9話―ウィンター家との出会い

 玄関から外に出たコリンたちは、冒険者ギルド本部にある例の空き倉庫前の廊下に現れた。コリンが潜ったことのあるドアなら、自由に繋げられるらしい。


「ホント、便利だよなぁ。コリンが羨ましいぜ、まったく」


「ふふふ。マリアベルには感謝してもしきれぬ。彼女のおかげで、わしは存在を他の闇の眷属に知られることなく、八年間生きてこられたのじゃからな」


「え? そりゃ一体どういう……」


「む、いかんいかん。今のは失言じゃった、忘れておくれ。さ、はやいとこ依頼完了の報告をしに行こうぞ!」


「あ、ちょ! 走ったらあぶねえぞ、コリン! ……あいつ、一体どんな秘密を抱えてるんだろうな。いつか話してくれるといいんだけど」


 意味深な言葉を口にしたコリンは、しまったとでも言わんばかりの表情を浮かべる。誤魔化すように声をかけた後、受け付けカウンターがあるロビーへ走る。


 コリンを追いかけつつ、アシュリーは小さな声でそう呟いた。ロビーに到着した後、二人はレッドドラゴンの肝を受付嬢に渡す。


「合計で十個ですね、確かに確認しました! 達成報酬の金貨八枚です、お納めください」


「ありがとうなのじゃ! アシュリー、報酬ははんぶんこじゃ、金貨四枚受け取っておくれ」


「いや、全部コリンがもらいな。今回はあんたのデビュー記念だ、今後のためにも取っとけ」


「なぬ? それは出来ぬ。アシュリーが解体方法を手取り足取り教えてくれたから、これだけ綺麗に肝を集められたのじゃ。そなたが半分貰う権利は当然あるぞよ」


 報酬の取り分を巡り、二人は微笑ましい争いを始める。周囲にいる受付嬢や冒険者たちも、クスクス笑っていた。


 最終的に、コリンが泣きそうになってきたためアシュリーが折れた。金貨四枚を受け取り、カバンの中に突っ込んだ。


(やれやれ、ここまで強情だとはな……。あとでこっそり、コリンのポケットにでも突っ込ンでおくか)


