第76話 最強降臨1

 蒼が異界の中へと入ると、そこは障害物が何もない荒野だった。

 つまり、小細工なしの完全な力勝負となるわけだ。

 そうなると、人数が多い加藤に軍配が上がるのだが、蒼は全く杞憂することなく、ゆっくりと加藤の方へと歩みを進めていった。


 向こうは、まだせっせと準備をしているようで、今蒼がざっと見ただけでも機械式のアウラが100体以上設置されているところだった。

 日本でも文明が進み、アウラと契約していない人でも力を発揮できるように人工アウラというものが開発されており、今では少しずつ普及してきているものの、まだまだそのハードルは高い。


 そんな貴重品を大量に用意してきているあたり、加藤翔太だけでなく加藤家総出で全力で蒼を潰そうとしているのがわかる。


 蒼も、その意図を察して小さく笑みを浮かべた。


「翔太くん。さっきの続きだけど……俺は負けない。全力でかかってきな」


「一条か……あぁ、楽しみにしているさ! お前が負けたその時には、水無瀬だけでなく他の女も全員おれのものだっ!」


「元から彼女たちは俺のものでも、君のものでもないけどね。でも……大事な仲間を奪われるのはごめんだ。……徹底的にやろうか」


 蒼は、それだけ告げて自陣に向かっていく。

 蒼の背後でまだ加藤が何か叫んでいるが、蒼はそれ以上振り向くことはなかった。


 今回、両者の間には約一キロメートルほどの距離が空いているが、逆に言えばそれだけしか距離がない。

 障害物もろくにないので、自分で守る術を用意しておくのがセオリーとなるが、加藤の陣営では人工アウラに続き、しっかりと対魔法用の障壁まで用意されていた。


 全て一級品であり、今回の決闘だけでも何億、何兆円ものお金が動いているはずである。


 一方、蒼の方は何もない。


 蒼は、加藤の準備が終わるまでただ悠然と立っており、本人は余裕の表情を浮かべているが、それを見ている観客たちからは心配の声が上がっている。

 どう見ても、蒼の不利である。

 資金力もそうだが、人脈的にもそうだ。


 一学生に過ぎない蒼が、加藤の後ろにいる大人たちを相手にして勝てるはずがない。


 加藤や観客席にいる人含め、皆そう思っていた。


 しかし、数刻後それは間違いだったと思い知らされることとなる。







「さぁ! 俺の方は準備できたぜ!」


 蒼が異界へとやってきて15分。

 ようやく、加藤の準備が終わったようで、魔法で毬乃から蒼にも確認の連絡が来た。


「俺も問題ない」


「両者の準備が整ったので、これより一条蒼対加藤翔太による決闘を始める! 両者ともに、正々堂々ぶつかり合うように! それでは……始め!」


 魔法で拡張された声で毬乃がそう宣言し、開戦の狼煙が上がった。


「さぁ、楽しもうか。こい! フェンリル!」


 早速、加藤は全ての人工アウラを起動し、その中でも一際力を持っている人工アウラの核に触れながらそう叫んだ。

 その瞬間、人工アウラは眩い光を纏うと、どんどんと大きな神獣の形を象っていき、神獣フェンリルへとなっていた。


「フェンリルか……厄災級の人工アウラっていくらするんだろうね」


 厄災級第219位、神獣フェンリル。

 獣の中でも最強を謳うフェンリルは、鋭い牙と目にも止まらぬ速さ、そして神から引き継がれた神力を使用することができる神獣だ。


 フェンリルの他にも、厄災級第268位の神獣リバイアサンなど、計5体の厄災級と大量の1級以下の人工アウラが召喚されていた。

 

「見ろ一条! これが、今の日本だ! これだけの戦力があれば、世界だって俺たちが手にすることができる!」


 加藤も初めて見る光景なのだろう。

 自分たちが5体もの厄災級を使役し、さらには大量のアウラを呼ぶことが出来ていることもあり、加藤は有頂天になっていた。


 まぁ、その気持ちも分かる。


 実際、これだけの戦力があれば街の一つや二つ、消し飛ばすのに1分も必要ないだろう。

 それだけ、厄災級というのは絶対的なものであり、それを人工的に製造することに成功した日本の技術には、蒼も目を見張るものがあった。


 しかし、加藤たちは知らない。


 蒼の中には五人の怪物が宿っていることを……


 その力は、天界、魔界、幻界、そして全ての異世界の中でも最強を誇る。


「俺は、覚悟を決めた。これから、再び戦乱の世の中になろうとも、俺は大切なものを奪うあいつを許さない」


 蒼がそう告げた瞬間、蒼の目の色が変わった。

 深い青色だった目は、片目は深紅に、そしてもう片方は黄金色へと変わり、目の中には魔法陣のようなものが浮かんでいる。


 それと同時に、蒼と加藤たちのいる異空間の中の空気が変わった。


「顕現しろ。『私』の家族たちよ。その力を、全世界へと知らしめろ!」


「ようやく出番ね。創造神ティアマト、あなたのために力を振るいましょう」


 蒼の召喚にまず初めに応じたのは、純白の羽衣を纏ったティアである。

 ティア一人が現れただけで、先程までピンピンしていた厄災級の人工アウラたちの動きが止まった。


「妾もかっこよく決めようか。破壊神ロキ、悠久の時を経て、貴方様の元に」


 次に現れたのは、破壊神ロキだ。

 禍々しい魔の力をその身に纏いながら、うっすらと笑みを浮かべて蒼に抱きついた。


 その姿は、非常に官能的ではあるが、存在が異次元すぎて見ている人は誰も欲情されることはない。


「蒼ー! 僕もいるよ! 幻王アーニャ、ここに参上!」


 次に現れたのは、幻界の王であるアーニャ。

 元気に召喚門から現れると、そのまま蒼の側に世界樹を生やし、くつろぎ始めた。


「蒼さま、お待たせしました。大天使ミカエル。ご主人様の召喚に応じてやってきましたしがないメイドです」


 ミカエルはそういって可憐にお辞儀をすると、頭にはリングを、背中には大きな天使の翼を広げ自分が大天使であることを周囲に示した。

 普段はメイド服であるミカエルも今回は天使の正装で来ており、その威厳は確かなものだった。


「最後は私ね。リオンよ。最強をやってるわ」


 最後に現れたのは厄災級第一位のリオンだ。

 彼女は、不機嫌な様子で現れたが、蒼の顔を見てそれも解れた様だった。

 

 この時をもって、蒼のアウラ五人がこの場に集まった。

 五人とも、眉目秀麗な少女であるが、間違いなく全てにおいて最強を謳う存在である。


 数世紀前までは、五人がこうして共に戦うことなど、絶対になかった。

 しかし、今はこうして、各世界の最強として蒼の力になっている。

 

「みんなありがとう。これから始まるのは決闘じゃなく、『蹂躙』だ。それぞれ、この世界を破壊しない程度に暴れてこい」


 この日、世界の歴史は動き始める。

 そして、その最前線で指揮を取る白髪の青年を、後世の人は「神魔の騎士」として広く語り継いでいくのであった。

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