第72話 退学の理由2

「婚約? どゆこと?」


 想像していた話の内容を数倍超えていたため、思わず蒼もタメ口でそう呟いてしまった。

 宗一郎も、声には出さなかったが驚いている様子である。


「ちなみに、相手もこの学園にいるよ。Jクラスの加藤くんだね」


「加藤……」


 蒼からしてみれば、朱音の婚約相手が同じ学園内にいることに驚いたが、宗一郎はまた別の理由で黙って何かを考える仕草をしていた。

 同時に、蒼も宗一郎も婚約という単語を聞いて胸の中に少しだけズキっとした痛みを感じることになったが、総一郎はともかく蒼はこの痛みがなんなのかはさっぱりわからなかった。


 いや、どちらかというとそれどころじゃなかったというべきだろうか。


「加藤ってあの加藤家ですか?」


「あぁ、北小路くんのいう加藤家で合っているよ」


「なるほど……その息子がこの学園にいたんですね」


「宗一郎、詳しく教えてくれると助かるんだけど」


 宗一郎と毬乃でわかったように頷き合っているが、蒼はその辺りの社会情勢に疎いせいで話についていけなかった。

 なんとなく、自分の家と同じような名家だということは察することができたが、それ以上は何もわからなかった。


 蒼の義妹であれば、理解できたのかもしれないが、残念なことに蒼はあまり表に出るようなことがなかったため、どこが名家でどこが強い力を持っているのかなど全く知る機会がなかったのだ。


「加藤家は、あの魔法戦争よりも前にあった名家なんだ。ここ最近はあまり噂を聞かなかったけど、名家なのは確かだよ。そして、最悪なことに、朱音の婚約相手としても悪くない」


「それってどういう……」


「加藤は水無瀬にはないものを持っているからね。水無瀬の当主はそれが欲しいんだろう」


 宗一郎の話を引き継ぐように、毬乃が蒼に説明を続けた。

 そこで、蒼は少し考える。

 水無瀬にはなくて、加藤家にあるもの……


「もしかして、軍の繋がりとか?」


「よくわかったね。加藤家は今も軍と深いつながりを持っているんだ。きっと、和也さんはそれが欲しいんだろう」


「ってことは政略結婚に朱音を出したわけか」


「いや、どちらかというと加藤の御子息が水無瀬くんを欲しているみたいだったよ。水無瀬としても、棚からぼたもちだったのだろう」


 毬乃はなんでもないように、そう話すが、蒼と宗一郎からすれば一つだけ大きな疑問が残ってしまう。


「政略結婚はいいとして、どうやって加藤は親と連絡を取ったんだ?」


 そう、もし万が一政略結婚が家の事情で成立したとして、どうやって外部とやりとりをしたのかが、二人にはわからなかった。

 この獅子王学園は、原則として外部との連絡を許可していない。

 

 もし、外部の人間が生徒に連絡をしようとしても、もちろんそれが届くことはないし、逆もまた然りだ。


 しかし、毬乃の口ぶりをみるに、確実に外部の人間たちが関与しているようだった。


「君たちには悪い知らせかもしれないが、今後大人たちがこの獅子王学園に関与してくることが多くなると思ってもらったほうがいい。私も大変遺憾だが、君たちの影響があまりにも大きすぎたようだ」


「なるほど、俺たちのアウラが上に漏れたんですね」


「すまない。こればかりは私たち大人の過失だ。例の試験を境に、軍や政府が強制的に獅子王学園のカリキュラムに関与し始めたんだよ。今回も、それに便乗してきたようだ」


「政府に軍、名家までもが一学校に出張ってくるなんて大変ですね」


「さっきも言ったが、それだけ君たちの影響が大きいんだよ。一学年に八人も厄災級の契約者がいるのは前代未聞なんだ。きっと、他の大人たちは、その甘い蜜を我が物にしたくて仕方がないんだろう」


 毬乃は申し訳なさそうに、蒼と宗一郎に頭を下げたが、特段二人が毬乃を責めるようなことはなかった。

 そもそも、今回の事件は毬乃が悪いわけじゃない。


 今後、面倒な大人たちがよってくることを考えると、青いとしても億劫にはなるが、今はそれ以上に大切なことがある。


 先程の毬乃の言葉を信じるなら、加藤家の息子が親に水無瀬との婚約を望んだ。

 そして、それを水無瀬が応じたということだ。

 であれば、蒼たち何するのは杞憂ではなく、祝福なのだ。


 なんとかして、水無瀬和也から朱音の退学を取り消してもらう必要があるが、婚約自体を否定する理由を2人は見つけられなかった。


「大体の話はわかりました。でも、別に退学の必要はないんじゃないですかね? 婚約してようが、学園をさる理由にはならないはずです」


「あぁ、だが水無瀬の当主はそうは思わなかったようだね。これは私の憶測だが、君たちと朱音くんの距離を離したかったのではないかな? 北小路くんはわかるだろう?」


「……えぇ、なんとなく」


 毬乃の言葉に、宗一郎は少し悔しそうにそう頷いた。

 蒼はさっぱりで、説明を求めようとした瞬間、毬乃は大きな爆弾を投下してしまった。


「まぁ、そういうわけだ。昨日退学の申し出をしてきた朱音くんは泣いていたが……」


 毬乃は、少し口が滑って本来ここにいる二人に、正しくは蒼には聞かせてはいけないことを話してしまった。


「……毬乃さん。今なんて?」


「……朱音くんは昨日退学届を出しに来た」


「そこじゃありません。その後、なんて言いました?」


 毬乃は誤魔化そうとしたが、蒼の有無を言わさぬ空気にため息をついて、その後を言った。


「朱音くんは泣いていた。多分、強引に話が決まったんじゃないかな。朱音くんも、実の父に逆らえるほど強くはなかったみたいだ」


「ありがとうございます。それを聞けてよかったです」


 蒼は毬乃にお辞儀をして、そのまま部屋から退出しようと宗一郎を連れて足を動かした。


「……何をするつもりなのかは詳しく聞かないが、君にはこの問題に踏み込む義理と理由はあるのかい?」


「……わかりません。でも、女の子が泣いているのを放って置けるほど、俺はできた人間じゃないんで。道化師らしく、舞台を荒らしてきます」


 蒼は贈り物でピエロの仮面を作ると、わざとらしく顔に覆って、そのまま理事長の屋敷を出て、一年生の校舎へと向かった。

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