないけど、帰るのが楽しみになってしまった。
「あ。あともう一つ……いいですか?」
♦
「……ふぅ」
鎌を下ろしながら軽く深呼吸をする。いつも倒していたのは魔獣とかだったから、さすがにヒトの形をしたものを倒すのには少なからず抵抗があった。しかし目の前に倒れていたナニカは、砂となって消えていったので人間では無かったのだろう。その事に安堵を覚えながら辺りを見渡すと、目が覚めた時より城が近くに感じた。このまま戦わずに着きたい、と静かに祈る。
クシャッと不意に草を踏む音が鳴った。武器を慌てて構え、音がした方向を見る。木の数が多く、隠れるには適した場所だ。先程と同じ奴らかと思ったが、あれは翼で飛んでいたからこんな音はしないはず。社長がいない今、せめて生き残る方法を頭の中で考える。
しかし、そこから出てきたのは――
「碧! 無事だったんだね。良かった」
はぐれていたはずの社長だった。
「社長? なんでこんなところに」
「それはこっちのセリフだよ。どれだけ探したと思ってる」
「それは……すみません」
「まあいい。それより一人でこんなところまで来ていたとは。関心するよ」
社長の姿に安心したが、もう一人いないことにすぐに気づいた。
「社長、設楽は?」
「分からない。来た時から一人だったから。おそらくみんなバラバラに飛ばされたんだろう」
「まずいじゃないですか! 早く探しに行かないと――」
「落ち着け、碧。こんな広い所をむやみに探しても見つからないし、私達が城に行って元凶を倒してからでも遅くない」
「でもさっきみたいなやつを一人で相手出来ませんよ!?」
俺に落ち着くように諭すが、そんなことは耳に入らない。やっぱり連れてくるべきじゃなかったんだ、と悔やむばかりだった。
「……えいっ」
「みゃみを!?」
可愛らしい声とともに俺の頬を両手で挟む。思わず変な声を出してしまった。状況を理解出来ずに困惑していると、先程より近い位置に社長の顔があった。
その紫色の瞳に吸い取られるような錯覚に陥ってしまい、嫌でも落ち着いた。
「落ち着きなさい碧。私が何の策もなしにここに来ているとでも?」
「……何かしたんですか?」
子を宥めるように優しい声でそう言った社長にさらに質問する。
「さっき使い魔を走らせた。さなを守るように言ったから今頃はもう安全だろう」
「使い魔……そうだったんですね。なら安心です」
「だろう? だから早く原因を排除して、助けに行った方が良いと言ったんだ」
「――すみません。焦りすぎました」
「いや、今回は私が悪かった。初めからはぐれなければこんなことにはならなかったからね」
悔しそうな顔をする社長に何も言うことが出来ずにただ黙る。
「さあ、早く進もう。ここにいてもただ時間がすぎるだけだ」
一歩前に出た社長が振り返り、俺にそう言った。
「ずっと疑問に思っていたことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」
数分歩いたところで、俺から話を切り出す。
「何? 私に答えられることなら」
「この領域の主と社長はどんな関係なんですか」
「……!」
こちらに来る前に昔社長が会ったことがある、と言っていた。しかし肝心の内容を俺は知らない。聞いてもいいものなのか考えていたが、それでも社長のことを何も知らない俺にとっては良い機会だった。
「それ、は……」
しかしその解答を彼女の口から聞くことは出来なかった。
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