2 水と果実と新しい体
ドシンと背中から地面に落ちた。
「あいたたた。ここは?」
周りを見渡す。
どうやら森の中のようだ。
日本にいた頃は見たことがないような木が鬱蒼と生い茂っている。
「精霊の村があるって言ってたけど」
こんな道のない森の中で村なんて見つけられるのか。
あいにくサバイバルの知識があるわけでもない。
近くを川が流れている。
下流なのか、なだらかな流れの川で自分の顔がはっきり映る。
元の世界の自分の面影はあるが別人になっていた。
髪は銀髪で瞳が赤い。
クロノスの羽が入った影響だろうか。
左手の甲には羽をモチーフにした赤い紋章が入っていた。
鼻筋は通っており、涼しげで美少年に見える。
クロノスがサービスしてくれたようだ。
慢性的な肩こり、腰痛もなく体に力が漲っている。
さすがは十代の身体だ。
服や身に着けていたものはそのままのようでサイフやスマホも持っていた。
川があるところに村ができやすいだろうと予想し、川を下っていくことにした。
夏のような暑さだ。
何もしなくても汗が体から滴りおちる。
普段ならまったく運動をしないため、30歳の身体だったら10分もしないうちに悲鳴を上げていたんじゃないだろうか。
山道で舗装もされていない道だったが若い体はよく動いてくれた。
「はあ、はあ」
汗が下着にまで染みてびしょびしょだ。
幸い川のそばを歩いているため、飲料水はある。
歩き始めた頃は川の水を飲むと体を壊すんじゃないかと手をつけていなかったが、1時間ほど経つとそんなことはどうでも良くなった。
歩けども歩けども村など見えず。
道を確かめようといつもの習慣でスマホを出すが、当然電波はつながっていない。
ただダウンロードしていた漫画は読むことができて、時間をつぶすことはできた。
歩いては水をのみ、休憩を繰り返し、漫画を読みながら歩く。
そうして4時間ほど歩いただろうか。
充電がきれ、画面が真っ暗になった。
「くそ、馬鹿か俺は」
節約したところで1日持つかどうかだっただろうが、道の写真を撮っておいたりライト替わりにしたり使いようはあっただろう。
充電がなくなってから考えても遅いが。
食いかけの林檎マークがついたただの板を眺めて激しく頭を掻いた。
働くようになってから思考力が落ちた気がする。
大学の頃も馬鹿ではあったがもう少し自分でものを考えて動いていたと思うが。
ひとしきり落ち込んでから、切り替えてまた歩き始めた。
日が暮れてきた。
若くなったとはいえ一日中歩いていると体中だるくもう動きたくない。
ただ腹は減っている。
魚や動物を取れる気がしないため、森の中に入って食べるものを探すことにする。
小さい赤い実をつけた植物や、柔らかそうな葉っぱ、シメジに似たキノコなどとりあえず手当たり次第に採集した。
ただ、見たことがないものばかりで何が食べられるか全く見当がつかない。
ネズミは初めてのものを食べるときに、少しずつ食べて、体調が悪くならなければ食べる量を増やしていくと聞いたことがある。
原始的な方法だが、自分でトライ&エラーを繰り返していくしかないだろう。
様々なものを少しずつ口にするが、どれも苦みやえぐみが強くとても食べられるものではなかった。
最後に残った1つ唯一食べることができそうな小さい赤い実。
これもどうせだめだろうと半分諦めながら、口に運ぶと。
「甘い」
酸味も強いが、甘さも同様に強く、木苺のような香りが広がる。
試すために少しだけと考えていたが、体力を消費していたこともあって、手を止めることができない。
採集していたものをすべて食べてしまった。
川沿いに大量に生えていた場所があったので、これで明日から食事については問題ない。
異世界についてから初日。
思っていたより過酷ではあるが、これで水、食料の問題はなんとかなった。
やや気持ちが軽くなり眠りについた。
異世界に来てから2日目。
朝、起きると。
いや起き上がることができなかった。
眠いという意味ではない。
ブラック会社での習慣が身に付き、日が昇る前から勝手に目が覚めるようになっている。
物理的に起き上がることができないのだ。
四肢はすべて、痺れていてピクリとも動くことができない。
考えられるとしたら昨日の赤い実だ。
食べた時はどうということがなかったが、遅効性の麻痺毒だったのだろう。
どれぐらい効果が続くかは検討もつかない。
起きてから数時間は経過しているが、痺れは変わらず。
もしかしたらこのままずっと痺れが続くこともあるだろう。
第2の人生が2日で終わった。
と嘆いていたらさらに悪いことが起きた。
獣の遠吠えが近くから聞こえたのだ。
この状態で獣に見つかったら最悪だ。
できるだけ物音を立てないように。
といっても体は動かないので、静かに呼吸をすることぐらいだ。
ドクンドクンと自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
どれぐらいたっただろうか。
遠吠えが聞こえなくなり、ほっと息をついた。
そのとき、目の前から3匹の狼に似た獣が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます