3話―邪教の気配、近付く

 その日の夕方、メイの記憶を調べたことにより彼女の正体が判明した。旅立ちの支度をしていたコリンとアシュリーは、ジーベルに呼ばれ執務室に待機している。


「ギルドマスター、メイの正体が判明致しました! 我々の予想通り、やはり『ヴァスラ教団』の密偵でした!」


「そうであったか。奴らめ、こんな場末のギルドにまで探りを入れておるとは。それも、機密情報に手を出しやすい受付嬢に成り済ますとはのう」


「ご老人、そのヴァスラ教団というのは何じゃ?」


 衛兵が執務室を去った後、コリンが質問をする。真剣な表情を浮かべ、老エルフは答えた。


「うむ、奴らは邪神ヴァスラサックを崇拝する危険な連中でな。四百年ほど前から、邪神復活を目的に活動しておるのだよ」


「ああ。主のためならどんなイカレた悪事でも働く、最低最悪のゴミ共さ。しかし、奴らが関わってるとありゃ、のんびり旅してるわけにもいかねぇな」


 ジーベルの言葉に同意しつつ、アシュリーは懐から真っ赤な転移石テレポストーンを取り出す。石の表面には、二重の円で囲まれた獅子の横顔を模した紋章が刻まれている。


「珍しい色の転移石テレポストーンじゃのう。赤色のは見たことないわい」


「ああ、こいつはカーティス家の人間にしか使えない特別品でな。オヤジのところまでパッと転移出来るのさ。緊急時にしか使うなって言われてるが、今がその緊急時だろ?」


「確かに、のう。そなたのパパ上に、今回のことをすぐにでも伝えねばなるまいて」


「そういうこった。ンじゃ、早速行くぜコリン」


「うむ! ……っと、その前にじゃ。ご老人、ちゃんとあの者に記憶は返してあげたかのう?」


 すぐにでも帝都に旅立とうとする二人だったが、その前にコリンはジーベルに尋ねる。少年の言葉に、ジーベルは頷いた。


「安心するといい。素性を調べたあとでちゃんと返したぞ」


「そうか、ならよかった。咄嗟のこととはいえ、少々強引な手を使ってしまったからのう」


 メイに記憶が返されたことを知り、コリンはホッと胸を撫で下ろす。心配事も無くなり、改めて二人は帝都へ向けて転移する。


「もう用事はねえな? ンじゃ、行くぜ。ゼビオン帝国の首都、帝都アディアンに出発だ!」


「おー!」


 転移石テレポストーンが起動し、コリンとアシュリーの身体が光に包まれる。直後、二人は光に呑まれ消え去った。


 帝都アディアンに向け、旅立ったのだ。



◇――――――――――――――――――◇



「報告致します、オラクル・ベイル。つい先ほど、冒険者ギルドに忍び込ませていた密偵の一人が捕まり、正体を暴かれました」


「何? 誰だ、ヘマをしたのは」


「はっ。メイという偽名で、マデーレ支部に受付嬢として潜り込ませていたオルフィです」


 同時刻、大地のどこか。地下深くに創られた礼拝堂の中で、作戦報告が行われていた。密偵の言葉を受け、黒いローブと仮面を纏った人物はため息をつく。


「オルフィか。奴には確か、マデーレを訪れていたカーティス家の小娘を始末する任務を与えていたな。しくじって捕らえられたか。小娘め、なかなかやるではな」


「あ、いえ。オルフィを捕らえたのはカーティス家の者ではありません。冒険者志望の子どもです」


「……は? 何を言っている? ただの子どもに捕まるなど、有り得るわけなかろう」


 予想外の報告に、教団幹部は目を丸くする。もっとも、その後に発せられた部下の言葉に、絶句することになったが。


「いえ、それが……。登用試験に魔物を乱入させ、抹殺させようとしていたらしいのですがね? 信じがたいことなのですが、その子どもの額にギアトルクの大星痕が浮かんでいたと、試験に同行していた他の密偵から報告が……」


