第69話 『永遠の彼方』の無双劇5
「いけ! 龍之介! 暴れてこい!」
「お前は俺の飼い主かっ! てか俺は犬かっ!」
「二人とも元気だね〜」
宗一郎と朱音が紅羽と戦っている同時刻、『深紅の魔術師』の陣地に蒼、龍之介、透の三人がいた。
結局、今回のクラン戦で全員が戦うのは過剰戦力だということで、湊や琴葉、佳奈は自陣の城でお留守番ということになった。
その中で、蒼たちは今何をしているかというと、相手の罠を正面から突破している最中である。
と言っても、ほとんどが龍之介を囮にしているため、他の二人は実質お散歩状態である。
まぁ龍之介も暴れられて楽しそうなので、蒼的にもこれでよかった。
「到着っと、ここまで全く人と会わなかったな」
「これからが本番なんじゃない? 防衛するのも城の中が一番楽そうだし」
「でも、私たちなら相手に付き合わなくてもコアくらい壊せそうじゃない?」
「それはそうだけど、せっかくだし相手してあげようよ。隣で一人めっちゃ戦いたそうにしている奴もいるし」
蒼はそう言って、隣でうずうずしている龍之介を指さした。
先程の会話にもあった通り、蒼たちなら城の中で戦うとその余波だけでコアを壊せそうなのだが、今回はそれは無しにして、完膚なきまでに『深紅の魔術師』を倒すことになった。
せっかく上級生と戦えるチャンスでもあるので、ここで一つ勢いをつけるのも悪くないと蒼は判断したのだ。
「お、話してたら早速だな」
龍之介がそういうと同時に、蒼は城の中から複数の気配を感じ取った。
中を見ると、『深紅の魔術師』のクランメンバーたちがこちらに向かって来るのが見え、その先頭を歩いていたのは、クランリーダーの三年生だった。
「……まさか君たちがここまでの実力だとは思っていなかったよ。今年の一年生は化け物揃いのようだな」
「他の人たちは知らないですけどね。まぁ、せっかくなんで俺たちの相手をしてください」
「あぁ、俺たちも上級生の意地を見せないといけないからな。初めから全力で行かせてもらう」
「櫛田先輩、俺たちも戦います」
「相手は一年生だが、手を抜くことは考えるな。初めから全力を出さなければ、俺たちに勝ち目はない」
「「「はいっ!」」」
櫛田の言葉に、『深紅の魔術師』のクランメンバーたちは皆返事をすると、各々アウラを召喚して臨戦態勢に入った。
クランメンバーたちのアウラの階級はバラバラだったが、高いものだと二級のアウラがいたり、低くても六級以上と、少なくとも平均以上の実力はあるようだった。
普通の生徒であれば、目の前の光景を見ると、少なからず圧倒されてしまうはずなのだが、蒼たちはまだ平然とその光景を眺めていた。
「へぇ、やっぱりあの三年生は特別っぽいな」
「一級アウラか……三年生にもなると厄介なアウラ持ちが増えるな」
「俺のアウラを見てそこまで見抜くとは流石だな……」
櫛田のアウラは見た目はただの可愛い犬であったが、れっきとした一級のアウラであることを蒼たちは見破っていた。
櫛田の筋骨隆々の体の持ち主のアウラが可愛い30センチほどの子犬だということで、ほとんどの人は油断しがちなのだが、蒼たちはその犬の正体を知っていた。
「魔犬グレイスだろ? そいつ、狂犬でも有名な方じゃね?」
「まぁ、皆がみんなアウラに詳しいわけじゃないからね。でも、面白いアウラと戦えそうじゃん」
「だねー。誰があれと戦う?」
「俺がいく……って言ってぇとこだけど、今回は蒼に譲るわ」
龍之介は肩をすくめてそう言った。
自分でも言っていた通り、龍之介は絶対に櫛田との戦いを譲らないと思っていた蒼は驚いたように目を丸くして龍之介のことを見た。
「どした? 風邪でもひいてんの?」
「ちげぇよ。お前、入学してからここまでほとんど活躍してねぇだろ。たまには表でもかっこいいとこ見せつけてこい」
「それ賛成! 蒼、頑張ってね」
龍之介の言葉に、透まで賛同してしまった。
万が一にも負けるつもりはない蒼ではあったが、そこまで積極的に戦いたくもなかったので、素直に肯定するのは憚られた。
蒼的にはさっきみたいに後ろで龍之介のヤジを飛ばしている方が楽しかったので、今回もそうするつもりだったが、龍之介の言う通り、ここまでは基本的に宗一郎に全て丸投げしてきたのも確かなので、久しぶりに重い腰を持ち上げることにした。
別に、蒼も目立ちたくないわけではない。
蒼も男子高校生なので、人並みにモテたいとか、かっこよく輝きたいみたいな欲望はある。
しかし、それ以上に蒼には守らないといけない『制約』のようなものがあった。
「俺に拒否権はないのか……」
「って言っても、そこまで手こずるような相手でもないだろ。さっさと片付けてこい。クランリーダーだろ」
「はいはい。じゃあ残りはよろしく」
「おう! それは任せとけ。俺も暴れたいし、楽しんでくるぜ! いくぞ透!」
「透、龍之介が調子乗ってたら後ろからサクッといってもいいからね」
「おっけー。任せて!」
「頼むからそこは任せないでくれ……」
龍之介はそういって項垂れた。
さっきは綺麗に言いくるめられたので、せめてもの意趣返しだったが、うまくいき蒼はいい笑顔を浮かべながら櫛田と対面した。
「余裕そうだな」
「どうでしょう……実は心臓バクバクで立っているのもやっとだったり?」
「ふっ、まだ冗談を言えるのか……少し悔しいが、今日の試合はたくさんの人が見ているからな。俺たちも情けない戦いはできない」
「うげ……そういえば、外でたくさん見られてるんだった。困ったな」
蒼はパッパとリオンを呼んで試合を決めようと思っていたが、流石にそうも行かなさそうだった。
一応、蒼たちのアウラはまだ秘密状態だ。
別にバレたからと言って問題があるわけではないのだが、強い力が大きな問題を起こす原因になりやすいのも確かなので、必要な時までは隠しておくに越したことはなかった。
「一条も早くアウラを召喚したらどうだ?」
「うーん……そうしたいんですけど……今回別の方法で行こうかな」
「それはどういう……っ⁉︎」
櫛田が蒼に問いかけようとした瞬間、蒼の纏う空気が一気に変わった。
先程までの柔らかいものではない。
本物の殺気と、一眼でわかる強者の風格に、櫛田のアウラの魔犬グレイスも威嚇するように吠え始めた。
「『私の出番ってわけね』」
蒼の体から女性の声が聞こえてきた。
そして、それと同時に龍之介たちは察した。
この試合は荒れる……と。
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