第73話 蒼の怒り1

 蒼たちが校舎の方へと戻ると、すでに一時限目が始まっていた。

 もちろん、どこも授業中なので廊下は静寂に包まれている。


「蒼、どうするつもり?」


「さぁ? 相手次第だね」


「……俺もなんとかしたいけど、今回ばかりは部が悪いよ。いくら朱音の問題でも、俺たちが口を出していいことじゃないのはわかるよね?」


「あぁ、それに加えて俺たちはまだ子供。大人の事情に突っ込むなってことだろ?」


「そういうこと。俺たちが簡単に場を乱していいことじゃない」


「そんなのわかってるよ。だけど、そのせいで一人の女の子が、俺たちの仲間が悲しむのは嫌だね。確かに俺たちはまだ子供だよ。だから、俺は子供らしく正義のヒーローを気取るよ」


「全くお前は……」


 蒼の言葉に、宗一郎は呆れたようにため息を吐くが内心は蒼の言葉が嬉しいのか、自然と笑みが溢れていた。


「なんだ、お前もかよ」


「いや、やっぱり蒼だなーって」


「男のデレは気持ち悪いだけだぞ。あ、後処理はお願いね」


「自分でやるなら最後まで責任持てよ。俺はあくまで今回はサポートだ。北小路としては、今回表立って加藤に喧嘩を売るわけにはいかなくてね」


 先程毬乃との会話の中にもあったが、加藤の影響はまだ一部においては大きいものだ。

 北小路家の次期当主である宗一郎が表立って加藤と敵対するのは、得策ではないのだろう。


 ちなみに、蒼も一条の家に属しているが、蒼としては妹に次期当主の座を譲る気満々なので、宗一郎ほど問題にはなりにくいはずだ。

 まぁ、関係は悪くなるかもしれないが、実は一条と加藤はそもそもあまり仲が良くないため、問題がなかったりする。

 蒼は知らないことだが、すでに止める気は毛頭ないので、関係ない話である。


「それにしても、加藤家の次期当主がなんで最低クラスなんだ? 普通にいけば、それだけでもCクラス以上には入れそうだけどな」


「それこそ、大人の事情でも絡んでるんじゃない? 最低クラスからの成り上がりとか、美談でしょ?」


「しょーもないことに子供を巻き込まないで欲しいなぁ」


「ごもっともで」


 なんて会話をしながら、蒼たちは目的の場所に到着した。


「こんにちはー」


「「「っ⁉︎」」」


「君たち、今は授業中のはずだが? どこのクラス……」


 蒼は加藤翔太のいるJクラスに入っていくと、当然だがJクラスの生徒たちはみんな驚いたように蒼たちの方を見た。

 最初に、誰が入ってきたのかと。

 そして次に、なんで一年生の中でも特に有名人である蒼たちが自分たちのクラスにやってきたのかと。


 蒼たちをみて担当の教師もまさか十傑がやってくるとは思っていなかったのか、驚いているようだった。


「加藤くんはどこにいる?」


「ここにいるけど、何?」


「お前に用事があってきたんだ。よろしく、俺一条蒼」


「知ってるよ。それで、天下の十傑様が俺に何のよう?」


 加藤は、なぜ蒼たちが自分の元にやってきたのか大体察しているようで、ニヤニヤしながら蒼たちのことを煽る。

 いちいちこんなことに腹立っていては、話し合いにもならないのは確かだが、間違いなく蒼たちを苛立たせるには十分であった。


「お前、朱音を無理矢理退学させたな?」


「なんの話か知らないけど、それを決めたのは俺じゃなくて水無瀬だろ? 女取られて悔しいのはわかるけど、あんまり俺に八つ当たりすんなよ」


「……」


 加藤の言葉に、蒼は何も返さなかった。

 いつもの蒼なら、得意な舌戦で言いまかされることなんてなかった。


 それを人一倍知っている宗一郎は不安そうに蒼のことを見つめている。


 ちなみに、話についていけていない他の生徒たちは目を点とさせて何事だとヒソヒソと周囲のクラスメイトと話していた。

 担任も、本来は蒼たちを追い出さなければならないのだが、蒼たちの圧に何もできないでいた。


「ふん、何も言えねぇのかよ。こんなのが十傑だなんて傑作だな。あぁ、他の女もそのうち俺のものにしてやるから楽しみにしとけよ。俺はお前から全てを奪ってやる」


「おいっ!」


 ついに、宗一郎の方が我慢できなくなって思わず手が出そうになったが、それを蒼が静止した。


「お前の言い分はわかった。俺から全てを奪おうって魂胆だな?」


「あぁ、まぁ水無瀬に関しては完全に俺の趣味だけどな。あれだけ可愛い女、そうそういねぇからな。あぁ、初夜が楽しみだ」


「宗一郎、すまん」


「蒼、どうするつも……」


「加藤翔太。お前に、決闘を申し込む。受けろよ」


 蒼が言い渡したのは、加藤翔太との決闘だった。


「はっ、俺がそれを受けてなんのメリットが……」


「お前が勝ったら、俺の全てをやる。全てだ。十傑の地位も、お金も、権力も、この命もお前にやろう。その代わり、俺が勝ったら二度と朱音に近づくな」


「本当に全てだな? ここで契約書を……」


「あぁ、書いてやるよ。時刻は明日の午前十時。なんでもありの決闘だ。場所は俺が用意してやるよ」


 蒼は、加藤の言葉を全て遮るようにして、魔法で作った契約書にサインをした。

 この契約は破ることはできず、絶対的な効力を持つものだ。

 普通であれば、絶対にサインしてはいけない類のものだが、蒼は躊躇なくそれにサインをした。


「本当になんでもありなんだな?」


「あぁ、助っ人を何人呼んでこようが、何を使おうがなんでもありだ。俺は一人で戦うけどな。手加減してやる」


「その言葉、忘れんなよ」


 加藤は、そういうと蒼がサインした契約書に自分の名前をサインした。

 これで、契約は成立した。

 あとは、決闘の結果を待つのみとなった。


「俺の家が軍に太いパイプがあることを忘れんなよ? たかが二級アウラを使役しているお前に勝ち目なんか……」


「宗一郎、行こうか。皆も急に来てごめん。今度、俺で良かったらみんなの相談に乗る機会を作るから、気が向いたら来て欲しい」


「俺も参加するよ。男二人で花がないかもだけど、困ってることがあったら聞くよ」


 加藤がまだ何か言いたそうだったが、その前に蒼は言葉を遮ると、そう言ってJクラスから出て行った。

 宗一郎と蒼が個人的に相談に乗ってくれるということで、加藤以外のクラスメイトたちは嬉しそう頷いていたが、一方で完全に無視されてしまった加藤は不快そうに舌打ちをした。


「蒼、無茶は禁物だからね」


「わかってる。俺は今日色々と準備があるから休むよ。お前はあいつらにさっきのこと報告してあげてきてくれ」


「了解。頼んだよ」


「おう、お前もな」


 二人はそれを最後に、各々の役割を果たすために行くのであった。

 

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