2話―コリンという少年

 コリンによってトライヘッドドラゴンが倒され、脅威は去った。が、そのまま試験を続行……というわけにはいかず、後日改めて再試験ということになった。


 試験に関わった者たちは、アシュリーから強い箝口令かんこうれいが出され、コリンの話を外部に漏らすことを禁止された。


「……で、わしは何故執務室ここに呼ばれておるのかのう?」


「なにとぼけてンだか。あれだけのことやっといて、話も聞かずに帰すわけにゃいかねぇだろ。なぁ、ギルドマスター?」


「その通り。君には、聞きたいことが山ほどあるからねぇ。冒険者ギルド・マデーレ支部を統括する者として、ね。フェフェフェ」


 他の受験者たちのように帰ろうとしたコリンだったが、アシュリーにとっ掴まりギルドマスターの執務室に連行された。


 ギルドを束ねる老エルフ、ジーベルを交え事情聴取が行われる。アシュリーたちと向かい合う形でソファに座るコリンに、質問が行われる。


「まずはアタイから聞かせてもらうぜ。あんた、本当にあのフリード・ギアトルクの末裔なんだよな?」


「うむ。まあ、正確に言えば、末裔ではなくなんじゃがの」


「は? いやいやいや、待てよ! ギアトルク様は七百年前の時代に生きてた人だぞ? その息子って、ありえねえだろ!?」


「いや、案外あり得るやもしれぬぞアシュリーよ。伝承では、ギアトルク様は神の化身とも称された高貴なお方。不老長寿の力があっても不思議ではない」


 ぎょっと驚くアシュリーに、ジーベルがそう声をかける。あまり納得出来なかったものの、ゴネると話が進まないためアシュリーは頷く。


「まあ、いいや。とりあえずそういうことにしといてやるよ。しっかし、邪神を封印したすぐ後に姿を消した英雄サマの子どもが、何だって七百年も経ってからこんな田舎に?」


「知りたいか? ま、そうであろうな。わしがこの大地にやって来た理由は一つ。復活を遂げつつある邪神を、父に代わって今度こそ討ち滅ぼし……わしも英雄になるためじゃ!」


 むんっ、と決めポーズを取りつつ、コリンは勇ましく叫ぶ。アシュリーとジーベルは、ピクリと眉をあげる。


「……確かに、な。今、この大地のあちこちで邪神の信望者たちがよからぬ動きをしているという話を小耳に挟んでおる」


「アタイのとこにも、よく依頼が来るんだ。邪教絡みのヤバいやつがな」


「そうであろう? ま、わしが来たからには大船に乗ったつもりで安心せい! 自慢の闇魔法で邪教の連中をやっつけてやるからのう! ……こんな風に、の!」


 そう言った直後、コリンはソファから身を乗り出しつつ身体を後ろに捻る。執務室の扉に向かって、闇の魔力で出来たロープを伸ばす。


「きゃあっ!? な、なによこのロープ!? ちょ、動けな……」


「ふん、やはりな。盗み聞きしておる者がいたか。油断も隙もないわい」


 ロープは扉を破壊し、裏で聞き耳を立てていた人物を捕縛する。コリンが手繰り寄せると、下手人の姿があらわになる。


 盗み聞きしていたのは、コリンの面倒を見てくれた受付嬢だった。


「メイ!? おぬし、何をしておる? ……いや、それよりもどうやって儂が仕掛けた盗聴防止の結界をすり抜けた? 誰かが執務室に近付けば、即座に儂に知らせるようになっておるのだぞ」