「あ、そうでした。アシュリーさん、あなたに指名依頼が届いていますよ」


 心の中でそう呟きつつ、アシュリーは苦笑する。話が終わったのを見届けた受付嬢が、声をかけてきた。


「ん? アタイにか? へぇ、久しぶりだな。誰からだ? 貴族のお偉いさんか?」


「はい、今回の以来主は……ウィンター家の当主、ヌーマン・エドマンド・ウィンター侯爵閣下です」


「! ヌーマンのおっさんが? ……なるほど、なんかあったわけだな。アタイを頼りたくなるがよ」


 依頼主の名を聞いた途端、アシュリーが真剣な表情を浮かべた。緊迫した雰囲気を纏う彼女に、コリンは問いかける。


「知り合いなのかの? その侯爵殿……確か、この国の北部一帯を治めておるのじゃったな」


「ああ。ヌーマン・エドマンド・ウィンター。ゼビオン帝国最大の貴族にして……十二星騎士が一人、『金牛星』アルベルト・ウィンターの末裔さ」


 そう答えると、アシュリーはニヤリと笑った。



◇――――――――――――――――――◇



「ふむ、そうなるとそなたの家とウィンターの家は深い付き合いがあるんじゃな?」


「ああ。ゼビオン帝国この国で二つしかない十二星騎士の家系だからな。家族ぐるみで仲良いんだ、アタイらは」


 数十分後、二人はシューティングスターに乗り北へ向かう街道を進んでいた。今回は他にも通行する者が大勢いるため、常識的な速度で走行している。


 道行く人々の好奇の視線に晒されても、コリンは全く気にしていない。相手にするだけムダだと考えているのだろう。


「ヌーマン侯爵には二人の子どもがいてな、どっちもアタイの幼馴染みなんだよ。兄貴の方がスコット、妹の方がカトリーヌってんだ」


「ふむふむ、なるほどのう。して、そのウィンター家は何を生業なりわいにしておるのじゃ?」


「貧しい連中を救済する、『ウィンター救貧財団』を運営してるのさ。帝国のあちこちで炊き出ししたり、孤児を引き取って育てたり……いろいろやってンだよ」


 コリンの後ろに座るアシュリーは、ウィンター家についての話を聞かせる。バイクを運転しつつ、コリンは感心していた。


「ほう! それは素晴らしい。富める者の義務ノブレスオブリージュをしっかり果たしておるのじゃな」


「まあ、そういうこった。カトリーヌ……カティも冒険者やっててな、この国じゃアタイと二人しかいねぇSランクなンだぜ」


「カトリーヌとやらも冒険者とな。ほっほっ、なれば一度、手合わせしてみたいものよのう」


「あー、やめといた方がいいぜ? カティ、滅茶苦茶強ぇンだよ。種族がオーガだからな、とんでもねえ怪力持ってやがるのさ」


 オーガ、という言葉を聞いたコリンはカトリーヌがどんな容姿をしているのか想像する。筋肉モリモリ、鋼のような肉体を持つゴリマッチョが浮かんできた。


「……むぅ」


「どんな想像してんだか……。まあいいや。普通なら帝都からウィンター領まで四日はかかるけど、シューティングスターがあれば一日で行けそうだな」


「よし、どんな人物か会ってみたいしフルスロットルで飛ばすぞい! アシュリー、しっかり掴まっておれよ!」


「え!? ちょ、ま……おああああああ!!」


 アクセル全開にしたコリンは、他の通行者の邪魔にならないよう街道の端っこを爆走する。広い街道に、アシュリーの悲鳴がこだました。



◇――――――――――――――――――◇



 翌日。正午になる前に、二人はウィンターに到着することが出来た。ハイスピードで飛ばしてきたので、またしてもアシュリーはグロッキーになっていたが。


「……ああ、ようやく着いた。さ、ウィンター家の本邸があるパジョンの町までもうすぐだ。行こうぜ、コリン」


「うむ! 安全運転を心がけるぞよ!」


 ウィンター自治領に入ったあと、一時間ほどかけて二人は領都パジョンに到着した。小さい町ではあるが、人々は活気に満ちている。


 アシュリー曰く、ウィンター家の本邸は町の北側にあるとのことなのでコリンは町を真っ直ぐ北上していく。


「見えたな、あれがウィンター家の本邸だ。どうだ、コリンの家ほどじゃねえがデケえだろ?」


「むむ、敷地も広いのう。あっちにある建物は……孤児院かの?」


「ああ。その方が町と本邸をいちいち行き来しないで済むってカティが昔言ってたからな。この時間だと、庭で孤児たちと遊んでるンじゃねえか? ま、とりあえず行こうぜ!」


 コリンはアシュリーに連れられ、高い塀で囲まれた本邸へ向かう。正門にいた守衛の騎士にはもう話が通っているらしく、顔パスで入ることが出来た。


「よいのか? アシュリーはともかく、わしは何の面識もないというのに」


「いンだよ、オヤジからいの一番に報告が行ってるだろうしな。せっかくだし、ウィンター家にも後ろ盾になってもらったらどうだ? いろいろ助かると思うぜ」


「うむ、そうし……ぬ? アシュリー、あそこにいるのは……」


「お、カティがいるな。やっぱり子どもらと遊んでたな。おーい、カティ! アタイが来てやったぜー!」


 顔パスで入れたことにいまいち釈然としないコリンは、ふと庭の奥……孤児院付近を見る。そこには、十人ほどの子どもたちと、彼らに混ざって遊ぶ修道服の女性がいた。


 アシュリーが大声で呼び掛けると、女性はコリンたちの方にやって来る。が、女性が近付いてくるにつれて、コリンは違和感を抱く。


「のう、アシュリー。あの女子おなご、何というか……のう?」


「言ったろ? ウィンター家の奴らはオーガだって。一番ちっさいカティでも、身長が二メートル越えてるんだぜ」


「あら~、ずいぶんと早い到着ね~、シュリ。来てくれるのを待っていたわ~」


 コリンたちの元に現れたのは、二メートルをゆうに越える大柄で巨乳なオーガの女性だった。瑠璃のような青い肌と、ポニーテールにした紫色の髪。


 そして、にっこりと微笑む糸目がチャームポイントな人物だ。女性――カトリーヌは、にこにこ笑いながらアシュリーを抱き締めた。


「二ヶ月ぶりね~、元気そうでよかったわ~」


「おう、そっちこそ相変わらずだな。……また肉がついたな、脇腹とかぷよぷよしてるぞ?」


「うふふ~、ご飯が美味しいんだもの、ついつい食べ過ぎ……あら? まあ! ずいぶん可愛らしい子ね~、あなたがお父様のおっしゃっていたコリンくんかしら~?」


 おっとりと間延びした口調で幼馴染みとの再会を喜んでいたカトリーヌは、側にいるコリンに気付く。威圧感を与えぬようしゃがみ、声をかける。


「う、うむ。わしが【ギアトルクの大星痕】の持ち主じゃ。カトリーヌ殿、よろし……わぷっ!」


「や~ん、かわい~! うふふ、わたしのことはカティお姉ちゃんって呼んでくれていいのよ~。よろしくね~、コリンくん」


「むぐ、むご! む、胸に埋まって……息、息が……」


「カティ、離してやれ。そのままだとコリンが死ぬ」


 あまりの可愛らしさにノックアウトされたカトリーヌは、ぎゅっと抱き締め自分の胸の谷間にコリンの顔を埋める。


 今にも死にそうなコリンを見かね、アシュリーが助け船を出す。カトリーヌはコリンを離し、ひょいと抱き上げた。


「た、助かった……」


「あらあら、ごめんなさいね~。わたし、可愛いものを見ると夢中になっちゃうから~。さ、屋敷に行きましょう? お父様とお兄様のところに案内するわ~」


 そう言うと、カトリーヌはコリンたちを連れ屋敷の方へと歩いて行くのだった。

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