「な、な、な、なんだと!? バカな、有り得ん! この大地にギアトルクの子孫がいないことは、この四百年の調査で判明しているのだぞ!」


「私もにわかには信じられなかったのですが……オラクル・ベイル、これを」


 部下の密偵は懐から手のひらサイズの水晶玉を取り出し、とある映像を空中に映し出す。それは、コリンがトライヘッドドラゴンを仕留める場面だった。


「……確かに、このガキの額に大星痕が浮かんでいる。星痕は十二星騎士の血を継ぐ者であるという証。このガキは……」


「かの『磨羯まかつ星』、フリード・ギアトルクの子孫に間違いありません」


「なんということだ……ヴァスラサック様を復活させるための準備が、着々と進んでいるというところで……」


 映像を見終えた幹部は、頭を抱え苦悩する。しばらくして、頭を上げ配下の密偵に命令を下す。


「……総拝殿に出向き、他のオラクルに伝えろ。我らが仇敵、フリード・ギアトルクの子孫が姿を現した。総力を以て撃滅せよと」


「かしこまりました。ただちに向かいます」


「他の密偵たちにも伝え、動向を見張らせろ。事と次第によっては、私が直接始末する。いいな?」


「はっ! お任せを!」


 密偵は敬礼した後、礼拝堂を去る。一人残った幹部は、深く息を吐き心を鎮める。


「……これで、十二星騎士の末裔が全てこの大地に揃ってしまったか。急いで排除せねば。我らの大願のためにもな」


 その呟きを聞く者は、誰もいなかった。



◇――――――――――――――――――◇



「さて、今日の仕事もあらかた終わったな! まだ夕方か……よしよし、これなら今日は飲みに行けそうだな、ガハハ!」


 帝都アディアンの中心にある、冒険者ギルド本部。その最上階にある執務室で、一人の男が伸びをしていた。


 獅子のたてがみのように広がる、真っ赤な髪と顎ヒゲが目を引く偉丈夫だ。男は浮き浮き気分で席を立ち、部屋の外へ……。


「よーっす! オヤジー、今ヒマかー?」


「お邪魔するのじゃ!」


「うおっ!? なんだ、アシュリーか。いきなりどうした、お前マデーレにいるはず……ん? そっちの娘っこは誰だ?」


「むあーっ、わしは男子おのこじゃ! よう見てみい、こんな男前な顔しとるじゃろうが!」


「え? あ……すまん」


 またしても性別を間違えられたコリンは、どたどた足踏みして怒りを現す。そんなコリンを内心可愛いと思いつつ、アシュリーは今日の出来事を話した。


「……ってことがあったんだよ、オヤジ。だから、急いで報告しに来たってわけだ」


「なるほど、話は分かった。よし、二人ともそこのソファに座りな。もっと詳しく聞かせてくれ、あーっと……」


「わしはコリンじゃ。そなたは?」


「俺はダズロン。アシュリーの父親で、カーティス家現当主だ。よろしくな、コリン」


 ダズロンは人払いの結界を執務室に施した後、コリンたちと向かい合う形で応接用のソファに座る。


「で、ボウズが……ギアトルク様の息子ってわけか。その証拠、俺にも見せちゃくれねえか? 自分の目で見たものしか信じねえクチなんでな」


「ふむ、ならば星痕を見せるとしよう。それなら、そなたも納得するじゃろう? ……むんっ」


 コリンが力を込めると、二重の円で囲まれた山羊の横顔を模した紋章が額に浮かび上がる。じっくりとそれを見たダズロンはうんうんと頷いた。


「なるほど、こりゃ本物だ。偽造されたモンじゃない、マジモンの大星痕だな。……はは、すげぇぞコリン。お前の存在を皆が知ったら、天地がひっくり返る大騒ぎになるぜ」


「だから、真っ先にオヤジのとこに来たンだよ。冒険者ギルドを統括するマスターマネージャーだから、お偉いさんと親しいだろ? コリンの後ろ盾になってやってくれねーかな」


「わしからもお頼み申する。この大地では、わしは無名の子どもに過ぎませぬ。いかに英雄の子といえど、無名では誰にも相手にされませんからのう」


 深く頭を下げるコリンを見て、ダズロンは大きく頷きながら自分の胸を叩く。真摯な態度に心を打たれたのだ。


「よし! いいぜ、俺が後ろ盾になってやる。安心しときな、お偉いさん方には話つけといてやるからよ」


「ありがとうございまする、ダズロン卿。この恩、忘れませぬぞよ」


「いい、いい、気にすんなって。……にしても、随分とまあ古風な口調だな。誰に教わったんだ?」


 ダズロンが尋ねると、待ってましたとばかりにコリンは胸を張る。得意気な顔で、何故古風な口調で話すのか説明し始めた。


「パパ上とママ上に教わったのじゃ! わしちっこいからのう、こうでもないと威厳が出ないの……アシュリー、何故笑うのじゃ!?」


「ぷっ……ぶふっ、いや悪い悪い。でもさあ、流石に……こんなちっこくて可愛いのがのじゃのじゃ言ってると……くくっ、あはははっ!」


「確かに……威厳があるってより、可愛らしいが先に来るな! ハハハハハ!!」


「むぅぅぅぅ~~! 二人して笑うでないわ~~~!!!」


 大笑いされたコリンは、頬を膨らませ手足をバタバタさせる。何はともあれ、コリンは無事強力な後ろ盾を得ることが出来たのであった。

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