5話―密偵を暴け!

 ヴァスラ教団の手先が起こした襲撃事件が終息してから、数十分後。後始末を終えたコリンとアシュリーは、ダズロンと共に執務室にいた。


 一部始終を報告しているのだ。


「なるほど、そんなことがあったのか。しかし、朝っぱらから乗り込んでくるたぁ、教団の奴ら俺たちをコケにしてやがるな」


「……一つ、気になることがあってのう。あの者たち、最初からわしを狙っておった。ギルド本部にも、連中の密偵が紛れ込んでいるのやもしれぬ」


 憤るダズロンに、コリンはそう呟く。アシュリーコリンの意見に同意し、頷いた。


「アタイもそう思うぜ、オヤジ。いくらなんでも、奴らの動きが早すぎる。マデーレ支部だけじゃなく、本部にも奴らの手先がいるはずだ」


「だろうな。とはいえ、本部の職員だけで三百人はいる。しらみ潰しに探すのは、流石に骨が折れるな」


「ふむ。そういうことなら、わしに任せてはもらえぬか? 捕らえた連中に、情報を吐かせてみせよう」


 人の姿に戻ったスキンヘッドをはじめ、四人の男たちは徹底的な武装解除を施され、鎖でぐるぐる巻きにされ空き倉庫に押し込まれている。


 彼らから上手いこと密偵の情報を引き出すことが出来れば、すぐにでもギルド内に潜む驚異を排除することが可能だ。


「おっ、昨日みたいに記憶を抜き取るのか?」


「うむ。……と言いたいところじゃが、今回はやり方を変えるつもりじゃ。奴らが何かしらの対策をしている可能性もあるからのう」


「やり方を変えるって、何するつもりだ?」


 アシュリーが問うと、コリンはニヤッと笑う。可愛らしくも、闇の眷属らしいどこか邪悪な笑みだ。


「ふっふっふっ。ここは一つ、闇の眷属流の尋問術を見せてやろう。というわけで、用意してほしいものがあるんじゃが」


「おう、任せな。俺が用意出来るモンなら、何でも取り揃えるぜ」


「では、耳を貸してたもれ。ごにょごにょ」


「ふんふん、そんなんでいいのか? なら、すぐに手配出来るぜ」


「頼んだぞよ、ダズロン殿。ふふふ、わしの腕を見せてやるわい。必ず情報を引き出してやるわ!」


 やる気をみなぎらせ、コリンは拳を握る。一時間後、調達を頼んだモノが手配された。コリンは人の頭ほどの大きさがある水晶玉を、アシュリーは飲み物が注がれたグラスが五つ乗った盆を持つ。


