11話―ハンスという男

 その日から、コリンたちはウィンター家の屋敷に泊まり込むことになった。敵の魔の手から、子どもたちを守るためだ。


「みんな~、ただいま~。今日は、と~っても嬉しい報告があるのよ~。新しいお友だちが、みんなに会いに来てくれたのよ~」


「ほんとー!?」


「だれだれ~?」


「うふふ、この子が新しいお友だち、コリンくんよ~。みんな~、仲良くしてあげてね~」


「はーい!!!」


 話し合った結果、コリンは孤児院の新しいメンバーとして、アシュリーは職員として潜り込み、子どもたちを守ることになった。


 そうすれば、大半の状況で子どもたちを間近で見守ることが出来るからだ。……が。


「うむ、よろしくたの……むあっ!?」


「こりんくん、あそぼー!」


「いっしょにおままごとしよー!」


「だめだよ、ぼくたちといっしょにぼーるあそびするんだい!」


 新しいお友だちが出来たことに大喜びな子どもたちによる、第一回コリン争奪戦が開催された。取り囲まれたコリンは、揉みくちゃにされる。


「あああ、待て待て! そんなにひっぱるでない! 分かった、順番にみなと遊ぶでな、それ以上は……いたたたた!!」


「すげぇな、あのコリンが蹂躙されてやがる」


「うふふ~、みんな元気いっぱいね~。やっぱり、子どもは元気なのが一番よね~」


 早速人気者になったコリンは、庭中あっちへこっちへ引っ張り回される。最初は子どもたちの輪に溶け込めず、ぎこちなかったコリンだが、遊ぶうちに少しずつ打ち解け始めてきたようだ。


「あとはコリンくんだけだぞー! ぼーるあてちゃえー!」


「ふっふっふっ、これしきのゆるゆるボールを避けられぬわしではないわ! さあ、どこからでもかかってくるがよい! わしは絶対にアウトにはならぬぞ!」


「よーし、ていやー!」


 心底楽しそうな笑顔を浮かべながら、コリンは孤児たちとドッジボールで遊ぶ。その様子を微笑ましげに見ていたカトリーヌたちだったが、ずっとそうしてもいられない。


 彼女らには、ウィンター救貧財団の仕事が山のようにあるのだ。


「さあ、わたしたちもお仕事に行きましょ~。まずは炊き出し用のお料理を作って、各スラムへの手配をしてから子どもたちのお洋服を縫うの。それが済んだら、今度はおやつを作って、それから~……」