「……アハハ、そんなもん解除してやったに決まってるだろ? ニブいジイさんだね、そんなことにも気付かないとはねえ」


 これまでのような優しい口調が嘘のように変わり、受付嬢――メイは粗雑な口調でジーベルを煽る。アシュリーは立ち上がり、険しい顔を浮かべ問いただす。


「てめぇ、何者だ? 一介の受付嬢が高度な結界を解除したり、アタイでも気配を察知出来ないような隠密魔法を使えるわけがねぇからな。正体を見せろ!」


「ふむ、そういうことであればわしに任せよ。こやつに吐かせてみせよう。アシュリー、そなたはご老人と一緒に下がっておれ。むんっ!」


 コリンは左手に闇の魔力を纏わせ、仰向けにしたメイの額にかざす。すると、メイの様子が変わった。余裕の笑みが消え、苦しそうに悶え始めたのだ。


 アシュリーは言われた通り、ジーベルを守るためソファの裏側へ後退する。何かあれば、すぐ飛び出せるように身構えながら。


「ぐ……あああああっ! な、なによこれは……わたしの、記憶が……吸い、取られ……」


「ほーれほれ、はよう吐かんと記憶を全部吸い取るぞよ? ま、最後まで吐かんでも、記憶を見れば」


「させない! フーッ!」


 このままでは秘密が暴かれると焦ったメイは、奥歯に仕込んでいたカプセルを噛み砕き、黒いもやのようなものをコリンの顔に吹き付けた。


「おい、大丈夫か!?」


「アッハハハ! その坊やはもうおしまいさ! 今吹き付けたのは、暗域から取り寄せた特濃の闇の瘴気。大地の民が浴びれば、あっという間に死ぬ猛毒な」


「ほー、それでわしはいつ死ぬんじゃ? ま、いつまでももやがあると後ろの二人の害になるしの……すぅーっ」


 勝ち誇るメイだったが、なんとコリンは死ななかった。それどころか、闇の瘴気の中を平然と突っ立っていたのだ。


 さらに、闇の瘴気を全部吸い込んでしまう。予想外の事態に、メイだけでなくアシュリーたちまでもが唖然としていた。


「……え? は? な、なんで? あり得ない、闇の瘴気の中で生きて……闇の眷属でもなければ、普通は死ぬのに!」


「じゃろうな。じゃが、わしは死なぬ。何故なら、わしには闇の眷属の血が流れておるからのう」


 闇の眷属。天の頂に住まう神々が生み出した人間やエルフたち大地の民とは違う、暗黒の世界に生きる者たち。


 強大な暗黒の力を宿した、神々の対となる存在なのだ。


「なっ!? そんな、バカ……あぐっ!?」


「さあ、そろそろ終いじゃ。お主の記憶、全て預からせてもらうぞ!」


「い、いや……あああああ!! ……あ」


「安心せい、見終わったらちゃんと記憶は戻してやるでな」


 ロープを絞めて抵抗を封じ、コリンは一気に記憶を抜き取った。白いもやのようにくゆるメイの記憶を、魔力で出来た球状の入れ物に詰め封をする。


「これでよし、と。ご老人、これはそなたに預ける。この者の素性が判明したら、その入れ物ごと身体に押し当てれば記憶が戻るぞい」


「うむ、あい分かった。ついでに、メイの身柄も預かろう。いや、しかし助かったぞ少年。礼を言わせてもらうよ」


 ジーベルは机の上に置いてある呼び鈴を鳴らし、衛兵を呼び出す。執務室にやって来た衛兵に事情を話し、気絶したメイを引き渡した。


 衛兵が執務室を去った後、三人は改めてソファに座り直す。少しして、アシュリーが問いかける。


「……ホント、あんた何者なんだ? 姿を消した伝説の星騎士の息子で、おまけに……」


「闇の眷属とのハーフ……驚いたかの? なら、もーっと驚かせてやろう。隠すつもりもハナからないしの。わしはな、闇の眷属の頂点に君臨する覇者……魔戒王を母に持つ、スーパーエリートなのじゃ!」


「はあああああ!?」


 もう何度目か分からない、コリンの爆弾発言にアシュリーが叫ぶ。流石のジーベルも、開いた口が塞がらず唖然としていた。


「証拠もあるぞ? 見せてやろう。わしの額を見るがよい。ちっちゃいツノが二つあるじゃろ? これこそが、わしが闇の眷属の血を継ぐ証よ」


「ホントだ……。確かに、ちっちゃいツノが生えてやがる」


 コリンが前髪をかき上げると、額の左右にちょこんと小さなツノが生えていた。証拠を見せられては、アシュリーたちも信じる以外にはない。


「……なるほど、よく分かった。アシュリー、この件はぬしに託す。支部長の儂には、出過ぎた真似をする権限はない。帝都にいる親父さんのところに、彼を連れて行っておやり」


「だな。ギアトルク様の子どもがやって来た、ってだけで大騒ぎだってのに。おまけに闇の眷属……それも魔王とのハーフってのが知れたら、大騒動だ」


「ふむ。帝都とやらに行けば、問題はないということかのう?」


「ああ。帝都にはアタイのオヤジがいるんだ。オヤジは冒険者ギルドを総括するお偉いさんだからな、強力な後ろ盾になってくれると思うぜ? コリン」


 そう言うと、アシュリーはソファから立ち上がる。背伸びをした後、コリンに向かって手を伸ばす。握手をしよう、という意志表示だ。


「んじゃ、改めて名乗るぜ。アタイはアシュリー・カーティス。これからしばらくよろしくな、コリン!」


「うむ! こちらこそよろしく頼むぞ、アシュリー」


 コリンとアシュリーは力強い握手を交わし、互いに微笑み合う。山羊座の加護を持つ少年と、獅子座の力を宿す女性。


 二人の出会いによって、新たな歴史が刻まれようとしていた。が……それを知る者は、まだいない。

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