人生の落伍者は精霊使いの夢を見る
転寝吟遊
0 プロローグ
「人の役に立つように生きろ」
そう言われて育ち、真面目に生きてきた。
突出した才能はなかった。
しいて言えば、人に言われたことをやるのは少し得意だったように思う。
高校に入学し、大学を卒業し、大企業とは言わないまでも、ある程度の企業に就職した。
それが人生の成功する方法だと教えられて。
その結果が今の生活だ。
目の前の大量の書類を見てため息がでる。
壁にかかった時計の針はちょうど、22時を回ったところだ。
この書類を片付けるならどう頑張っても、日付を超えるだろう。
もちろん、いま職場に残っているのは俺だけ。
他の社員は定時に上がって飲みにでも行っているのだろう。
真面目に努力をした人が報われると信じて生きてきたが、限界にきていた。
もともと仕事を効率よくこなすタイプではないが、仕事量はこなしているため人よりは早い自信がある。
しかし早く仕事をこなすと次の仕事が振られるのだ。
人から頼られやすい性格で、相談に乗り、人の仕事を手伝っているうちに同期や、今では後輩までも仕事を押し付けるようになった。
自分でやった方が早く良いものができると思い、ただこなそうとした。
だが仕事量が多すぎて締め切りを守るためにクオリティが落ちることが増えてきた。
そのせいか上司からそんなに評価はされていない。
今年で30歳になるが、人付き合いも上手くなく、顔も年収も良くないためか、独り身だ。
やっと仕事が一段落した。
やはり日付は変わってしまったか。
凝り固まった肩を回し、眼をこすった。
残業は一応タイムカードでつけるが、労働基準法からはずれた分の残業はつかないことになっている。
クソったれだ。
いつから間違えたのか。
それとも最初から間違っていたのか。
プラットホームで電車を待っているあいだに物思いにふける。
朝早くに出勤し、日付が変わってから家に帰り、休日もノルマが終わらず出勤。
こんな生活が8年続いている。
入職前は家でゲームをしたり小説や漫画を読んだりするのが好きだった。
いつからか毎日が忙しすぎて、そんなものを楽しむ時間も気持ちもなくなっていた。
最近は何をするにも興味がなくなっている。
ふと死んでしまおうかと思った。
このように考えたのも初めてのことではない。
今まで何度も考えていることだ。
こんな苦しい生活が続くなら、いっそ無にしてしまったほうが楽になるか。
家族のことは心残りではある。
死のうと思ったとき、いざ実行できずにいたのは家族がいたからだ。
電車が通り過ぎる。
俺はまた動けずにいた。
電車にうつる自分の姿をみた。
ぼさぼさの髪に、伸びた無精ひげ、生気のない瞳。
なによりひどいのが目の隈だ。
その姿の自分が「もういんじゃないか」と語りかけているように感じた。
「特急列車が通過します。黄色い線の内側に下がってお待ちください」
ちょうどアナウンスが鳴る。
図ったようなタイミングだ。
列車の音が聞こえた。
人身事故で他人に迷惑がかかるのは分かっていた。
だが自然に足は動き出していた。
もうすべてがどうでもよくなっていた。
特急列車だ。
速度を落とさず近づいてくる。
あと数歩だ。
それで楽になれる。
そのとき視界の端に白いものがよぎった。
暗い顔をした若い女性が電車に向かって走り出していた。
この女性も自殺を図ろうとしていると直感的に理解した。
「おい!」
自分が死のうとしていることを棚にあげて何をやっているのか。
今まで生きてきた習慣なのか。
俺は気付くと走り出し女性の腕をつかみ、プラットホームへと引き寄せていた。
代わりに俺が電車の前に飛び出してしまった。
助けた女性と目が合う。
何か口を開け叫んでいるように見えた。
俺は電車に轢かれて死んだ。
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