「やることめっちゃ多いな!? ま、遊んでるわけにいかねえしいっちょ気合い入れるか!」


「うふふ、頼りにしてるわね~シュリ~」


 アシュリーたちが去ったあとも、コリンたちはまた最初からドッジボールを行う。すると、そこに休憩中のハンスがやって来た。


「あっ、ハンスのおじちゃん! ねえねえ、おじちゃんもいっしょにあそぼー」


「あそぼあそぼー」


「よしよし、そんならオラも混ざるとすっぺ! よーし、みんなまとめて相手してやるだよ!」


「わーい!」


 仕事道具を脇に置き、ハンスもドッジボールに混ざる。……が、すぐに子どもたちに群がられ木登りならぬハンス登り大会に変貌した。


 穏やかな人柄故に、子どもたちに大人気なようだ。少し離れたところから見ていたコリンも、どこか微笑ましそうにしている。


「みんなー、おやつが出来ましたよー。さあ、戻っていらっしゃーい!」


「はぁーい!!」


 二時間ほど経った頃、財団に所属するシスターが子どもたちを呼びにきた。元気よく返事をした後、子どもたちは勢いよく走っていく。


「ふぁー、今日もみんな元気だなぁ。ん? ぼんずは戻らなくていんだべか?」


「わしは後からでよい。それより、少し話をせぬかハンス殿。ちっとばかし、そなたに興味が出たのじゃ」


「おー、そっかそっか。んだば、そこの木陰でお話すっぺ。あ、そうだ。オラが代わりにおやつ貰ってくるけぇ、待っててくんろ」


 孤児院の近くに立っている木の側に移動した後、ハンスはコリンの分のおやつを取りに向かう。少しして、かごいっぱいのクッキーを持って戻ってきた。


「お待たせしただ。さ、食べるべ」


「うむ、いい匂いじゃのう、旨そうじゃ。では、いただきまーす! うむ、旨い!」


「んだんだ。カトリーヌお嬢さまの手作りだからなぁ、とっても美味しいだよ」


 焼きたてのクッキーに、二人は舌鼓を打つ。少しして、コリンの方から話を切り出した。


「ところで、ハンス殿は子どもたちと仲がいいのう。とても慕われておるな」


「んだぁ、オラもここの孤児院の出身でなぁ。あの子たちの大先輩なんだべよ。んだもんで、ついつい世話焼きたくなるんだぁ」


「む、そうであったのか。なるほど、あそこまで慕われているのも納得じゃ」


「へへ、照れるだよ。でも、これも旦那さまやお嬢さまへの恩返しの一つさぁ。オラなぁ、むかーしお嬢さまに救われたんよ」


 そう言うと、ハンスはゴツゴツした大きな手でクッキーをつまむ。庭仕事で荒れた、傷だらけの手だ。


「オラなぁ、貧乏農家の五男坊だったんよ。十二の時に、口減らしに捨てられたんだぁ」


「なんと、酷いことを。親とは思えぬ所業じゃな!」


「仕方なかったんさぁ。あん頃は不作が続いて、みんな腹空かしてたから。行くあてがなくて、あちこちフラフラしてたんだけども、空腹には勝てなくてなぁ。オラ、死にかけてたんよ」


「そこをカトリーヌに救われた、と?」


「んだ。当時五歳だったお嬢さまが、たまたま炊き出しの手伝いに来ててなぁ。路地裏でぶっ倒れてたオラを、助けてくれただよ」


 遠い過去を懐かしみながら、ハンスは水筒の水を飲む。コリンは何も言わず、黙ってクッキーを食べる。ほんのりと甘い、優しい味わいが口の中に広がる。


「オラに炊き出しのメシを食わしてくれて、おまけに孤児院に引き取ってくれただ。身の回りの世話から、文字の読み書きに算数まで教えてくれて……本当に感謝してるだよ」


「そうか……それで、財団で働いておるというわけじゃな?」


「んだんだ。オラは決めただよ。一生をかけて、旦那さまたちに恩返ししてくって。まあ、オラどんくさいから、庭師の仕事くらいしか出来ねえけどもな! はっはっはっ!」


「ふふ、立派な心がけじゃ。わしも応援するぞよ。たんと長生きして、恩返ししてあげるのじゃぞ?」


 そう言って、ハンスは豪快に大笑いする。コリンの方はというと、ハンスに対して心からの敬意を抱いたようだ。


 ハンスへ応援の言葉をかけ、にっこりと微笑む。照れ臭そうに頭を掻きながら、ハンスは頷いた。


「ありがとなぁ。よーし、オラやる気がぐんぐん湧いてきただ! さぁ、庭仕事再開するっぺよ!」


「うむ、怪我しない程度に頑張るのじゃぞ」


 首からかけていた手拭いで手を拭いた後、ハンスは休憩を終え仕事を再開する。その後ろ姿を見ながら、コリンはそう声をかけた。


 ――穏やかな日常が崩壊する時が、目前まで迫っているなど知ることもなく。



◇――――――――――――――――――◇



「なに!? ウィンター邸に例の二人がいるだと!」


『はい、ヌーマン侯爵が呼び寄せたようです。自分たちの警護をさせるつもりのようですが……どうします、オラクル・ベイル』


 その日の夕方。ヴァスラ教団の幹部、ベイルはある人物と連絡用の魔法石でやり取りをしていた。ウィンター家襲撃を前に、厄介な相手が来たと内心舌打ちする。


「問題ない、そんなこともあろうかと助っ人を用意しておいた。作戦に変更はない、今夜ウィンター本邸を襲撃する。お前は最後の仕上げを整えろ。いいな? ロナルド」


『かしこまりました。ところで、約束は覚えていますよね? オラクル・ベイル』


「ああ、覚えているとも。ウィンター家が滅亡した暁には、奴らの遺産をそっくりそのままお前にくれてやる。だから、決してしくじるなよ」


『ふふふ、お任せを。この日が来るのをずっと楽しみにしていたのですから、何が何でも成功させますよ。あっはははははは!!』


 ベイルと話をしているのは、ヌーマンの執事――ロナルドだった。通信を終えた後、ベイルはパチンと指を鳴らす。


 すると、彼の背後に謎の人物が現れた。前身を黒いローブで覆い、頭にはフードを深く被っている。幽霊のように、不気味に佇んでいる。


「呼んだか? ベイル」


「ああ。早速、お前の出番が来たぞボルゾール。例のガキを始末してもらいたい」


「ヤツか。いいだろう、望むところだ」


 ボルゾールと呼ばれた人物は、かすれた声でそう答える。闘志をみなぎらせているのか、どことなく嬉しそうだ。


「クッククク、頼もしいものだ。目には目を、歯には歯を。闇の眷属には闇の眷属をぶつけるのが一番。これであのガキも終わりだな」


「楽しみにしていろ。ヤツ――コリンの首を、お前への土産にしてやる。フフフフフ……」


 大いなる悪が、動きだそうとしていた。

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