 倉庫の奥に行くと、男たちが転がされていた。全員、ギルドの治癒術師によって治療を施されているため傷はない。


「来やがったか、小僧。尋問でもしに来たか? 言っとくが、俺たちはどんな拷問をされても口を割るつもりはねえぞ」


「そうだそうだ!」


 敵意を剥き出しにする彼らに近付き、コリンは友好的な態度で声をかける。


「ふふふ。どうじゃ、喉が渇いたであろう? レモネードを持ってきたでな、飲むかの?」


「なんだと? フン、どうぜ自白剤かなにかを盛ってるんだろう、誰が飲むか!」


「なんじゃ、何も入っとらんというのに。せっかくの善意をムダにするのかの? 残念じゃのう、こんなに冷えていて美味しいのに」


 肩を竦め、コリンは水晶玉を脇に抱えつつグラスを一つ手に取る。氷がたっぷり、キンキンに冷えたレモネードを実に美味しそうに飲んでいく。


「くぅ~! やはりレモネードは美味しいのう!」


「……ごくり。旨そうだなぁ。俺も飲みたいなぁ……」


「俺も……。もう一時間も押し込められて、喉が渇いちまった。兄貴ィ、一杯くらいならいいでしょ? ねえ」


 その様子を見ていた男たちは、喉の渇きも手伝いリーダーのスキンヘッドに懇願する。何だかんだで本能には勝てず、飲み物を貰うことになった。


「チッ、しょうがねえな。小僧、本当に何も入ってねえんだろうな、ソレ」


「もちろんじゃとも。ほれ、ストロー付きじゃから縛られてても飲めるぞよ。一人ずつ飲ませてやるからのう。アシュリー、頼む」


「はいよ」


 アシュリーは一人ずつ男たちを回り、レモネードを飲ませる。よほど喉が渇いていたのか、すぐにグラスが空っぽになった。


「かぁ~、うめぇー! 生き返るぜー!」


「はー、やっぱレモネードは旨いな!」


「うんうん、喜んでくれて何よりじゃ。では次は……地獄を味わってもらおうかのう」


「あ? 何を言――!!?!??!!!??!?!」


 男たちがレモネードを飲み終えたのを確認したコリンは、突如態度を変える。スキンヘッドの大男が訝しんだ、その直後。


 四人の腹を、凄まじい痛みと便意が襲う。謀られたと気付いた時には後の祭りだった。


「て、てめぇ……やっぱり、下剤か何か盛りやがったな……はうっ!」


「いいや、薬盛っておらぬぞ? 代わりに、わしの魔力をたぁぁっぷりと溶け込ませておるがのう。飲んだ者が腹を下すほどの量を、な」


 お腹から獣の唸り声のような音を響かせつつ、スキンヘッドの大男はコリンを睨む。が、すぐに情けない声を出す。


「くっくっくっ、さぞかし辛かろうて。かわやに行きたくて仕方あるまい?」


「ぐおっ、あおあ……! そうだ、トイレに行かせてくれ、頼む!」


「よいぞ? た・だ・し。冒険者ギルド本部に潜んでおる、ぬしらヴァスラ教団の密偵の情報を全部吐いてからじゃ」


「んなっ!?」


 コリンの要求に、男たちは絶句する。いい年した大人として、漏らすのだけは絶対に避けたい。だが、引き換えに機密情報を話すのは割りに合わない。


 そう考え迷うも、時間は刻一刻と過ぎる。鉄壁の防壁が破られ、モンスターが解き放たれるのも時間の問題だ。彼らはケツ断……もとい決断しなければならない。


 教団を裏切り、安らぎを得るか。忠義を貫き、社会的に死ぬかを。


「ふざ、けるなよ……んな条件、飲めるか!」


「ほーん。なら、潔く漏らすんじゃな。ちなみに、わしが持っておる水晶玉には映像を記録することが出来るんじゃよ」


「だ、だったらどうし……おい、なんだ? なんなんだその笑みは!?」


「いーや、別にぃ? おぬしらが盛大に漏らすところを記録して、いろんなところにぬしらの顔と名前付きでバラ撒けば大層面白いことになるのう、なんて考えてはおらぬぞー? ひゃっひゃっ!」


「……味方ながら、えげつねぇことやるなコリンの奴。敵じゃなくてよかったぜ」


 悪魔のような高笑いをするコリンを見ながら、アシュリーはそう呟く。倉庫に向かう途中で、コリンが言っていたことを思い出したのだ。


『よいか、アシュリー。人は痛みに耐えられる生き物じゃ。組織に身を捧げる者であれば、なおさら忠義のために堪え忍ぶ。じゃが、人としての尊厳を奪われることには耐えられぬものなのじゃよ』


(……まあ、確かに素性バラされた上でクソ漏らした映像を大量にバラ撒かれたら、もう裏表問わず社会で生きていけねーわな。そンなの、アタイだって勘弁だぜ)


 映像をバラ撒かれれば、男たちの醜態が教団の目に止まる可能性が飛躍的に高まる。もし見られれば、彼らはもう組織には居られないだろう。


「ほれ、どうするのじゃ? このまま潔く漏らすか? それとも……」


「うるせぇ、クソガキが! とっとと鎖ほどいてトイレに行かせ……おぐおうっ!?!!??!??! ……あ」


「立場が分かっておらんようじゃな。悪い子にはお仕置きじゃよ」


 スキンヘッドの大男が、ついに耐えかねてコリンに食ってかかる。直後、コリンの蹴りが男の腹に直撃した。防壁が破れ、モンスターが姿を現す。


 コリンにたてついた男は、社会的な死を迎えた。


「容赦ねえな、お前」


「当然じゃ。これくらいせんと、自分の置かれておる状況を理解せんじゃろうし……のう?」


「ヒイッ! わ、分かった! 話す、話すから! だからトイレ行かせてぇぇぇぇ!」


 兄貴分の末路を見た他の男たちは、あっさりと降伏した。どんな拷問を受けるのよりも恐ろしい脅しの前には、教団への忠誠心など脆いものだ。


「よかろう。ただし! 嘘を言ったら、また腹痛地獄を味わってもらうぞよ。その上で、漏らしてもらう。よいな?」


「わ、分かりまひたぁぁぁ……おおおっ……!!!」


 腹痛に耐えながら、男たちは頷く。アシュリーは盆を置いて男たちに近付き、トイレの場所を伝えつつ鎖を外した。


「トイレは廊下に出て右に曲がった奥だ。言っとくが、どさくさに紛れて逃げようとしてムダだぞ。見張りもいるし、ギルド全体に魔法消去の結界をかけてるからな。ま、コリンから逃げられるわきゃぁねえけどよ」


「ありがてぇ……! うおあっ! も、漏れるぅぅあぁぁ!!」


 鎖から解き放たれた三人の男たちは、我先にとトイレへ殺到する。万が一の逃亡に備え、コリンは後を追うことにしたようだ。


「念には念を入れて、わしらも追いかけるとしようかの。コトが済んだ後、見張りを振り切って逃亡せんとも限らんでな」


「ああ、分かった。……で、アレは?」


「放置じゃ。しばらく反省してもらわねばのう、今回の襲撃を起こした首謀者としてな」


 魂が抜けたかのように大人しくなったスキンヘッドを残し、コリンたちは倉庫を去る。後には、異臭にまみれた大男だけが残されていた。

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