10話―ヌーマンの頼み

「みんな~。お姉さん、ちょ~っとお屋敷の方に戻らないといけなくなっちゃったの。すぐに戻ってくるから、それまで仲良く遊んでてね~」


「はーい!!」


 カトリーヌは屋敷に戻る途中、遊んでいる子どもたちにそう声をかける。元気いっぱいな返事を聞き、満面の笑みを浮かべた。


「ふふ、みんないい子ね~。それじゃあ、ちょっと待っててね~」


「ンじゃ、行くか。しかし、ヌーマンのおっさんやスコットに会うのも久しぶりだな」


 子どもたちと別れ、屋敷に向かいながらアシュリーたちは話に花を咲かせる。ダメージが抜けきっていないようで、コリンはぐったりしていた。


 会話に混ざる気力もないらしく、カトリーヌの腕の中でぐでーっとしている。


「そうね~、シュリがうちに来るのは四ヶ月ぶりくらいだもの~。みんな、会いたがっているわ。……あんまり、いい状況ではないけれど」


「おう、そうだったな。一体何があったんだ? アタイの力を借りなきゃなンねえような事態が起きてンだろ?」


「うむ……わしも知りたいぞよー……」


「大丈夫か? 半分くらい魂が抜けてるぞ?」


 ようやく回復してきたコリンが会話に混ざってくるも、オーガ特有の怪力で抱き着かれたのはわりと致命的だったようだ。


「だいじょーぶじゃ……一瞬お花畑が見えたがわしは元気じゃぞ……」


「全然元気じゃねえ……」


「ごんなさいね~、今楽にしてあげるから~。そ~れ、ヒール!」


 今にも死にそうなか細い声で答えるコリンに、カトリーヌは癒しの魔法をかける。すると、あっという間に元気を取り戻す。


 つい先ほどまで死にかけていたのが嘘のように全快したコリンは、ぴょいんとカトリーヌの腕の中から飛び降りた。


「おお、本当に楽になったわい。これなら自分の足で歩け……ほあっ!?」


「うふふ、だ~め。コリンくん、と~っても抱き心地がいいんですもの~、しばらく抱っこさせて~?」


「むぅ、仕方ないのう。じゃが、やさーしくじゃぞ? さもなくば、わしの口から出てはならぬものがまろび出るからの」


「は~い。うふふ、おはだすべすべでもちもちね~、羨ましいわ~」


「やれやれ、可愛いモノ好きも相変わらずだなぁ」


 が、即座に捕獲され再度抱っこされてしまった。いたくコリンを気に入ったようで、カトリーヌはご満悦であった。


 そのまま屋敷の方へ向かっていると、玄関の近くに植木を剪定している男が三人に気付く。人の良さそうな笑みを浮かべ、トコトコ歩いてくる。


「あんれまぁ、アシュリーさまでねぇか! お久しぶりだすなぁ、元気にしてなすったか?」


「おう、アタイはいつでも元気いっぱいだぜハンス。コリン、こいつはハンスっつってな、この屋敷で庭師やってんだ」


「ほう、なるほど。はじめましてじゃのう、ハンス殿。わしはコリン、よろしくのう」


「あんれま、めんこいおなごだっぺな。オラはハンスって言うだ、よろし」


「むあーっ! わしは女子おなごではないわい! 立派な男じゃー! ぷんぷん!」


 もはやお約束となった性別間違いに、コリンは烈火のごとく怒る。カトリーヌの胸の中で、腕をバタバタさせていた。


「も、申し訳ねぇだす……」


「ふふ、仕方ないわ~ハンス。だって、コリンくんってとっても可愛い顔をしてるんだもの。わたしも、事前にお父様から聞いてなかったら女の子と間違えちゃうと思うわ~」


「あ、そうだす。旦那さまが応接間にてアシュリーさまを待っておりますで、急いで行ってあげてくだせぇ」


「お、そうか。待たせるのも悪いし、もう行くわ。また後でな、ハンス」


 ハンスと別れ、カトリーヌに案内されたコリンたちは屋敷の中にある応接間へ向かう。部屋に入ると、柔和な笑みを浮かべた中年の紳士と、爽やかな雰囲気を纏う青年がソファに座っていた。


「お父様、お兄様。シュリを連れてきたわ~。例のコリンくんも一緒よ~」


「おお、そうかいそうかい。久しぶりだね、アシュリーちゃん。来てくれてありがとう。そして、はじめまして。英雄フリード・ギアトルクの息子くん」


「おう! 久しぶりだな、ヌーマンのおっさん。ここ、テキトーに座るぜ」


 紳士――ヌーマンにそう声をかけた後、アシュリーは勝手知ったる我が家のように対面にあるソファに腰を下ろす。


 その隣にカトリーヌが座り、膝の上にコリンを乗せる。逃げられないように、後ろからぎゅっと抱き締める徹底ぶりだ。


「こちらこそ、お初にお目にかかりまする。わしはコリン……いや、ここはフルネームを名乗るべきじゃな。我が名はコーネリアス・ディウス・グランダイザ=ギアトルク。『磨羯まかつ星』フリード・ギアトルクの子でございます」


