閑話 朱音の憂鬱
ー朱音視点ー
獅子王学園に入学して一ヶ月と少し。
今まで実家で様々なことが制限されていた私たちにとって、この学園生活はまさに楽園と言っても過言ではないかもしれない。
宗一郎がいて、蒼たちがいて……毎日が本当に楽しい。
宗一郎も蒼も、もちろん龍之介や湊もとっても女子にモテるし、もちろん私たちもそこそこ異性の注目の的になっていると思っている。
それはとてもありがたいことだし、本気で告白してくれた人には誠意を持って返事をしているつもりだ。
たまに、ナンパ感覚で声をかけてくるイタイ人もいるけど、そう言う人は相手にすらしてない。
なんでも、蒼の姿を見て逆に軽い方がいけるんじゃないか? みたいなことになってるらしい。
あいつはあいつで、私たちの前ではいつも気を遣ってあえて面白おかしく振る舞ってくれているのに、それをわかってない人が多い。
蒼も、やるときはやる男だし、多分誰よりも私たちのことで気を遣ってくれているはずだ。
多分宗一郎以上に、このグループのことを見ている気がする。
宗一郎も頼りになるけど、彼は彼でリーダーとしての役割があるから、メンタルケアはいつも蒼が担当してくれている。
まぁ、そんなこと私たち以外の他の人たちがわかるはずもなく、表面上だけを見ると本当にチャラい女たらしと言っても過言ではないので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
蒼が調子に乗りやすいのは事実だしね。
だけど、そんな蒼にもいいところはたくさんある。
直近で一番感心したのは透の件だ。
最初に見た時は「また蒼が女の子を吹っかけてきた」程度にしか思ってなかったけど、透も私たちと同じような悩みを持って、そしてそれを解決してみせた。
厄災級のアウラと契約なんて、私たちですら一年以上かかったのに、透はそれをたった2週間で成し遂げたのだ。
もちろん、そこには透の覚悟とか努力もあったと思うけど、そこまで持っていった蒼はもっとすごいと思う。
ただ、教えるだけでは絶対にできないことを、透を信じてやり遂げたんだ。
本当に、蒼は普段のチャラい部分さえなければ、宗一郎以上にモテて、変なやっかみを受けることもなかったと思うけど、あいつはそれを自分で引き受けている。
最近だって、できるだけ私たちに男子が寄ってこないように、わざと抱きつきに来たり、距離を縮めたりして、周りの男子に牽制してくれている。
それも、いやらしい感じじゃなくてさりげなくそれができているおかげで、だいぶ告白を受ける回数も減ってきている。
その分、蒼はAクラス以外の男子たちにはすっごく評判が悪いけどね。
私もたまに見るけど、学校の掲示板に蒼の悪口を書くくらいなら、その時間を使って自分を磨けばいいのにね。
世の中の男子たちは、望めば勝手に可愛い女の子が寄ってくるとでも思っているのかな?
蒼も宗一郎も、もちろん龍之介や湊だって、他の男子以上に自分を磨いているから、今の地位にいるのに、それがわからないのだろうか?
なんて、最近はよく考えたりする。
「朱音さん! こんにちは!」
「……またあなた? そろそろ諦めて欲しいんだけど……」
「嫌です! それより、また今日も一条に抱きつかれてましたよね? そろそろ、本気で嫌がった方がいいんじゃないですか? あいつ、この前街エリアで知らない女の子相手にナンパしてましたよ」
どうして最近よく考え事をしてしまうのか。
それは十中八九今も目の前で私のことを心配しているかのように振る舞っている彼のせいだろう。
名前は確か……加藤翔太だったっけ?
以前、一度彼を助けたことがあるらしく、その時からずっとメールだったり直接こうしてアピールをしてくれるんだけど、正直少しだけうんざりしている。
本当に嫌ならメールをブロックすればいいと思うかもしれないけど、それももうしてある。
すると、次の日には下駄箱の中に大量のラブレターが入っていた。
その時には本気で頭を抱えてしまった。
それでも、前まではよかった。
純粋に自分の気持ちを私に伝えてくれていたから。
でも、最近は少し違う。
焦っているのか、それとも別の理由があるのかは知らないけど、明らかに蒼を下げて私にアピールしてきている。
「そろそろ、一条たちとは距離をとって俺の方に来なよ。絶対に一条より大切にする自信がある!」
「え、えっと……」
もうこの場で、そんなはずはないと叫んでやりたい。
でも、そんなことをしてしまえば、必ず蒼たちの耳に届いてしまう。
最近やけに頑張ってくれているのに、こんなところで私があいつに心配をかけることはできないよ。
しかも、何が姑息って、加藤くんは絶対に蒼や宗一郎のいないところでアピールしてくる。
最初は放課後の街エリア、次第に学校で一人でいるところを見計らって、そして最後に今日は寮の前で待ち構えている始末だ。
はっきり言ってもうストーカーのレベルだ。
きっと、誰かに助けを求めたら簡単に解決することなんだと思う。
それでも、それは私の矜持に反してしまう。
私はもう助けられるだけの女ではないんだ。
だから……
「ごめんなさい。何度も言うように、あなたの気持ちには答えられない。だから、もうこんなことはやめて、あなたも新しい恋を見つけてほしい」
私は誠実に、加藤くんの今後の幸を願いながら頭を下げた。
好きな女にこれ以上付き纏わないでと頭を下げられる加藤くんには少しだけ同情しちゃうけど、もうどうしようもない。
少しだけモヤッとしたけど、これくらいなら日常茶飯事だ。
これで解決。そう思ったのに……
「それは一条の命令? あいつも姑息だよね。そこまでして撮られたくないのかな? 安心してよ。俺は絶対に朱音さんにそんなことはさせない。これから幸せにすると誓うよ。だから……実家の力を借りるね」
「っ! それってどういう……」
「俺の家、加藤家はそこそこ名家だからさ。水無瀬の令嬢と婚約したいといえば、すぐにできるはずだよ」
「無理だよ。どうやって連絡を取るつもりなの?」
「……内緒。すぐに婚約を取り付けてくるよ。それまで待っててね? あ、どうせなら朱音さんの部屋によって行ってもいい? 俺疲れちゃった」
対してかっこ良くもないやつの甘えボイスなんて吐き気がする。
ただ実家の脛を齧っている加藤くんに一体どれだけの魅力があると言えるだろうか。
そもそも、ここは獅子王学園だ。
外界との接触は禁止されているし、加藤くんが実家に連絡をする術があるとも思えない。
大丈夫。
これはハッタリだ。
私はそのまま、加藤くんの言葉を無視して自室へと戻ったのだけど……どうしようもない不安に、目から勝手に涙が出ていた。
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