第5話

書斎に戻り、ごちゃごちゃとしている部屋を断捨離している途中にぐーっと鳴った。……俺のでは無く、社長の腹の虫だが。本当にこんな音がするのか、なんて思いながら社長の方を見ると目を逸らしていた。


「よし、碧。昼食を買ってきてくれ。もしくは作ってくれ」


「えー…」


 食べに行くと誘うのではなく、そう彼女は言った。自分は1歩も外に出ないつもりなのであろう。何度か今までにあったのでよっこらせ、と立ち上がりコンビニでも行ってこようかな。と思った瞬間、ひとつ疑問が浮かんだ。


「待ってください。まさか俺の自腹じゃあありませんよね。」


「……」


「いやいやいや、俺今全然お金持ってないですよ。」


 そう。目を逸らす社長に言った通り、高校生の俺が持つお金なんてそこが知れている。しかもつい先程本人に言っていたがバイトをしているとはいえ、まともに給料が当たった試しがない。


「ちぇっ。わかったよ、はいこれ。」


 唇を尖らせ、すごく嫌な顔をしながら2枚の野口英世を渡してきた。そのお金を片手に、今度こそお昼ご飯を買いに事務所を出た。






「はぁー。美味しかったあ! もう満足! いやでもまだ入るな」


 昼にしては少々多いようにも感じるほどのお金を渡してくれたので、コンビニで大量のパンやお菓子を買ってきた。あまりの量に驚いていた社長は今、ぶつぶつ呟きながら、目の前にあるお菓子を見つめていた。

その様子を横目に、持ってきた荷物からあるものを出す。


「……おい、碧くん。君は何をしようとしているのかな?」


「え? ああ、課題です。部屋の片付けも一通り終わったので」


「仮にも今働いている最中なんだが……?」


 そんなことを言われても他にすることがないのだから仕方がない。それに、俺がいつもやっているのは社長の身の周りのお世話みたいなものだから、今はしなくていいだろうと判断したのだ。

 つっこむだけで特に何も言ってこず、「まあ、することがないのは本当だけども…」と言うだけだったので、一応本人の許可を貰って課題を進めた。





 来客を告げる音がなり、玄関まで行く。


「あ…ごめん、遅かった、かな?」


「いや、そんなことないよ。俺が早く来すぎちゃっただけだから」


 来客の正体は設楽さなだった。時間は5時頃で夜になるにはまだ少し早い時間だったが、俺がもう来ているとは思わなかったのか、思わず謝ってきた。


 俺の言葉に安心したのか、少し顔を緩めた。泊まる用の荷物が入っているであろうキャリーバッグを受け取り、一緒に書斎へ向かう。


「お、さなだったんだね。そんな気はしてたけど。さなに渡したい物があるから来てばかりで申し訳ないけど、こっちに来てくれないかな」


「分かりました。えと、荷物はどこに置けばいいでしょうか」


「大丈夫、俺が置いておくから。」


 ありがとう、と言い設楽は社長に連れられて別室に向かった。


 荷物を片付け、課題をしているとガチャりと扉が開いた。随分時間がかかったな、なんて思いながら扉の方を見るとにやにやした社長がこちらを見ていた。


「どうしたんですか…顔がすごいことになってますよ」


「乙女に向かって失礼な! ふん。まあ、見るといい」


 そう言いながら社長が書斎に入り、設楽もその後に続き入ってきた。のだが、先程の格好とは違っていた。少し控えめだが、社長が着ているようなフリルが付いている服を着ていた。普通ならただドレスアップしただけのように見えるが、その服からは少し魔力を感じた。


「その服って……」


「そう。一緒に行くって言うんだから多少の準備は必要だからね。背格好がだいたい同じで助かったよ」


 おそらくその服には何かしらの魔法による効果があるのだろう。当の来ている本人は恥ずかしそうにしていたが、危険なところに行くので仕方がないと言える。


「さっき軽く銃の使い方のレクチャーはしたし、あとは時間を待つだけだね。だから……」


 何を言い出すのだろう。と構えていると


「夕食にしよう。実はお腹がすごく空いてたりするんだ 」


まあ…うん。そんな気はしてた。


「夕食って言ったって、どうするんです?またコンビニ?お昼のも一応余ってますけど」


「いや、あれはおやつだ。ここは気分をあげるために食べに行こう」


 食べに行くのは嬉しいことだ。だが、あれをおやつと呼べる社長のお腹はどうなっているんだ。とまだ山になっているものたちを見つめる。


「ここら辺で美味しくて、かつスピーディーに食べれるところ知らないか?」


そう聞くと、設楽が手を上げた。


「それなら近くにマイクがありますよ。ファーストフード店で良ければですが」


 マイクと言うのはあの美味しいポテトやハンバーガーがすぐに食べれる有名なファーストフード店である。社長は待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに目を輝かせて、


「そこ行きたいところ! 一人じゃ行きにくいからいつもパスタとか食べてたんだよねー!」


 パスタとかって言うと、もしやファミリーレストランでは無かろうか。前に一度一緒に行った時にすごい慣れてる─美味しい食べ方とか知ってるな─と感じたが、一人で行ってるのか。いや、ダメじゃない。けど俺からするとファミレスは尊敬する。


 行く場所が決まったので、設楽は一度元の服装に着替えて三人でマイクへ向かった。社長はまさかのハンバーガーを全部制覇しようとしていたので、お菓子が大量に余っていることを思い出させ、必死で阻止した。乙女的に危険な感じがしたのだ。


「はぁー。美味しかったー! 今度また食べに来ようかな。でも家で食べたい気分だな」


 これは俺に買いに行かせるやつだな。なんて思いながらはしゃぐ社長の後ろを歩く。

 ふふ、と小さい笑い声が聞こえたので隣を見た。


「ごめんごめん。エレインさんが可愛くてつい」


「可愛いか? 俺をパシリにするわ弄りまくるわで結構大変な人だぞ」


「でもかっこいいところとかもあるよね。私、同じ女だけどドキってしちゃったよ」


「まあ、頼れる人ではあるけど……」


 まさにやる時はやる。やらない時は本当にやらない。と言うような人間である。大変なこともあるけど、彼女のそばを離れようとは思わないのだから不思議なものだ。


 その話をすると何故かムズムズしてきたので思わず話題を変えた。


「そういえば、さ。設楽は部活なんか入ってんのか?」


「うん、一応だけど。軽音部に入ってる」


「へえ! すごいじゃん。なんの担当?」


「キーボードだよ。バンド組んでて。今度校内ライブあるから、興味あったらぜひ来て」


「ライブ!? 行きたい!」


 急に社長が反応して思わず驚く。あまりにも美味しすぎたのか、まだテンションが少し高めだ。


「社長、音楽に興味あるんですか?」


「もちろん! 昔知り合いが弦楽器をしていてね。それで少し興味があるんだよ」


「なら、ぜひ来てください! 頑張って演奏します!」


「その時は碧を連れて行かせてもらうとも!」


「え、俺もですか?」


「教室とか全然分からないんだから当たり前じゃないか」


 なぜ俺が行くことに…と少し呆れてしまったが、ライブをあまり見た事無かったので少し楽しみではある。





 そんなこんなで事務所に着き、色々と最終チェックを始める。ストレッチなどをして体をほぐしたり、動きの確認をしたり。戦闘に向けての準備だ。


「さて、そろそろ時間だ。2人とも、準備はいいかい?」


「はい」


「大丈夫です」


 それぞれの返事を聞いた社長は満足そうに頷き、三人で事務所を出る。今度は食べに行くのではなく、戦いに行くために。

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