第82話 決闘の褒美3

 夕焼けに照らされた1-Aの教室には蒼と朱音しかいなかった。

 あのまま外で話すのでも良かったのだが、話が長くなりそうだったので落ち着ける場所にやってきた。


 十傑権限で上手く校舎に入れたので、今教室には二人しかいない状態だ。


「蒼、本当にごめんね。たくさん心配かけた」


「大丈夫だよ。朱音が無事で良かった」


 改まってお礼を言われると恥ずかしいだけなので、蒼は簡素にそう答えた。

 ただ朱音が無事であって嬉しいのは本当だし、心がこもっていないわけではない。


 それは朱音にも伝わってはいるが、それでもいつもよりも素っ気ない蒼に朱音は不安そうな表情を浮かべる。


 いつもなら、こんなやり取りをしていても他が茶々を入れるので問題ないのだが、今は二人きりだ。

 蒼も親友との距離感に少しだけ戸惑っている。


「……なんか緊張するんだよ。もう怒ってないし、これから起こるであろう問題は全て俺の責任だから朱音は気にしなくていいよ?」


 まぁ蒼が召集されるということは絶対に朱音や宗一郎たち、今の十傑はほぼ全員呼ばれることになるからあまり関係ないかもしれないが……

 蒼個人でもいくつか問題を抱えているのは事実だが、それは実際に蒼以外どうしようもない問題なので、他人に任せていいものでもないのだ。


「そんなことないっ! 次蒼が何かでトラブったら私が一番に助ける。これは絶対だかんね」


「俺が困ることかぁ……どうやったら彼女ができるかね」


「……性格ともっと女心を勉強したほうがいいよ」


「どっかで聞いたなそのセリフ……」


 上手く誤魔化せたのだが、それはそれで傷を負ってしまう蒼であった。

 そう、蒼的にはこの距離感がいいのだ。

 決して恋人ではない、このドギマギするような距離感が……


 でも、蒼は一つ勘違いしている。


 厄災級のアウラと契約しているような女の子が、ただ待っているだけで満足するような子たちではないということを。


 蒼も同じだが、欲しいものがあれば全力で狙いに行く。

 それが例えどれだけ難しくても、それを可能にするからこそ厄災級アウラとの契約者だし、獅子王学園の十傑に君臨しているのだ。


 そして、その気持ちが強ければ強いほど、今後成長する速度は変わってくる。


「蒼、ちょっと目瞑っててね」


「ん? ドッキリなら勘弁して欲しいけど……」


 蒼がそう言い終える前に、唇に柔らかい感触が伝わってきた。

 甘い香りだ。

 いつも隣にいる、甘い香りだった。


 蒼が目を開けると、目の前には今にも爆発しそうなほど真っ赤な顔をした茜の姿があった。

 

「あ、あんたが初めてだから。答えは聞かない。でも、私もそろそろ走り出そうかなって。お父様に言われたからじゃない。私があんたのことを好きになったんだ。これは、今日頑張ってくれた蒼へのご褒美だよ」


「あ……ありが、とう」


 蒼は急な出来事に思考がパンクしてしまうが、かろうじてその言葉だけは出てきた。

 突然朱音のような可愛い女の子からキスを、しかもファーストキスと告白を受けたのだ。


 いつもチャラチャラしているようで、まだ女性経験がない蒼にはここを上手く乗り切るにはかなりハードルが高いものとなっていた。


「ふふっ、あんたいつも女の子慣れしてそうなのに意外とウブなんだね。もしかして、初めて?」


「うるさいな……ったく、俺なんかよりもいい男いっぱいいるだろ。宗一郎とか龍之介とか湊とか」


「三人は親友、あんたは特別な人なんだよ。いつも脇役を演じているみたいだけど、たまに主人公してくれるから私は好きだよ。贅沢を言うなら、常にカッコよくて真面目な蒼を見ていたいかな。わざと場を和ませてくれるのはとってもありがたいけど、だからって自分から嫌われに行く必要はないよ?」


 蒼は全て朱音に見抜かれてもう言葉も出なかった。

 ただ、告白を受けたのだ。

 その答えだけは真摯に、そして心の底から丁寧に答えなければならない。


「朱音、ありがとう。俺の答えだけど……『もう少し考えさせてほしい』っていうのは男らしくないかな?」


 そう、蒼の出した答えは保留だ。

 ついさっきまで親友だと思っている女の子を、告白されたからオッケーしますというのは蒼の中でなんとなく嫌だった。


 それよりも、少し返事は遅れるかもしれないが、これからきちんと朱音のことを一人の女の子として見て、それから答えを出したほうがいいと結論付けた。

 中にはここで付き合ってから答えを出せばいいという人もいるだろう。

 というか、一夫多妻制のこの時代告白されたのならとりあえず了承しておいても何ら問題はない。


 しかも相手は朱音だ。

 十傑第二席、水無瀬家の長女であり容姿端麗、欠点を探すほうが難しい完璧な女の子だ。


 普通の男からすれば断るほうがどうかしていると思うが、そんな女の子だからこそ蒼は慎重に答えを出したかった。


「うん。私の好きな蒼ならそうすると思ってたよ。だから言ったでしょ? 今答えはいらないって。これから私のことを見てよ。それで、決めて」


「ありがとう。これからちゃんと意識するよ」


「うん隙があったらアピールしていくね。別に嫌じゃないでしょ?」


「ご褒美です」


 蒼はえっちな顔をしてそう言った。

 こんな美少女からのアピールなんて想像しただけでも嬉しくなってしまう蒼であった。


 朱音もいつも通りに戻った蒼に対して安心したような、呆れたようなため息を吐いた。


 その後、蒼と朱音は沈む夕日を教室で眺めながら雑談をしてから、一緒に帰ることになった。

 寮の場所は同じなので、別々で帰る必要はない。

 最後の最後まで、二人は楽しく話すことができ、見方によっては既に付き合っているのでは? と思わされる感じではあるが、それはまだである。


「じゃあね蒼。今日は本当にありがとう。蒼のおかげでまだ楽しい学園生活を送れそうだよ」


「うん。その笑顔が見れたなら頑張った甲斐があったわ。これからは嫌なことは嫌って言うんだぞ。あと、俺たちに相談しろ」


「はいっ! じゃあおやすみっ!」


 朱音は満面の笑みを浮かべて最後にさりげなく蒼の頬にキスをして先に自分のフロアへと転移していった。

 蒼はキスされたところに触れつつ、クスッと笑って頬を緩ませるのであった。

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