第81話 決闘の褒美2

 一通り流れが終わったことで、総理大臣と総帥が蒼たちに話を切り出してきた。


「君が一条蒼くんだね。安曇総司だ。よろしく」


「私は軍の総帥、八幡源次郎だ。君とは仲良くやっていきたいものだ」


 蒼の前に国重鎮の手が二つ差し出された。

 一応形式的に握手を交わすが、蒼の本心としては「めんどくさい」この一言に尽きる。


 何が好きでむさ苦しいおっさんと握手をせねばならんのだと思っているし、それが顔に出ていたのか後ろから朱音と宗一郎につねられてしまった。


「一条蒼です。私はまだ若輩者。この国には素晴らしい魔法師がたくさんいるので、私が出る幕はないかと」


「そんなことはない。なんなら、今すぐにでも軍に来て欲しいくらいだよ。どうかな? それなりの地位は用意させてもらうが……」


「ありがたいですが、先程も言った通り私はまだ学生ですので、辞退させていただきます」


 蒼は丁寧に、しかしはっきりと源次郎の誘いを断った。

 軍の総帥からそれなりの地位を用意すると言われたのだ。それはハッタリなどではなく、実際に軍に入るとなれば重要な仕事を任されることとなるだろう。


 それは普通の学生からすれば願ってもないことであり、まさか源次郎も断られるとは思っていなかったのか、驚いたような表情を浮かべていた。

 しかし考えて欲しい。

 蒼の場合人間社会の地位や権力などなくても、それ以上の権力者たちとの深い関わりがあるのだ。


 なので、蒼に対してその売り文句は紙切れと同等の価値しか持たなかった。


 それよりも、蒼は宗一郎たちと共に過ごす三年という学生生活の方がよっぽど重要なものであった。


「そうか、では学園が卒業したときに……」


「いえ、私は一条家の人間ですから。軍に入ることはないでしょう」


「もったいない。君のような人間はこの国のために働くべきだ。今の時代、他国との関係も悪く、さらにはこの日本でも時空の歪みで魔物が出現している。ティアマト様やロキ様、アーニャ様がいればこの問題の全てが解決されるのだよ?」


 源次郎と総司は蒼を諭すようにそう伝える。

 いよいよめんどくさいなーと、蒼は貼り付けた笑みを浮かべながら思っていると、姿を消していたティアたちが蒼の元に戻ってきた。


「あら、それなら私たちに話しかけるべきじゃないかしら? 大の大人が、子供をいじめるとは情けない。それに、私の大好きな蒼をいじめるなんて……覚悟は出来てるのかしら?」


「蒼やその友人がいるから妾は静かにしておるが、もしその者らに危害が行くというのなら容赦はせんぞ?」


「ま、僕たちが君たち人間に協力することなんてないけどね。この二人が本気で怒る前に潔く引き下がった方がいいよ?」


 それぞれ、各世界の最高権力者だ。

 総司も源次郎ももちろん日本の最高権力者ではあるが、ティアたちと比べたら塵芥である。


 そもそも、ティアたちは存在自体が御伽噺に出てくるようなものである。


 直接目にすることが出来ただけでも光栄に思うべきなのだ。

 

 ただ、人間はよく深い生き物なのだ。

 だからこそ、総司も源次郎も一人の学生に直接頭を下げに来たのだが、ティアたちがそれを許さなかった。


「……わかりました。今回は引き下がりましょう。蒼くん、さっきのこともう一度考えて欲しい。今の日本は君が考えているよりも綺麗なものではない」


「総理、それは……」


「いい。これからの日本を担っていくのは目の前にいる若者たちだ。確かに、君たちに頼ってしまうのはよくなかったのかもな。できる限り、私たちでなんとか君たちが楽しく過ごせるように頑張るが、有事の際はできれば助けて欲しい」


 総司は改まって蒼たちに向かって頭を下げた。

 最初から、欲を出さずにこうお願いしておけばよかったのだ。


 これであれば、蒼たちも頷きやすい。


「はい。まだ拙い僕たちですが、少しでもお力になれるようこの獅子王学園で研鑽していこうと思います」


「あぁ、頑張ってくれ。では、私たちはこれで引き下がろう。今日はおめでとう。一条蒼くん」


 蒼は背を向けて仕事に向かう源次郎と総司に向かって深々と頭を下げた。

 最後少し意味深なことを言っていたが、確かに魔物の出現があるのはニュースでもよくやっていることなので、葵も大体察しがついた。


 まぁ、総理大臣に招集されるまでに四葉学園長か葛木に連れていかれるのは蒼も目に見えているので、別に力を貸すこと自体はやぶさかではない。

 

「蒼、一気に有名人だね」


「こういうのはあそこでニヤニヤしている宗一郎にマルっと投げたいんだけどね。っていうか、すでにそっちにも話いってるだろ?」


「まぁね。俺も蒼と同じ感じで断ったよ。学生のうちは学生らしいことさせて欲しいよね」


「毬乃さんがそれを許してくれなさそうだけどね」


「私としても学生諸君に危険なことをさせるのは本意じゃない。君たちはまず獅子王学園で生き残ることを考えなければいけないからな。いくら強力なアウラと契約していようが、いくら個の力が強かろうが簡単にはいかないのがこの学園だ」


「そういえば、期末試験もそろそろだったよな?」


「そうだね。まだ僕たちには知らされてないけど」


 前回の試験が終わってからまだ少ししか経っていないと思っていた蒼だが、もう少しで期末試験もある。

 決闘があったり、クラン戦があったりと色々忙しかったが、これからまた一段と忙しくなるのだ。


 いくら十傑といえど、少しはゆっくりしたいと思う蒼たちであったが、学園はそれを許してはくれないらしい。


「とりあえず今日は休もう。疲れた」


「確かに、今日はみんな大人しく帰った方がいいかもね」


「ティアたちにも助けてもらったし、俺はケーキ買って帰ろかな」


 そんな感じでみんなの中で解散ムードが流れたが、一人だけ顔を赤くしながらそれに異議を唱えるものがいた。


「あ、蒼っ! あんただけちょっと残ってよ」


「別にいいけど……丁度いいか。説教もまだだったしな」


 朱音は恥ずかしそうにコクリと頷くと、みんなは気を使ってそのまますぐに帰っていった。


 

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