第60話 決闘システムとクラン2
さっき一瞬だけ空気が重くなったが、まぁ毎日みんな機嫌がいいことなんて珍しいし、俺たちもそこまで気にすることはなかった。
もし、朱音本人の力でどうしようも無くなったら、相談してくるだろう。
その時に手を差し伸べる準備さえしておけばいいのである。
今の段階で「大丈夫? どこか調子悪い?」なんて言ってもただ気持ち悪いだけである。
俺もそうだし、朱音たちも人であって人形なのではない。誰だって、触れられたくないことの一つは二つはあるだろう。
「さて、じゃあさっきの続きの説明をしようかな。さっき決闘システムについて、ざっと説明したけど、次はクランについて説明しよう」
「クランって異世界の冒険者ギルドとかで使われている制度だったような……」
「お、正解。そう、これは異世界の制度を取り込めたものだ」
クラスの誰かが、ぼそっと呟いたのを葛木先生は肯定するように頷いて、さらに説明を進める。
「これは、本来異世界でよく使われている制度なんだけど、我が獅子王学園でもこの制度を取り入れているんだ。さっきの決闘システムとも関連する大事な話なので、みんな集中して聴くように……」
葛木先生の話によると、このクラン制度によって、いわゆる派閥を形成しているらしい。
優秀なクランにはそれ相応の優遇措置が取られるようで、クランに入っているクランメンバーの試験の成績や決闘での成績によって上のランクへと上がったり、逆に下に落ちたりするようだ。
「ちなみに、クランにもランクが適応されてて、一番上がSランク、一番下がEランクだ。一応クランのメンバーの制限はないけど、あまり多過ぎるとポイントの上下が激しいから、上位のクランでも基本的に10人から30人の間にとどめているところが多いね」
なるほど。
ただ仲良しクランを作るだけなら何人入れても問題ないけど、その分そのメンバーの実力が足りないと、相対的にクラン全体まで悪い影響が出てくるのか。
と、なると十傑だけで形成されたクランが最強なのでは? と思ったけど、上級生たちのクランはそうもいかないらしい。
いくら利害が一致していても、根本的な競争意識は崩れないようで、基本みんなバラバラのクランに所属しているか、もしくはそもそも入っていない人が多いらしい。
「そして、これがクランに入る一番のメリットなんだけど、もし個人の決闘でポイントが足りなくてもクランに入っていて、そのクランがその人を救済する意思があるなら、クランポイントと引き換えに退学を取り消すことができる。だから、君たちも優秀なクランに応募するといい」
「「「「っ!?」」」」
先程の残酷な決闘システムでの話を覆すような話にクラスのみんなは息を呑んだ。
きっと、これが唯一下のクラスの生徒に与えられる救済で、いかに優秀なクランに所属できるかが、今後の学生生活の明暗を分けると言っても過言ではない。
それは、Aクラスの俺たちも例外ではなく、先程とは異なった緊張感が教室を覆った。
「クランの応募は今日の放課後から始まるから、まずはクランの情報を獅子王アプリで確認して、アプリから応募するように。そしたら、向こうから連絡が来るはずだ」
これで一旦話を終わると葛木先生は話を区切ったが、一つだけ気になることがあったので挙手をして質問をする。
「これって、もし自分たちでクランを作る場合はどうすればいいんですか?」
「ふむ、クランを作る場合か……結構厳しい制限があるんだけど、説明した方がいい?」
「お願いします」
「わかった。まずはリーダーがBクラス以上であること、そしてそのクラスの講師による承認があること、最後に……この獅子王学園に10億円の寄付をすること。これが条件だ」
「「「「じゅ、10億っ⁉︎」」」」
思っていた以上に法外な金額に、俺を含め全員の素っ頓狂な声が漏れるが、葛木先生は冗談を言っている様子はなかった。
となると、本当に10億円の寄付が必要になるわけか……
葛木先生によると、今学園には16、7のクランがあるらしいけど、よくみんなそれだけのお金を集めたなと思う。
「一条くんがその気なら推薦はしてあげるよ。十傑だから、地位も問題ない。あとはお金だね」
「下世話な話ですね」
「ははっ、確かに。まぁ、お金持ちからの一つだからね。この学園で権力を得たければ、それだけのものが必要ってことさ。優秀なクランリーダーはそれだけで将来安泰だからね」
まぁ、柊木先生のようにこの学園にはS級魔法師やA級魔法師もいるから、優秀なクランリーダーというだけでその人たちの注目を集められるので、確かにメリットはあるんだろうけど、そもそも俺たちはそんなもの必要としていない。
ただ、ちょっとクランってかっこいいから迷っちゃうよね。
とりあえず、今わかるのは10億というのは決して安い額ではないということだけだ。
「よし、じゃあ授業に入ろうかな。今日は……」
これだけ濃い話をしておいて、普通に授業に移る葛木先生には逆に尊敬するが、俺含めきっと全員が今日の講義の内容は頭に入ってこないだろう。
午前の座学が終わり、昼休憩時、今までで一番の混乱が至るところで起こっていた。
「き、北小路! お前クラン作ってくれよ!」
「水無瀬さんもお願い!」
「君たち十傑がクランを作ってくれたらっ!」
俺たちがいつもと同じように食堂に向かおうと教室を出た瞬間、廊下で待ち伏せしていた多くの生徒に声をかけられた。
きっと、さっきの話を聞いて、下のクラスの生徒たちは必死なのだろう。
俺は別にいいけど、今はちょっと間が悪い人が一名。
このまま放置すると、カレンちゃんを呼び出して暴れ出しかねないのでなんとかせねば……」
「……蒼、なんとかして」
「あいあいさー。ドロンっ!」
俺は廊下全体に煙幕を放出し、全員の視界を奪うと、転移魔法を発動させ総一郎もろとも屋上へと転移させた。
「いやー大変だったね」
「流石にあれは鬱陶しいね」
「ねー。そもそも、なんで顔を名前も知らない人のために10億も払わなくちゃいけないのよ。私はごめんだわ」
屋上に着いて早々、みんな口々に鬱憤を晴らし始めた。
かくいう俺も思わないところがないと言えば嘘になるが、今はそれよりもみんなの昼食を調達する方が先だろう。
朱音は琴葉たちに頼んで、俺は宗一郎とともに全員分の昼食確保に向かった。
きっと、食堂に行けば大混雑は避けられないので、今日はコンビニでパンとおにぎりで済まそう。
「悪いな。付き合わせる」
「別にいいよ。きっと、俺が一番の適任なんでしょ?」
「あぁ、いつも抑えている主人公勝ち組オーラを全開にしていこう」
「そんなんじゃないんだけどなぁ……」
宗一郎は苦笑いを浮かべながらそう言っているけど、あれはまさに主人公勝ち組オーラと言っても過言ではないだろう。
何故かこいつは生まれつき覇気というかオーラみたいなものがあって、普段は意識して抑えているらしいけど、今日はあえてそれを全面に出してもらおう。
言葉にするとバカっぽいけど、本当にすごいんだよね。
多分魔力の性質が神聖系統なんだと思う。
こいつの前世は勇者か何かだったのかもね。
なんて、言いながらとりあえず俺と総一郎は周りを威圧しながら人の波をかき分けていくのであった。
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