第80話 決闘の褒美1

 蒼が元の世界に戻ってくると、そこでは一部を除いてみんな頭を下げて蒼たちのことを迎えていた。

 厳密にいうと、蒼というよりもそのアウラであるティアたちを、ではあるが……

 なんにせよ、今獅子王学園では白熱した決闘の後だというのにもかかわらず静寂に包まれていた。


「蒼、なんだか堅苦しいわね」


「多分ティアたちがいるからだよ。お、朱音たちだ」


 蒼は自分達に集まる視線を全て無視して、朱音や宗一郎たちの方に手を振りながら戻っていった。

 宗一郎たちは、みんな呆れたようにため息を吐きながらも、どこか嬉しそうな仕草で蒼のことを迎えた。


「お前、自重って言葉知ってる?」


「俺じゃなくてティアたちにいって欲しいな。俺は殴り一発しか入れてない」


「その前の過程で結構派手にやってたと思うけどなぁ」


「まぁ、なんにせよ蒼が無事でよかったぜ」


「そうだね。何回僕が龍之介のことを止めないとダメだったか……ちゃんと感謝してよね」


「おう、みんなサンキューな」


 昨日一日はずっとピリピリしていたので、こう言ったフランクなジョークが言えるのも久しぶりである。

 そのことに、蒼は嬉しさを感じながらまだ隅っこで遠慮がちに蒼の方を見ている朱音に声をかけた。


「朱音、色々言いたいことはあるけど、とりあえずおかえり」


「あ、蒼……本当にごめんっ! 私のせいで大変なことにっ!」


「いいって。どうせどこかのタイミングでバレてただろうし、ティアたちも堂々と街中を歩けるって喜んでたよ。俺も朱音が戻ってこれそうで本当に安心したよ」


「蒼珍しくキレてたもんね。たまには男らしいとこあんじゃん」


「蒼くん、普段はえっちなのにね」


「まぁそれ含めて蒼だしね。私も最近助けられたばっかりだし、なんだかんだ頼りになる男だと思ってるよ」


 女性陣からの珍しい褒め言葉に、蒼は恥ずかしそうに頭をかいて誤魔化した。


「一千年に一回歩かないかの褒め言葉なんだけど? みんな珍しくない?」


「蒼はそれだけ頑張ったんだよ。また明日からは罵倒されるんだから、今くらいは素直に受け取っといたら?」


「できれば常日頃から罵倒しないでくれると助かるんだけどなぁ」


 宗一郎も「そうだね」と笑い、なんだかんだで賑やかになってきた。

 蒼たちがそんな話をしていると、奥から数人の大人たちが蒼たちの元へとやってきた。


 一人は理事長。

 これは当然として、その後ろにいるのが総理大臣や軍の総帥、そしてことの元凶である加藤家の当主と水無瀬家の当主だ。


 蒼は、錚々たるメンツにため息を吐きながらも、しっかりと朱音を守るようにみんなより一歩前にでた。

 国のトップに君臨しているだけあって、総理大臣や総帥たちは蒼が目の前にいても堂々としていた。

 むしろ、向こうが蒼たちのことを値踏みしている感じである。


「どうも、和也さん。今回はやってくれましたね?」


「これも全て娘のためだ。とても面白いものを見せてもらったよ」


「それはよかったです。あぁ、先にあなたに言っておきたいことがあるんですよ」


 蒼はそう言って、総理大臣や総帥たちを無視して、水無瀬和也のもとに向かった。

 その姿は威風堂々。

 今この時に限り、誰も蒼のことを止めることが出来ずにいた。


「今度朱音を泣かせてみろ。朱音のお父さんだろうが絶対に許さないからな?」


「はっはっは! あぁ、わかった。今後、朱音の意思を無視して婚約を進めることはやめておこう。もとより、今回の決闘はそれが条件なのだろう?」


 蒼が真剣に詰め寄っても、水無瀬和也は不敵にそう笑って答えた。

 そもそも、今回の決闘が決まった瞬間から和也はこうなることも予想していたのだ。


 そして、伊達に名家と言われる水無瀬を代表する男ではないことも、次の瞬間証明された。


「私、水無瀬和也は一条蒼と水無瀬朱音の婚約を許可しよう。二人にその気があるなら、すぐにでも次のステップに進めることも考えよう」


「「はっ?」」


「まぁ、これは他の家への牽制でもあるが……蒼くん、朱音のこと頼んだよ?」


「え? はい」


「なんであんたは素直に頷いてんのよ! 否定しなさいっ!」


 会話が180度変わったせいで、蒼はひょうきんな顔をしながら頷いてしまったが、それを見て朱音が顔を真っ赤にして突っ込んだ。

 ただし、朱音も嫌そうな雰囲気はない。 

 むしろ、この決闘で自分の心の整理もある程度出来たのだろう。


 この時、蒼の返答次第では本当に婚約してもいいと思っていた。


 しかし、もう蒼の主人公ターンは終わったようだ。


「俺なんかよりも、朱音に相応しい男はたくさんいますよ。俺が言いたいのは、これ以上無理矢理朱音に結婚を強いることをしないでくださいってことだけです」


「うむ、それは約束しよう。さて、それでは私と加藤家はひとまず引き下がるとしよう。あとは任せますよ」


 水無瀬和也は自分の言いたいことだけを言い終えると、そのまま加藤家の当主を連れて蒼たちの元から去っていった。

 加藤家の当主も、蒼に一言くらい小言を言いたかっただろうに、水無瀬和也はそれを許さずに強制的に下がることとなった。


「朱音、とりあえず難は去ったな」


「蒼のバカっ! お前なんて嫌いだっ!」


「え⁉︎ 何で⁉︎」


「蒼、さすがに俺も今のは味方できないわ」


「俺も。お前最低だな」


「蒼はもう少し女心を勉強したほうがいいかもね。僕たちが言えた話じゃないけど」


 一連の流れを聞いていた男性陣からは大いに呆れられ、女性陣も少し引いているようだ。

 当の朱音も目に少し涙を浮かべながら怒っているようだった。


「蒼はもう少し最後ビシッと決めれたらかっこいいんだどね」


「そもそも主人公はお前の役割だ。俺の仕事は道化なのっ! だからそんなに冷たい目で俺を見ないでっ!」


 最後の最後に特大の地雷を踏んだ蒼は、そのまま学園長が話を切り出すまで全員から呆れられるのであった。


 ちなみに、この時ティアたちですら苦笑いを浮かべていたとかどうとか……

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