敗軍の少女は生き延びたい ~歴戦傭兵のあなたと狭いコックピットで密着ドキドキ応急処置~
マカロ2号
音声記録01:高飛車な投降者―第2隊長シュネーは生き延びたい―
コン、コン、コン、コンコンコン
規則的なノックの音にあなたは目を覚ます。
『──なさい』
接触回線を介したノイズ交じりの声が、あなたの耳元のスピーカーから聞こえてきた。
コン、コン、コン、コンコンコン
コン、コン、コン、コンコンコン
〈ハッチ外部に生体反応を検知〉
〈救助信号を発信しています〉
センサーが警告している。マシンの外、宇宙空間に誰かがいる。誰だろう、とあなたがぼんやりした頭でそう思った矢先、ノックの音が激しくなる。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
『あーけーなーさーい! あけろ! あーけーてー! 生きてるんでしょ! こんな宇宙の隅で会ったのが運の尽きよ!』
高圧的な女の声だ。
『最強の傭兵! 最悪の猟犬! 悪名高き"ジョーカー"! 開けなさいよ! 方々から恨みという恨みを買ったあんたが綺麗に死ねるわけないんだから!』
耳元のスピーカーから響く怒鳴り声。辟易したあなたはハッチを開く。
『この駄け……っ! ほら! やっぱり生きてたじゃない!』
接触回線がレーザー通信に切り替わり、途端に声が明瞭になる。真っ暗な宇宙を背に立つのはやや小柄なシルエットの女。そのスリムなデザインのパイロットスーツには上級士官であることを示す
『直接会うのは初めてね!"ジョーカー”。喜びなさい! この
ピッ
『っちょ……コラ! 閉めるんじゃないわよ!』
ピッピッピッピッピッ
『連打するな! こんな宙域に捕虜を放り出すなんて星間条約違反なんだから! この……んぎぎぎぎぎ……強化人間舐めんじゃないわよ!』
シュネーはその細腕に見合わぬ力で閉じるハッチを押さえると、隙間に体を滑り込ませコックピットへと侵入を果たす。マシンの加速に耐えるために改造された強化人間でなければできない芸当だ。
『ハァ…ハァ…ロック確認エア充填与圧ヨシ……っはぁ、やっと深呼吸できる……すぅ……はぁ……』
ハッチが閉じきって空気が満たされたのを確認すると、シュネーはヘルメットを外した。狭いコックピット内はそれだけの動作をするにも窮屈で、脱いだヘルメットが頭突きのようにあなたの眼前に迫る。身をよじって躱すあなたに悪びれる様子もなく、シュネーは深呼吸の後に再び堰を切ったように文句を言い始めた。
『この鬼畜傭兵! 私を見殺しにする気? 相変わらずいい度胸してるわね……ちょうどいいわ、あんたも顔見せなさい』
抗議する間もなくシュネーはあなたの首元のボタンを操作し、ヘルメットを外してしまう。通信機を通して耳元から聞こえていた声が直接聞こえるようになった。
「ふーん……何よその不満げな目。早く出ていってほしいとでも言いたげじゃない」
シュネーは少し顔を近づけ、あなたの顔をじろじろ眺め、その目つきを咎める。しかし実際その通りで、あなたにとって仇敵と言ってもいい彼女を狭いコックピットに入れる理由はなかった。そして単純に狭い。
「確かに私とあんたは数時間前まで殺しあってたわ。でもそれはお互い仕事だったからでしょ。私の任務は衛星軌道ステーションの死守で、あんたは破壊。どっちも引けない理由があったし……あんたの作戦は成功したじゃない」
シュネーの言葉にあなたが思い浮かべたのは目覚める前の記憶──衛星軌道ステーション上の死闘とその結末だ。
最大の脅威だった
「ウチのじゃじゃ馬……
自分で話すうちに状況を再確認して気が滅入ったのか、シュネーは威勢を失っていく。しかし、それなら戻る場所もないのでは? とあなたが尋ねると、キっと睨んで再び声を荒げる。
「じゃあどこに帰るのかですって? 誰のせいだと思ってるのよこの駄犬! 〈屋根越え〉とか〈スネーク狩り〉でも使ってあげたのに! ちょっとは評価してたのに!あっちこっちフラフラしては燃やして回って! どうせあんた、ウチのオフィサー何人殺ったかも覚えてないでしょ? 覚えてるなら言ってみなさいよ!」
あなたは指折り数えたあと、首を横に振る。戦ったマシンや場所ならともかく、相手の肩書はいちいち覚えていなかった。
シュネーは呆れながらますます眉を吊り上げ、スーツのオフィサーエンブレムをたたく。
「ほらやっぱり! 飾りじゃないのよこの徽章は! オフィサーは戦闘評価も高いエリートで揃えたのにあんたは何でホイホイ勝てるのよ! しかもあの無敵戦闘バカのファーストにまで勝つなんてデタラメよ!」
シュネーの言う通り、企業連合軍の第一隊長は強敵だった。戦闘以外はまるで士官に向かない性格らしかったが、シミュレーションアリーナでも数年間トップに君臨した無敗のパイロットだ。あなたは自分でも運よく勝てただけだと思っている。
「苦労して捕まえたと思ったら収容所をひっかきまわして脱出するし! でかいボロ船を飛ばすわこっちの艦隊はボコスカ沈めるわ! あんたのおかげでどれだけ仕事が増えたと思ってるの! 最後の最後に一矢報いてやったと思ったら生きてるし……なんなの……いつもいつも私の計画をめちゃくちゃにして……」
シュネーの声に涙が混じり、ぐすぐすと泣き出した。さすがに狼狽えたあなたの胸ぐらをつかみ顔を寄せ、シュネーは畳みかける。
「全部、全部失くして宇宙に放り出されて! このまま一人で死ぬんだって、きれいな生き方してこなかったからこれも運命かなって納得してたのに! またあんたが私の前に現れて台無し! あんたのせいでまた死ぬのが怖くなったじゃない!」
シュネーは震える声で、それでもあなたを罵り続ける。それは虚勢ではなく、今の彼女には怒りと死の恐怖しか残っていないのだ。
「グスッ……責任、責任取りなさいよ………………………死にたくないの、私を助けて」
やがて絞り出すような声で懇願したシュネー。しばしの逡巡ののち、あなたは頷いた。
「………………契約よ。依頼人はシュネー・秋波・ベルフラウ。ミッションは私を無事に送り届けること。報酬は後払い、ただしあんたが欲しいだけ請求しなさい」
シュネーはあなたの気が変わらないうちに、口頭で契約を結んだ。弱っていても太々しく、そして抜かりない彼女にあなたはむしろ感心する。
「これまでの禍根は一旦忘れるから、あんたもそうして頂戴。いいわね?」
さんざん恨み言を吐いてからそんなことを言うのはずるい…と零しながら、あなたは再び頷いた。
「なによ。さっきあたしが言った分はノーカンよ。い・い・わ・ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます