第74話 蒼の怒り2

 蒼と加藤翔太の決闘当日。

 場所は獅子王学園で行われるようで、その中でも一番大きい第一競技場が使われることとなった。


 昨日、蒼が毬乃にことの顛末を報告しに行ったときは、毬乃が目眩をしていたほどだが、当日になるとなんだかんだでこれが正解であったこともわかった。


「なぁ、蒼。さっき家から今日の試合を見に行くって連絡が来てたんだけど、大丈夫なのか?」


「僕のところにも来てたよ。名家が総出で蒼たちの試合を見にくるみたい。暇なのかな?」


「噂だと、軍や政府のお偉いさんも来るらしいわよ。外部との接触禁止って規則はどこに行ったのかしらね」


「昨日、加藤くんと話した時点で大体察してるよ。毬乃さんもそれっぽいこと言ってたし」


 現在、蒼の部屋には早朝なのにも関わらず仲間が全員集合していた。

 みんな朝早いのにもかかわらず、蒼のことが心配で気が気でないようだ。


「それより、みんなにも謝らないといけない。俺の勝手な判断で、みんなにも迷惑をかけることになる。本当にごめん」


 今日、蒼がしようとしていることは、いわば今の日本、おいては世界や異世界全てに衝撃を与えてしまうようなことだ。

 そして、それは蒼だけに該当するものではなく、少なからず宗一郎たちにも影響を及ぼしてしまうようなことでもある。


 蒼たちは、せめて獅子王学園にいる間は普通の学生生活を謳歌しようとしていたのにもかかわらず、これからは大人の思惑が入り混じった環境に身を置くことになってしまうのだ。

 蒼は、それがとても申し訳なく思った。


「あんたバカ? 蒼が暴走するのはいつものことでしょ。あんたは何も考えずにバカみたいに突っ走ってればいいのよ」


「そういうこと。私は家とか関係ないし、もし何かあってもみんなとなら乗り越えられるでしょ」


「そうだよ。でも、私はそれより蒼くんが無茶しすぎないかが心配だよ」


 蒼の謝罪に、琴葉、透、佳奈が順番にそう言って、頭を下げている蒼に手を差し伸べた。

 

「蒼、本当に大丈夫なのか? はっきり言って、相手は以上だぞ?」


 佳奈の言葉を引き継ぐように、龍之介は再度蒼に確認する。

 龍之介は、軍の家系の人間なので、軍の内部情報もある程度耳に挟んでいるのだろう。


 今回の決闘でどれだけの戦力を注ぎ込もうとしているのかというのも、大体把握しているはずだ。


「はっきり言って、一学生の決闘に出す戦力じゃねぇ。うちも、加藤に応援して幾らかの戦力を貸したようだしな。親父は何がしたいんだか……」


「ねぇ、龍之介。大体どれくらいになりそうなの?」


「普通に、対国家を相手だとしてもそこそこ戦えるほどだ。質もやばいが、何よりも数が桁違いだ」


 龍之介は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、そう伝える。

 それを聞いて、宗一郎以外の顔から余裕が消えた。

 

「それって大丈夫なの? いくらティアさんたちがいるからって……」


「それだけ相手が本気なんだよ。これは、ただの生徒同士の決闘じゃない。国家対蒼と言っても、全然過言じゃないぜ」


「蒼、私たちも協力しようか? 酒呑童子だって、その気になれば蒼の……」


「みんな、そろそろ蒼も準備をしなきゃだろうし、先に観戦席に行ってようか」


 琴葉の言葉を遮るように、宗一郎はそう言って皆を部屋から追い出そうとした。

 そんな宗一郎に、珍しく琴葉は感情的に宗一郎のことを睨んだ。


 しかし、宗一郎はそれをどこ吹く風といった様子で受け流すと、無理矢理全員を蒼の部屋から退出させた。


「宗一郎、ありがとな」


「本当だよ。この後、琴葉たちに愚痴を言われるのは俺なんだよ? お前、なんとしても勝てよ」


「もちろん。まぁ、ティアたちを召喚するのかどうかは、まだ考え中だけどな」


「たとえ、負けてお前がどうなろうと……か?」


「ティアたち三人はもちろんだが、リオンやミカエルだってこんな茶番に付き合わせていい人じゃないんだ。俺は、朱音やお前も大切な存在だけど、それと同じようにティアたちにも特別な感情を抱いている。そんな道具みたいにティアたちを使えないさ」


 蒼は、胸の中にある正直な気持ちを宗一郎にだけ伝える。


 喧嘩を売ったのは蒼だ。

 蒼自身が戦う覚悟はもうとっくにできている。


 だけど、それでも蒼は家族を戦わせたくないと思っていた。


「そんなお前だから、ティアさんたちはお前のアウラになったんだろうな。俺からは何も言わないよ。だけど、お前が負けると不幸になる人が大勢いることを忘れるなよ? もし、朱音を泣かせることがあったら、今度は俺がお前を許さない」


 蒼の気持ちはわかっている。

 それでも、宗一郎はそんなことはわかった上で、真剣にそう蒼に向かって伝える。


 蒼も、宗一郎の気持ちには気づいている。

 だからこそ、ここだけはふざけずに、真正面から自分の気持ちを吐いた。


「あぁ、俺も自分のケジメを通してくるさ。喧嘩を売って負けました、じゃあダサいからな」


「もし負けたら、来世までイジってやる」


「勘弁してくれ。来世は女の子にモテモテの人生を歩みたいよ」


「今も似たようなもんだろ。お前、今日蜜柑もくるだろうから、お兄ちゃんらしくビシッと決めろよ?」


「おう!」


 最後に、蒼と宗一郎は拳を当てて別れることになった。

 宗一郎は、琴葉たちと同じ観戦席まで向かい、蒼は自室で時が来るまで瞑想をして心を落ち着けるのであった。







「悪い。もしかしたら、みんなの力を借りるかもしれない」


「私たちのことは気にしなくていいわ。どうせなら、派手に暴れちゃいましょ」


「うむ。妾も久方ぶりに血が沸る戦いがしたかったのだ。ちょうど良い」


「僕も! 元気に暴れちゃうよ!」


「私は蒼さまのご指示に従うのみです」


「あんたはもっと伸び伸びとしてていいのよ? 厄介ごとは、私たちが片付けてあげるから。ずっと私たちのおっぱいでも眺めてなさい」


 蒼の言葉に、ティアたちは各々そういって笑っている。

 先程は、宗一郎にティアたちの力は借りたくないといったものの、やはり相手も軍の関係者だ。


 何があるかはわからないし、最悪の事態を考えるならば、先にお願いをしておくに越したことはない。


 もちろん、蒼としてはティアたちには戦ってほしくないのだが、そうは言ってられない状況なのも確かだ。


「あの……私は?」


「リンは今回は姿を見せない方が得策だ。俺たちにも隠したいことがあるんでしょ?」


「……ありがとうございます。普段はチャラチャラしているのに、意外と真面目なんですね」


「まぁ、リオンが存分におっぱいを堪能させてくれるらしいから、今から堪能させてもらうけどねっ!」


 先程までの真面目な姿はどこやら、蒼はリオンやティアたちに向かって抱きつきに行った。

 それを見て、リンはため息をつくが、それ以外の五人は、わざと笑みを浮かべて蒼を甘やかすように頭を撫でた。


 そう、五人はわかっていたのだ。








 蒼の手が震えていることに……

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