第71話 退学の理由1

「蒼! ……この手紙を残して朱音がいなくなった」


「は?」


 クラン戦があった翌日、朝早く俺の階へとやってきたのは、厳しい顔をした宗一郎たちだった。

 

 今、宗一郎はなんて言った?


 朱音がいなくなった? 

 絶対に嘘だ。

 昨日まで、一緒にいたんだ。クラン戦だって、一緒に戦ったし、特におかしな様子は……


「ちなみに、その手紙にはなんて?」


「みんなと一緒にいれなくなった。ごめんなさい。私は退学します。だって」


「そんなバカなことがあるか。みんなして俺を脅かそうなんて趣味が悪……」


「蒼、本当だ。さっき琴葉たちに朱音の部屋を見てきてもらった。そしたらこの手紙が……」


「テメェいい加減なこと言ってるとぶっ飛ばすぞっ!」


 俺は宗一郎の言葉を最後まで聞かずに、思いっきり胸ぐらを掴んだ。

 その瞬間、琴葉たちがびっくりしたような、どこか悲しそうな表情でこちらを見ていた。


 そして、それで全てを悟った。


 これは、嘘なんかじゃないと。


「……悪かった。それで、みんな心当たりは?」


 一度冷静になって、俺は宗一郎に謝罪をした。

 ティアたちも何事かと心配して俺たちのことを見ているけど、今はそっちにかまっている暇はない。


 一刻も早く朱音が退学した理由を調べないといけない。


「わからない。本当に急だったんだ。でも、一つだけ心当たりはあるだろ?」


「……そういえば、最近調子悪そうだったな。チッ、あいつ何か隠してたな」


 最近、朱音の機嫌が悪い時が何度かあった。

 踏み込みすぎても悪いと思って、誰も朱音の相談に乗ってこなかったツケが回ってきたみたいだ。


 今更言っても遅いが、一人だけ唯一事情を知ってそうな人物を思い出した。


「俺はちょっと事情を知ってそうな人のところまで行ってくる。そんなわけで、授業休むけど頼んだ」


「何が頼んだ、だよ。俺たちもいく」


「いや、一旦俺と……宗一郎だけでいく。後のみんなは葛木先生たちに事情を話しておいてくれると助かる。あと、朱音の退学はまだ表に出回ってないだろうから、なるべく隠しといて欲しい」


「でも俺たちだって……」


「龍之介、僕たちには僕たちの役割がある。だよね、蒼」


「さすが湊。龍之介が暴走しそうになったらお前がしばいてやってくれ」


「任せて。二人ともしっかり仕事をしてきてね」


 普段は割と静かめなやつだけど、こういう緊急事態の時に一番冷静で頼りになるのが湊だ。

 今回も、各々の役割をしっかりと理解して、自分がどう動けば一番いいかをわかっている感じだ。


 本当に助かるし、頼りになる仲間である。


 さて、湊もそう言ってるし、俺たちは俺たちの仕事をしにいくか……








「と、いうわけでどういうことです?」


「君たち、流石にこんなに朝早くから失礼だとは思わないのかな?」


「特に思いませんでしたね。それで、朱音が退学した理由は? ふざけても、実力が足りないとは言いませんよね?」


 そんなわけで、俺と宗一郎がやってきたのは理事長室であった。

 理事長室というか、屋敷にではあるが。

 俺と宗一郎が、部屋に入ると理事長が個人的に雇っているメイドが三人分のお茶を用意してきたあたり、毬乃さんも俺たちが朝早くからここにくることは察していたのだろう。


 本人は若干呆れているが、今は彼女に配慮している余裕はない。


「説明してあげたいのは山々だが、一応は個人情報なんだ。君たちが水無瀬の関係者なら、詳しく説明する義理はあるが、そうではない限り、説明する必要性を感じない」


 毬乃さんは、あくまでも事務的に淡々とそう言葉を綴った。

 お前たちには関係ない、あまり首を突っ込むな、と。


 確かに、毬乃さんのいうことは事実で、正しいのかもしれない。


 俺たちは朱音の家族ではないし、いちいち首を突っ込むのはお門違いだ。


 まぁ、それで俺たちを納得させられると思ったら大間違いなんだけどね。


「さぁ、わかったらさっさと戻って教室に行きなさ……」


「一度だけ、あなたからの任務を受けると約束しましょう。最近、この辺にも時空の歪みが出てきてるんでしょ? その時に、俺が出れば一瞬で片付きますよ。しかも、被害を出さずに」


「ほう。君は一人で災害級の魔物を倒すというのかい?」


「えぇ、最悪ティアたちにも助けてもらいますよ」


「君はあまり戦いを好まないと思っていたのだがね」


「もうその段階を通り過ぎたんですよ。俺たちにだって超えてはいけないラインはある。もし、朱音の意思を踏み躙るような真似をした奴がいるのなら……誰だあろうと叩き潰す」


 俺は、毬乃さんから目を離さずに、はっきりとそう告げた。

 言外に、これ以上焦らすなら実力行使に出るぞとも伝える。


「わかった。まぁ君がそこまでいうのであれば説明しよう。きっと、私が言わなくとも、校舎に行けばすぐにでもわかるかもしれないが……」


 毬乃さんは笑みを浮かべながら、朱音が学園を去った理由を俺たちに教えてくれた。









「水無瀬くんはね。婚約したんだよ」

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