1 神位精霊クロノス
コチコチコチコチコチコチ。
規則的な音で目が覚めた。
また今日も仕事か。起きたくないな。
うっすらと目を開ける。
周りが明るい。
がばっと体を起こす。
やばい、もう日が昇っている?遅刻か?
頭が完全に目覚めてから気付いた。
そうだ。たしか電車に轢かれて死んだような。
「ああ、起きたか」
目の前に老人が座っていた。
茶色いローブを羽織っており、長い白髪を後ろにまとめている。
金縁の丸い眼鏡をかけていて、首には懐中時計をつけていた。
そして背中には大きな白い羽が生えている。
やはり俺は天国にでもいるのだろうか。
どうせ天国なら老人ではなく可愛い天使がよかったが。
「えーと。ここは」
「ここは”時の部屋”。私の部屋だ。なかなか素敵な部屋じゃろう」
見渡すと、部屋中にありとあらゆる時計が置いてある。
実用性は置いておいて、確かに時計好きにはたまらない部屋だ。
「たしかに素敵な部屋ですね。こんなに時計がたくさんある部屋をみたのは初めてです。」
「そうじゃろうそうじゃろう。おいぼれの唯一の趣味でなあ」
慈しむように時計をなでた。
「おっと。時間は有限じゃ。分からん事ばかりじゃろう。手短に説明をさせていただこう」
そこから老人が始めたのは、にわかには信じられない話だった。
俺はやはり電車の事故で死んだようだった。
いま俺がいる場所は地球とは時間軸、空間軸が違う世界。
いわゆる異世界だ。
元の世界と違い、魔力が満ちており、いわゆる魔法が使える世界である。
魔法を使える人を魔術師。
魔法を扱う人以外の生物は精霊と呼ばれているようだ。
この老人は時を司る精霊で”クロノス”というらしい。
基本的には死んだ人間は記憶がリセットされて別の生物に転生するものだが、俺は他人の救い、自分の命を失った。
その寿命の分、特典を受けられるというのだ。
「寿命を全うできずに死んだ人間は星の数ほどいるのじゃが。あそこまで人のために動けるものは珍しいからのう」
とのこと。
特典について、希望を聞かれたが、右も左も分からない世界で、何が希望かと聞かれても困ってしまった。
元の世界のことを考える。
改めて振り返ると散々な人生だった。
だがコミュニケーション能力と、どこでも自由に稼げる技術があればもう少し楽に生きて行けると考えた。
相談すると、
「それなら魔法は最適じゃよ。どこでも魔法を欲している人間は多いからのう。例えばほれ」
鉢植えに植えてあった植物に指をさした。
光る魔法陣が苗の上空に浮かび上がった。
すると、植物がぐんぐん育ち、赤い果実をつけた。
クロノスと名乗った老人は赤い果実をもいで俺に投げてくれた。
「ほれ、便利なもんじゃろう」
赤い果実をかじると甘い果汁が口の中に広がる。
確かに魔法は便利そうだ。
なにより夢とロマンがある。
「ワシの魔法の一部を引き継ぐがいい。これでもこの世界のシステム管理を請け負っているからの。全属性魔法に加えて、いまでは失われてしまった古代魔法、雷魔法、空間魔法、時魔法まで使えるようになる。大体の者には負けんし、鍛えれば世界最強の能力が身につくじゃろう」
「ええ!!そんなそんな。俺はそんな大それた力が欲しいわけではないのですが。どうして僕にそんな力を与えようと思ったんですか?」
「いやなに。力を持った人間というのはだいたいが自分のために力を使うからのう。カナメ君が力を持ったらどんな使い方をするのか気になってな。」
「その話、辞退させていただいてもいいですか?」
「なに?どうしてじゃ。足らなかったか?黄金やオリハルコンの鉱山の場所でも教えようか」
「いえ。逆です。ずるい気がして」
「ずるい?」
「うまく言えないんですけど。勉学とか、運動とか。すごく努力して能力を得るじゃないですか。魔法もそんな努力をした人よりも努力をしていない自分が勝っちゃったらなんかずるいと感じて」
それに努力をすること自体はけっこう好きだし。
死ぬほど頑張って働いて俺が報われなかったのだから、同じ思いをする人を作りたくない。
理想論を言っているのかもしれない。
実はいま大きな判断ミスをしているかもしれないと不安に感じてもいるが。
「うーむ。確かに一理あるが。じゃが、世の中、才能や家柄など不公平だらけなのじゃから、そんなに悪いことではないかと思うがの。だが、ますます気に入った。欲がない稀有な少年じゃ。じゃが困ったのう。何もいらないというのじゃから」
クロノスは腕組みをし、眉間にしわを寄せ考え込んだ。
ほどなくしてこう提案した。
「こういうのはどうじゃろう。運命の力じゃ。お主には運命を引き寄せる能力を授けよう。幸運ばかりじゃなく困難も引き寄せるから波乱万丈になるが、面白い人生にはなるじゃろう」
クロノスの面白い人生という言葉に反応した。
たしかに、それなら一人だけ優遇されるわけでもない。
なによりいままで同じことの繰り返しの日常に嫌気がさしていたわけだから。
「それなら。頂けるものであればお願いします」
「よかろう。せい」
クロノスは掛け声をかけると、背中に生えている翼を広げ、羽の一枚が飛ばした。
羽は俺の胸に刺さった。
痛い。
めちゃくちゃ痛い。
しかも貫通したのか俺の胸の中に入ってしまった。
「めっちゃ痛いんですけど」
「手荒くて申し訳ないのう。じゃが力を外に出しておくと奪われるリスクがあるからの」
それにしても初めに言っておいてほしい。
結局、転生にあたり色々な能力がもらえた。
・前の世界の記憶の持ちこし
・言語能力
・若い肉体(16歳程度だと)
・基本的な魔法の才能
・運命力
「さてとそろそろ時間じゃな。第2の人生となるが、後悔のないように」
老人の体が淡く光り始めた。
「あ、ありがとうございました」
あっという間に白い光で部屋と老人は見えなくなってゆく。
「言い忘れるところじゃった。精霊の村の近くに転移させるからの。
あの村の者がよくしてくれるはずじゃ」
そういうと老人の姿は完全に見えなくなった。
「それにしてもまさか能力も金もいらないとは。面白い奴じゃ。ワシの体の一部を分けることになるとは。今まで長く生きていたが初めてじゃよ。くく。楽しみが一つ増えたのう」
クロノスの声が聞こえた気がした。
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