音声記録03:点火─生還のためのカウントダウン─
あなたとシュネーは一つの座席に詰めて座り、互いの身体をシートベルトで固定していた。
「シールド固定ヨシ、アーム操作感度ヨシ、シートベルトヨシ……」
もはや見慣れてきたシュネーの指さし確認。少し震える指先を見たあなたは、彼女なりの緊張を鎮めるルーティーンなのだろうと気づく。勿論、生真面目な性格もあるのだろうが。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……何よ、そりゃ緊張もするわ。他に帰るための手がないとはいえ、ミサイルを至近距離で爆発させるのよ? むしろあんたが落ち着きすぎなの」
あなたの視線に気づいたシュネーは呆れつつ苦言を呈する。実際、あなたは大して緊張していなかった。
「……だいたいあんた、狭いシートで私とくっついてるのに心拍数も血圧も安定しすぎよ。少しくらい照れるとか…………ごめん、今のなし。なに言ってんだろ私。ジョークのつもりでわけわかんないこと言ったわ。忘れて」
深くため息をつくシュネー。あなたが思っているよりシュネーは気が動転しているらしい。
「はぁ……ミサイルが不発ってことは多分ないわ。爆発自体は上手くいくはず。問題はダメージを避けて、爆発の勢いで軌道に乗ること」
シュネーは気持ちをリセットするため、今一度状況を確認する。
「真正面から爆発を受けると角度が足りない。だから盾を斜めにして受ける必要があるけど、当然防御が難しくなる。破片がコックピットや動力系に刺されば……ドカン、おしまい」
恐怖を紛らそうとしているのか、シュネーはぱちんと手を叩き少しおどけた口調で言う。
「おまけに周囲のデブリ除去もシミュレーションも最低限しかできない。こんなの運任せの一発勝負と一緒よ。こんなプラン、却下どころか立案者は再教育送りね」
自嘲気味にそう言うシュネー。あなたはそこまで緊張するならやはり操作を代わろうかと申し出る。
「……さっきも言ったでしょ。操縦は代わらないわ。死ぬかもしれないなら、なおさら私は自分でスイッチを押す」
毅然とした態度。気弱な一面を垣間見せたシュネーだったが、やはり心根は逞しい。あなたは彼女の意思を尊重して操縦を奪うことはせず、シュネーの手を覆うように自分の手を
「ちょっと、その手は何よ! ……一緒にトリガーを引くっていうの? 別に、嫌ってわけじゃないけど……」
やはりシュネーの手はわずかに震えている。あなたは彼女の緊張をほぐすため、自分の経験談を語りはじめる。
「安心しろってあんた何様のつもりで……そうね、無敵の“ジョーカー”様だったわ」
シュネーの声から少しこわばりが抜ける。呆れているとも言えたが、緊張が和らいだのには違いない。
手応えを感じたあなたは話を続けた。今と似た状況を潜り抜けたエピソード──〈海渡り〉の経験談を。
「…………えぇ、覚えてるわ。急にあんたの活動地域が変わった時期……〈屋根越え〉の後くらいだったかしら。その時の話がどうかした────え? は? ぷっ……んふっ…ふふっ……嘘! ぜったい嘘よ!」
しかし話を聞いた途端、シュネーはこらえきれずに笑い出す。勇気づけようとしたというのに大笑いされたあなたは首を傾げた。貨物用マスドライバーから打ち出されて海を渡ったのがそんなに面白いのだろうか、と。
「ま、マスドライバーの水平射出で海を渡るって?あんた……ふふ……アレ貨物の打ち上げ用よ? くくく……着地をどうこうする以前に発射の衝撃で潰れたっておかしくないのに……ぷっ……あはは、あり得ない。ホントあり得ないわあんた」
シュネーは吹き出しそうなのを堪えながら、上ずった声であなたの蛮勇を称える。
「まさかそこまでネジの外れたヤツだとは……ひひ……思わなかった……あっははははは……ほとんど労災じゃない! もう、酸素も限られてるのに笑わせないでよ、ふふ……あはははははは」
結局、空気の無駄遣いだとわかっていてもシュネーは大笑いを抑えられなかった。
「ん˝っ……ん˝ん˝っ……すぅ……はぁ」
そうしてひとしきり笑った後、シュネーは咳払いと深呼吸をする。どうにか気持ちを静めた頃には、先ほどの緊張もすっかりほぐれたようだ。
「あーあ、なんだか緊張してたのが馬鹿みたい。あんたの暴挙と比べたら、ミサイルを自爆させた勢いで加速なんて可愛いもんね」
シュネーはくすっと笑って、モニターを見つめなおす。
「よし、やるわよ! システムチェックからもう一回!」
シュネーはコンソールパネルを開き、キーボードを叩きながら早口で各所のチェックをしていく。
「
矢継ぎ早に細かい設定の確認を終えたはシュネーは操縦桿を握り、あなたにも手を重ねるよう促した。
「ほら、カウントするわよ。手、出して」
あなたの手がシュネーの手を覆う。
「何度も手を焼かされたあんたの悪運、全部よこしなさい!」
そこにもう震えは感じなかった。あなたのすぐ横にある彼女の顔は、凛と締まっている。
「10」
シュネーの声に揺らぎはなかった。
「9」
ゆっくりとしたカウントダウン、
「8」
それに伴う規則的な呼吸音、
「7」
それらに焦りはまったく感じられない。
「6」
開き直りではなく、しかし楽観とも違う。
「5」
現状のベストは尽くしたという自負、
「4」
それに見合う結果よ、着いてこい。
「3」
そんな傲慢に似た自信と、
「2」
静かな水面のように凪いだ気持ち。
「1」
相反する心が均衡したシュネーは、
「0」
淀みなくそのトリガーを引き絞った。
「行けッ!
真空中では爆発音はしない。爆発を検知した警告音がビビビと鳴る。ほぼ同時に、盾に突き刺さる爆片のガガンと重く硬い音がアームを伝って響く。誤作動した接敵アラートや、バランサーのダメージを伝えるピープ音が賑やかにさえずる。だがそれを遮ったのは、シュネーの歓喜の声だった。
「ぃよしッ! よしよしよーしッ! 損害軽微! 軌道ヨシ方位ヨシ! コースに乗ったわ!」
喜びのあまりあなたの手を取り、ぶんぶんと振るシュネー。力が入りすぎて少し痛かったが、あなたからも握り返す。
「ふぅ……くくく、やったわ。計画通りよ」
深呼吸をして落ち着いたシュネーは、先ほどの大笑いとも違った愉悦に満ちた笑みをこぼす。
あなたは、かつての戦いで参謀らしく振舞っていた頃の彼女を思い出した。余裕ある含み笑いは、その時のシュネーを連想させるものだった。
「ほらジョーカー、いつまでも浮かれてないで次よ。“帰るまでが遠足”なんでしょう?」
自分のことを棚上げしながらそう言ったシュネーは、コースの再計算を終えたモニターを眺める。
「想定の範囲内だけど、この速度だとあと7日はかかるわね」
計算結果を見たシュネーは、次の作業に取り掛かるべく自分とあなたを固定していたシートベルトをほどき始める。
カチャ
「そっち側のシートベルトも外してくれる?」
カチャ
「よいしょっと」
ベルトが外れると、彼女は座席を離れながら体を回してあなたの方を向く。そして次の作業を告げた。
「寝る支度、するわよ」
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