第75話 いい女
俺が会場に着くと、すでに大量の人が観戦席や周囲にいた。
まだ朝10時だというのに、みんな元気だなーと心の中で呟く。
パッと見ただけでも、昨日の3倍はいそうである。
その中には学生はもちろんのこと、大人もたくさんいた。
講師はもちろんのこと、名家の人間や、軍、政府の人間なども見に来ているようだ。
一番驚いたのは現総理大臣までいることだね。
この国の大人たちは暇なのかな?
「一条様、こちらにてお待ちください」
「ありがとう」
俺は、案内人に簡素にお礼を言うと、その場でしばらく試合が始まるのを待っていた。
もう、外の声は聞こえない。
あとは俺の筋を通すだけだ。
相手がどうとか、関係ない。
「見ろ一条! 俺のためにこんなに人が集まってるぞ!」
時間になり、競技場へと出るとすでに加藤が準備をしているところだった。
大勢の人が見に来ていることに気持ちよくなっているのか、随分とご機嫌なようだ。
ほんと、呑気だね。
今回の決闘の形式は俺がいった通りなんでもありの試合だ。
何人助っ人を連れてこようが、アウラを連れてこようがルール違反にはならない。
それゆえ、加藤の方は10人の助っ人を呼んだようだ。
パッと見た感じ、みんな高位魔法師だ。
軍の名家だというのは、まだ通用するようでその人脈もバカにできなかったということか。
俺の方は、先程琴葉たちに話した通り一人だ。
観客もそれを見て、心配そうに憂う人や、逆に嘲笑する人もいるが、全てどうでもいい。
「定刻になったので、これより加藤翔太と一条蒼の決闘を始める。相手が戦闘不能になるまで、こちらが用意した異空間の中で戦いあってもらう。両者の合意により、ルールに制限はない。存分に己の力を発揮するように」
今回は、事が事ということで毬乃さんが審判をするようだ。
隣には、律儀に厄災級のアウラまで従えさせて、何かあればすぐにでも対応できるようにしてくれているらしい。
裏には葛木先生と柊木先生も待機してくれているので、心強いね。
「一条。俺は、お前から全てを奪ってやる。この試合で、華々しく散るんだな!」
加藤は、先にそういって異空間の中へと入っていった。
それに釣られるように、助っ人の10人と、あとは向こうの準備を手伝う人たちが続々と入っていく。
「俺、一人なのに容赦ないなぁ」
「本当に、あんたもバカね」
「ちょっとひどくない? 俺はお前のために……って、朱音⁉︎」
「よっ。元気してた?」
俺の独り言に、朱音は自然に入ってきたせいでなんの違和感もなかったけど、そういえばこいつ今絶賛俺たちと隔離中だったことを思い出した。
一日ぶりに見る朱音は何も変わってなかったが、どこか心配そうな顔をしていた。
「朱音、これ終わったら説教な」
「やだ。そんなことより、今すぐこんな茶番はやめて。私は、それを望んでない」
朱音の言う「それ」というのは、俺が力を使うことだろう。
全く、この後に及んでも俺の心配をしてくれるんだから、朱音という少女はいい女のようだ。
いい男だったら、ここはこの美少女に免じて潔く勝負から引き下がるのだろう。
でも、俺はいい男でもなければ主人公でもない。
舞台を混沌へと誘う道化師だ。
「悪いな。それは無理だ。戦う前に、お前の顔を見れてよかったよ。おかげで、覚悟が決まった」
「なんでっ! この勝負に負けたら、あんたは全てを失うんだよ! それなのに、なんでこんなに無茶するの!」
「隣でいい女が泣いてるんだ。かっこつけたくなるのは男の性ってもんよ。ただ……もし、この勝負に勝てたら……」
俺は、わざと眉毛を太くして朱音にえっちな視線を送る。
「はぁ、あんたもバカだけど、私はもっと大馬鹿みたいね。わかった、もし勝負に勝ったら、5分間私を好きにしていいよ」
朱音がそういった瞬間、俺の中の時が止まった。
今こいつなんていった?
私を好きにしていい?
それってつまり……
「あ、朱音、それってつまり……」
「胸でもなんでも、好きにすれば?」
朱音がそういった瞬間、俺の中の何かが壊れた。
そして、それと同時に自身からとてつもないやる気と力が湧いてくるのを感じた。
「よっしゃ! 任せろ朱音、お前のために頑張ってくる!」
「あんた、目が私じゃなくて胸に向いてるって……まぁいいか。絶対無事で戻ってこいよ。じゃないと、私死ぬからね」
「おう! 負けられない理由ができたからな。今の俺は無敵モードだ」
むしろ、負ける気がしないね。
さっきまで、色んな理由をつけてティアたちを呼ぶことに躊躇ってたけど、朱音がその気なら話は変わった。
加藤には存分に俺の最強を見せようじゃないか。
国が相手になる? 世界が相手になる?
今の俺にはそんなもの関係ない。
「総理大臣が相手だろうが、世界が相手だろうが、関係ないね。全員まとめてかかってこい」
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