「おお、これは丁寧な。ではこちらも名乗りましょう。私はヌーマン・エドマンド・ウィンター。『金牛星』アルベルト・ウィンターの末裔です。隣にいるのは、息子のスコットです」


「よろしく、コリンくん。僕はスコット。君の話はダズロン卿から聞いてるよ」


「……お前、結構長いンだなフルネーム」


 それぞれ自己紹介をした後、ヌーマンは早速アシュリーを呼んだ理由を話し出す。どうやら、かなり深刻な問題を抱えているようだ。


「では、早速本題を切り出させてもらいましょう。実は半年ほど前から、私たちに対する脅迫文が届くようになりましてね。『自己満足の偽善行為をやめろ、さもなくば裁きを下すぞ』……と」


「脅迫文……か。いたずらにしても、物騒な文面だな」


「ええ、最初はスコットも私もただのいたずらだと思っていたのですが……最初の脅迫が来てからしばらくした後、財団の職員が襲われる事件がありまして」


「幸い、その時は炊き出しを手伝ってもらっていた冒険者に助けられて足首を捻挫する程度で済んだんだ。ただ……」


 ヌーマンに続いて、スコットが話し出すも途中で口ごもる。何か、言いにくい出来事があったらしい。


「ただ、どうしたのじゃ?」


「捕らえた暴漢の持ち物を改めたら、ヴァスラ教団のバッヂがあったんだよ。本人は、教団の信者から盗んだと言い張っていたけどね」


「私たちとしては、到底そんな言い訳は信じられん。これは教団による攻撃だと判断したんだ」


「あーなるほど、それでカティを呼び戻したってことか。ンで、今度はアタイの力も借りたい、と」


「そうなのよ~。散発的な襲撃がたびたび起きているのだけれど、なかなか相手を捕まえられないの。敵を捕らえるのを、シュリに手伝ってもらおうと思って呼んだのよ~」


 ヴァスラ教団が関わっているとあれば、見過ごすことは出来ない。ヌーマン、スコット、カトリーヌそれぞれの話を聞いたコリンは、ニッと笑う。


「そういうことであれば、わしにもお手伝いさせてくだされ。わしとしても、ヴァスラ教団の暴挙は許しておけませぬでな」


「それは心強い。ダズロン卿も、君の能力には太鼓判を押していたからね。期待してい」


「失礼します、旦那様! 新しい脅迫状が届いておりました!」


 コリンとヌーマンが話をしていた、その時。執事の格好をした初老の男が、慌てて応接間に飛び込んできた。手には、一通の手紙を持っている。


「なに!? ロナルド、早く見せるのだ!」


「は、はい! これを! ……ん? おや、お久しぶりですねアシュリー様。おや、お嬢様の膝に座っているのは……」


「わしはコリン、よろしくのう。ご老人はヌーマン卿の執事さんかの?」


「はい、ロナルドと申します。以後お見知りおきを」


 ヌーマンに脅迫状を渡した後、老執事はコリンに自己紹介を行う。その間、ヌーマンは新たに送られた脅迫状の内容に目を通す。


「なになに……『我々の要求に従うつもりがないことは分かった。ならば、本格的に裁きを下すとしよう。まずは、貴様らが大事にしている孤児どもから殺す。一人残らず、血の海に沈めてやるから覚悟しろ』……だと? おのれ……卑劣な奴らめ!」


「僕たちだけを狙うならともかく、無関係の子どもたちを殺すだと? 許せない!そんな非道、絶対に……う、ゴホゴホ!」


 脅迫状の送り主への怒りを燃やすスコットだったが、突如苦しそうに咳をしだす。心配そうに背中をさすりながら、ヌーマンが声をかける。


「これこれ、興奮してはいかん。お前は持病がある、ここはカトリーヌたちに任せなさい」


「ええ、わたしに任せてお父様。あの子たちには、指一本触れさせない。相手が誰だろうと……叩き潰して肉塊にするわ」


 カトリーヌの目がうっすらと開き、鋭い眼光が覗く。微笑みは消え、敵に対する凄まじい殺意が全身から溢れていた。


 すさまじい気迫に、コリンとアシュリーは気圧されてしまう。


「並々ならぬ殺意よのう。なれば、わしも共に子どもたちを守ろうぞ。いざとなれば、安全な場所に匿うでな」


「ありがとう、コリンくん。敵はいつ攻めてくるか分からない。万全の備えをしておかなければ」


 姿なき敵との戦いが、始まる。

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