第6話


奇跡だった。

それは――



自分の始まりだった。




『カタチのないあなたに名前をあげましょう』


彼女がいなければきっと自分はいなかった。


だから、彼女から受けた命令は必ず遂行する。


それで、自分が消えることになったとしても。


たとえ私が、彼女の捨て駒だったとしても。






 スタスタと人通りの少ない道を三人で歩く。周りの家の住人は寝ているようで、明かりは街灯のみの状態だ。それがさらに不気味さを増しているようにも思えて、焦りが出てくる。


「一つ、いいですか?」


「ん? どうしたんだい。トイレなら学校にもあるよ」


「トイレは行きませんよ……」


 心を落ち着かせるために今の状況を振り返っていると、疑問が出てきた。トイレと間違われたのは不服だが。


「なぜ、俺たちの学校なんですか?」


そう。それが分からなかった。正直そこよりいい場所はどこにでもあったはずだ。なんなら外国にだって。なのに何故、島国のこんな都会でもないような街にしたんだろう。と思ったのだ。


「なぜこの街にいるのか、という疑問には答えることは出来ないけど……そうだね。少し魔法とは離れるけど、学校の七不思議ってあるだろう?」


「それってトイレの花子さんとかのですか?」


 学校の七不思議というのは、全ての内容は知らずとも、存在自体は大体の人が知っている有名な話だ。


「うん。そのうちの一つに、『夜中に3階しかない校舎に4階へ繋がる階段ができる。その階段は異界へ繋がるものであり、途中で止めようと思っても絶対に3階へ行くことはできない。』って言うのがあってね。君たちの学校は4階建てだけど、夜中に4階に登ってそこから繋がっている屋上に行くと、異界…やつの妖精領域がある。

夜中に学校に行く悪い子達を怖がらせるためのものだったんだろうけど、それを利用したんだろうね。遊び半分で行った人ももしかしたらいるかもしれない。それに、学校の周りには住宅地があるから人を観察するには持ってこいなんだろう」


 相手の手の中にいたと考えるだけで寒気がする。


「そうそう、妖精領域っていうのは相手の腹の中みたいなものだから気を抜けば死ぬ可能性だってある。油断していると本当に死ぬよ」


「……分かりました」





 その後もいくつか説明を聞いているとあっという間に学校にたどり着いた。


「そういえば社長、どうやって鍵を開けるんですか?窓を割るわけにも行きませんよね?」


「当たり前だ! 君は私を何だと思っている。そんじょそこらの不良じゃあるまいし」


「なら、どうやって……」


「そこはもちろん、魔法だとも。ガチャりと、ね」






 ……本当に開いた。

 設楽と二人で目の前の光景に驚きながら社長について行って学校の中に入る。廊下に少し申し訳なさを感じながら土足で屋上に繋がる階段まで行く。




 一歩ずつ、一歩ずつ。歩く度にその一歩が重く感じる。一応誰にもバレないよう、照明は付けずに社長の魔法で足元を照らしていたが、冬の放課後の暗い校舎よりもさらに闇が深い。

 心臓の音がバクバク聞こえてくるのを必死で宥めながら、社長と設楽の後ろを着いていく。



「――着いたよ」


 社長の声で、ハッと前を見る。扉の前に来たようだった。

 入る順番は今歩いてきたのと同じで、社長、設楽、俺の順番だ。


「いい、自分をしっかり保って。何でもいいから考え続けるんだ。そうしないと、たどり着く前にこの世から消える」


「……」


 ゴクリ。と乾燥した口の中に残っていた、なけなしの唾を飲み込む。


「それじゃあ諸君、直ぐに会おう!」


 そう言って、社長は扉の奥に行った。俺達もそれに続き、扉の向こう側へ向かった。





ぐるぐる

ぐるぐる


自分が消えてしまいそうだ

何かが頭の中に入ってくる

叫んでいる声、泣いている声、喜んでいる声


『……い…! ごめんなさい……! 私がっ…もっ……く来ていたらっ!』

『あ……と同じ顔をしている女性を見たことがあったもので。不快であったの……ば、申し訳ありません。 』

『………様! また……居眠りして! 奥様が心……よ!』

『ああ、ただ……憎い。彼女が』

『あなたの……叶えて差し上げましょう』




 全部が真っ暗で真っ黒で何も感じることができなくなっていた。

 何も感じずに、声だけが流されている感じだった。

溶けて、融けて、とけて、トケテ……

その時、一つのナニカが見えた。


「……!」


 光だ。目を凝らさなければ見えないほど、小さな光。だけど俺は、それを目指した。走ったような、泳いだような。どうやって行ったのかは分からないけど、とにかく目指した。


 その光に辿り着いた時、視界が反転した。





「……は」


 思わず間抜けな声が出た。朦朧とした意識がだんだんはっきりして来た時、立ちながら辺りを見渡した。人は周りにおらず、俺1人だった。


 まるで宝石と見紛う程の輝きを纏った、美しい実を付けた木々。奥には童話に出てきそうな大きい城。草花溢れる大地。太陽の光を浴びて白く輝く1本の川。


 これだけの現代にはない要素を持ってすれば、異界だと言うのは明白だった。そしておそらく、『妖精領域』とかいう場所だろう。



 ペチンッ!と小さく音が鳴る。


 俺は頬を叩き、気持ちを入れ替え、歩き出した。本当は社長達と合流したかったが、この広大な土地を彷徨うことになる可能性が高い。だから城を目指すことにした。俺の幻覚でなければおそらく社長も城に向かうだろう、と踏んだのだ。


「……よしっ! 行くか。」






「おえっ……」


 思わず、吐き出しそうになった。何があったかは覚えていないけど、気がおかしくなるようなものを聞いた気がする。


 息を整えながら辺りを見ていると、足音が後ろから聞こえてきて、急いでその方向を見る。しかしそこに居たのは見慣れた少女だった。


「……! エレイン、さん……」


「良かった、目が覚めて。しばらく死んだように眠っていたから心配したよ」


「ここは……」


「やつの拠点だよ。さなが眠っている間に辺りをサッと見てきたけど、碧が居ないこと以外は心配ない」


「えと、それは……」


 結構やばいことなのではないか。もしやここに来る前に何かあって、消えてしまったのでは。まだ本調子ではない頭を必死に動かして考えた。


 するとエレインさんがそれに気づいて優しい声で私の考えを否定した。


「ああ、碧もちゃんと来てるから安心して。姿は見えないけど何処かにはいる。後でまた会えるさ」


「そう、ですか」


 差し出された手を握り返しながらそう応える。


「…! 綺麗……」


 立ち上がって見たこの大地はすごく幻想的だった。この世のものとは思えないほどに。


「だろう? いつ思い返しても綺麗な土地だったけど、やっぱり紛い物とはいえ実物は綺麗だ」


「……?」


 その声が、一瞬悲しそうに感じて思わず隣を見る。


「いや、何でもない。とりあえず目的地を目指そう。具体的に言うと、あの城だ。碧もそこを目指すだろう」


 指が差された方向を見るととても大きく、白い城が立っていた。あまりにも自然が壮大すぎて気が付かなかった。


「着いておいで。絶対にはぐれないように」


 はい。と返事をして、彼女の後ろ姿を追いかけるように歩く。





 ――それにしても、本当に綺麗なところだ。初めて来るはずなのに何故か懐かしさを感じさせる、不思議な場所。楽園があるとすれば、このような場所を指すのだろうと思うくらい。


「――止まって」


「……!」


 周りに目が移ってしまい、反応するのが少し遅れ、もう少しでエレインさんの背中にぶつかるところだった。


「す、すみません……」


「いや、全然大丈夫だよ。それよりも気をつけて。来るよ」


「え……?」


 その言葉の意味は次の瞬間否が応でも理解することとなった。なんの変哲もなかった地面がボコボコと音を立て徐々に盛り上がって来たのだ。


「これは……」


 そこから出てきたのは歪なナニカだった。見た目で言えばヒトなのだろうとは思うが、体はところどころ腐り落ちて筋肉どころか骨や目玉が少し飛び出ているものもある。 そしてその背中には、不釣り合いな美しいが付いていた。


 だけどエレインさんは焦るどころか


「さて、どうしようか。」


と、まるで食事を決める時のように見つめていた。

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