音声記録02:応急処置─あんたに死なれちゃ困るのよ─
「さて、とりあえずあんたの傷の手当からね」
キョトンとするあなたにため息をつくと、シュネーは座席の下から応急キットを取り出し、ジッパーを開いた。
「はぁ……旧世代型は痛覚が鈍いんだったかしら。右のこめかみのとこ、なんかの破片刺さってるわよ」
シュネーの指がトントンとあなたのこめかみを叩く。言われてみると鈍い痛みがあった。
「大して深くなさそうだけど、消毒は必要ね。左耳のパッチも血が滲んでるし傷が開いてるかも……何よその顔」
意外な面倒見の良さに戸惑うあなた。シュネーは呆れ半分、苛立ち半分で説明する。
「あのねぇ、医者もいないこの状況で感染症にでもかかったらどうするの? 最悪の場合、このマシンの生体認証はどうにか誤魔化すとして、捕虜を捕らえた本人が死んでちゃ向こうに帰ってからの裁判やらで私が不利になるでしょ」
つまり保身のためであって親切心ではない。シュネーの言葉に、それなら納得だとあなたは頷く。
「私があんたのマシンを奪ったと思われて撃墜されるかもしれないし、あんたに死なれちゃ困るのよ。私が模範的で協力的な捕虜だったって証言しなさいよね」
それはどうかな……と首をかしげるあなた。シュネーは舌打ちするとあなたのこめかみをぺしぺしと叩き、横になるよう促した。
「手当してあげるのよ! 少なくとも協力的でしょうが! ほら、狭いんだから退きなさい。ヘルメットは邪魔だから隅にやって。お互いスーツの空調が死にかけてるんだからどうせもう使わないわよ! 違うそっち向きじゃない! あんたの頭は膝の上よ! ほら!」
シュネーに座席から押しのけられたあなたはくるりと回され、狭いコックピットの中で膝枕されるような姿勢になる。
「定期的に応急処置の研修は受けてるから安心なさい。マニュアルもダウンロードしてあるから」
膝枕と言っても自分より強い力で首を押さえられていて、リラックスとは程遠い。
「……思ったより細かい破片が刺さってるわ。あんたたち基地の中でコソコソやってたけど、どこかで爆発でも浴びた? 火傷はないみたいだけど、その直後でよくまぁ
こめかみから耳の周辺をシュネーの指が軽く撫でる。痛みは感じないが、首筋を晒しているせいかゾクリと寒気を覚えたあなたは思わず身をよじる。
「ふふ、何? くすぐったいの? すぐ済ますからじっとしてなさい。手袋ヨシ、消毒綿ヨシ、ピンセットヨシ、トレーヨシ、パッチよし……と」
シュネーは応急キットから道具一式を取り出し、ぱちんと手袋をつける。
「まずは消毒からね」
ひやっとした冷感を伴った柔らかな綿が、こめかみの周りをポンポンと優しく叩く。
「これくらいでいいかしら。次は……破片の除去」
ピンセットを手に取ったシュネーが顔を近づける。ヘルメットをしているときと同じような、耳のすぐ傍で声が響く状況。僅かな吐息を感じることだけが違う。
「大丈夫だろうけど、痛くても動くんじゃないわよ」
あなたは視界の端をよぎるピンセットの先端に一瞥し、シュネーの囁きに素早く頷く。
「頷かなくていいからじっとして。刺さるから」
流石に耳の側で怒鳴ることはないが、その分ドスの利いた声でシュネーが釘をさす。あなたは返事代わりに背筋を正した。
カリ……カリ……
破片をつかもうとするピンセットが、あなたの皮膚を何度か
「……掴んだ。ん……しょっと」
僅かに皮膚が引っ張られる感触のあと、破片が抜けて血が滲んだのか、傷穴がじわりと熱を持つ。
「やっぱり抜くと血が出るわね。さっきより染みるかもだけど、拭くわよ」
少し得意げなシュネーの声の後、再びトントンと消毒綿が肌を叩く。
「次ね……」
カリ……カリ……トントン
カリ……トントン
「最後……取れたわ。パッチ貼ってこっち側はおしまい」
トントン
ペリ……ペタ
保護テープをはがす音がすると、こめかみを覆うようにパッチが貼り付けられた。
「反対向きなさい、次は左よ。そうそう……こっちの手当ては自分でやったの?」
シュネーは左耳の上側の、血が滲んだパッチをツンツンとつつきながら問う。
実際彼女の予想は当たっていた。右こめかみのものと同じく、衛星軌道ステーションの内部で負った切り傷。出血が止まらずパッチを貼って圧迫止血したのだった。
ペリ……ペリ……
パッチがゆっくりとはがされ、肌の覆われていた部分にひやっとした外気が触れる。
「まず血を拭き取って消毒……と」
トントン……
シュネーは消毒綿で固まりかけの血を拭うと、傷の様子を観察した。
「出血は止まってる、炎症もなし。でも耳に垂れた血が固まってるわね」
シュネーは再びピンセットを手に取り、あなたの耳の中を覗く。
「念のためだけど、
ゴソ……ゴソ
ピンセットが耳穴を探り、乾いた血の塊をつまんでは取り去っていく。
「あんた、よくこんな状態であいつと戦ったわね。ほとんど聞こえないでしょ。旧世代型の神経接続レベルでどうにかなるもんなの? ふーん」
ゴソ……ゴソ……ゴソゴソ……
シュネーは呆れ交じりに感心しながら手当を続ける
「ん、手強いのがいるわね。だいぶ深いトコに……」
ガリ……ガリガリ……
「…………」
耳の奥を傷つけないように一層集中するシュネー。
すぅ……と、静かな呼吸音が響く。
ゴソッ
「…………よし取れた」
シュネーの満足げな声にあなたが安堵したその刹那、
「──ふっ」
前触れなくシュネーが息を吹いた。耳穴に尖ったピンセットを突っ込まれて緊張していたあなたは、びくっと震えてしまう。
「ふふ、くすぐったかった?」
あなたの恐怖も知らず、シュネーはクスッと笑うと、確認のため耳穴を覗き込んだ。
「ん……傷はなさそうね。仕上げに綿棒で消毒、と」
シュネーの囁きが一層近くで響く。直後、消毒液で濡れた綿棒の冷たい感触が耳の中を撫でた。
スリ……スリ……スリ……
「パッチ貼っておしまい」
ペリ……ペタ
「はい、終わったわよ。片付け手伝いなさい」
シュネーはあなたの頭をポンと叩き、起き上がるよう促す。
クシャ……カサ……
ゴミを纏めながら、あなたは諸々の不満を呑み込んで礼を述べる。
「ん、あぁ。どういたしまして。存分に恩に着なさい」
お礼を言われると思っていなかったのか、シュネーは僅かに戸惑う。しかし一抹の遠慮もなく、フフンと不遜に笑って受け取ったのだった。
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