閑話 残酷な現実
ーーふざけんな。
俺はすでにこの獅子王学園に入学できたことに対する喜びなんてとうに消え去っていた。
こんなことなら、もっと別の魔法専攻の学校に行っておくべきだった。
入学式から一時間。
俺たちの学年の首席である北小路宗一郎をはじめ、十傑にはそれなりの憧れを抱いて、彼ら彼女らに少しでも近づけるようにこれから頑張ろうとしていた矢先、ここまでひどい仕打ちを受けなければならないことに、一種の苛立ちを感じていた。
俺のクラスはJクラス。
最底辺のクラスであり……これだけいえばわかるだろう。
俺たちはこの学園では『負け組』とされている。確かに、まだ贈り物は授かっていないし、アウラとも契約はしていない。
っていうか、それができたら余裕でAクラスだっただろうし、気にしても仕方がない。しかし、俺が納得できないのは魔力量がすでに1万を超えているこの俺がJクラスに入れさせられていることだ。
しかも家は名家と言っても過言ではないほど有名なところだし、正直言って平民生まれの奴らと同じクラスってだけで吐き気がする。
「チッ、なんだよこれ」
俺は学園から支給された携帯端末、通称カナタって呼ばれてるを見て舌打ちをした。
だってどう考えてもおかしい。
AクラスやBクラスの連中は基礎情報しか記載されていないのに、俺のプロフィール欄には事細かに全てのことが書かれていた。
適性検査も、学園がアドバイスを行えるようにという建前で強制的に受けさせられたが、その情報もすでに載っている。かといって、情報を非公開にするには月に1万円を払わなければならない。
一つや二つ隠したところで焼け石に水のこの状態では、俺たちJクラスにできることは非常に少ない。
しかも、廊下で上のクラスの連中に会えば嘲るような目でこっちを見てきやがるし、人によっては嘲笑してくる奴もいる。
「俺は笑われるためにこの学園に入ったわけではねぇっつーのに……」
入学前の俺は獅子王学園を卒業すればエリート魔法師として活躍できると思っていた。
しかし、それは大きな罠だったんだ。
優秀な魔法師がたくさん輩出されているこの学園の裏には数え切れないほどの生徒の犠牲があってこその話なんだ。
俺たちの先生の話では、Gクラス以上に上り詰めることができれば、生活する上では不自由なく過ごすことができるようになるらしい。
逆に贅沢して……この学園で優遇されるには最低でもBクラスには入らないといけないようだ。
十傑はすでに部屋も1フロアをまるまる用意されているらしいし、相部屋の俺たちJクラスとは雲泥の差の扱いを受けているに違いない。
「十傑第七席……一条蒼。あいつもいい待遇を受けているのか」
入学式で俺たちを煽るようなセリフを吐いた十傑第七席の一条蒼。
一眼見たが、他の水無瀬朱音や北小路宗一郎のようなオーラは全くなく、正直なんで十傑に入ることができたのか謎な存在だった。
一条といえば家柄は確かにいいが、一条蒼という名前は今まで聞いたことがない。
あいつは容姿はそこそこいいが、見た感じそれだけだった。
軽薄そうだったし、何よりあの水無瀬朱音や西園寺琴葉、橘佳奈とあいつが一緒にいることが許せない。
北小路や伊達、武田はまだわかるが、あいつの毒牙に彼女たちがかかっていなければいいが……
さっき、適性検査を受けている途中でかなり大きいバイク音と喧騒があったが、あれも北小路たちが倒したらしいしな。
一条には到底無理な話だ。
水無瀬たちも一条よりも北小路たち……いや、頑張って俺があの人を落とすんだ。
昔から水無瀬、西園寺、橘は眉目秀麗才色兼備で有名だったからな。
一度会食パーティーで目にしたことがあったが、彼女たちは本当に綺麗で……恋に落ちた。
って言うか、彼女たちを見て惹かれない男はいないと思う。
「はぁ、とりあえず飯でもくうか」
入学式初日で残酷な現実を突きつけられた後に友達なんて作れるわけがない。
俺たちJクラスはお通夜みたいな雰囲気の中解散し、今は一人で街エリアに向かっている。自炊してもいいが、今はそんな気分でもなかった。
幸い、お金の面は実家が太いためあまり心配する必要はない。
あまり贅沢はできないが、月に20万円ほどは振り込んでもらえているのでこれで生活していこうと思う。
他の生徒たちはみんな学園内でバイトを探すところから始まるため、今日は俺のクラスの奴らはみんなこぞってバイトの面接に行かなければならないらしい。
学園内では無料で食事ができたり、必要最低限の生活必需品は無料でもらうことができるが、俺たちは高校生である。
この学園敷地内には魅力的な施設がたくさんあるため、お金はあって困ることはない。
先生の言うことを信じれば、試験の成績がよかったり、その他活躍する場面があれば随時お金が支給されるらしいので、俺たちはそっちも狙っていきたい。
「ん? あれは……」
そんなことを考えながら、徒歩で30分ほどかけて街エリアに着くと、少し前に派手な7人集団が歩いていた。
この校則の厳しい獅子王学園であの格好が許されるのは十傑やBクラス以上の連中だけだ。
そして、初日のこの時間にあの格好をしているのは……
「水無瀬たちか。やっぱ可愛いな」
後ろからでもわかる彼女たちの美しさに、周囲の人たちも惚けている。
ただ、彼女たちの笑顔が俺じゃなくて一条たちに向いていることに、胸の奥の方がチクッと痛くなった。
まだ水無瀬たちが誰かと付き合っていると言う噂はないが、たびたび一条と密着しているという目撃情報があった。
と言っても入学式前の話だけど。
まだ入学式から三時間も経っていないのに、こっちまで噂が流れてくることにびっくりする。どれだけ有名なんだよ……
遠い遠い遥か先にいる彼女に追いつくのはいつになるんだろうか。
「った……おい、一年。どこ見て歩いてんだよ」
「す、すいません」
やばい、前にいる水無瀬に目を引かれて上級生と思わしき人にぶつかってしまった。
「お前、クラスは?」
「J、Jクラスです……」
馬鹿正直にクラスを答えてしまったせいで、一気に二年生の顔が余裕の顔に変わってしまった。
やらかした。
さっき先生も、あまり街エリアには行かないほうがいいとアドバイスしてくれていたのに……
この学園は実力主義だ。
ここで目の前の上級生が何か俺にしてきても、責められるのは俺の方なんだ。
「はっはーん。俺は2年、Cクラスだ。この意味わかるよな?」
「ご、ごめんなさい」
「謝罪は後でいいんだよ。お前、ここで土下座しろ。パンツ一丁で」
「そ、それは……」
「ここでお前に退学を進言してもいいんだぞ? 入学式早々に退学は嫌だよな?」
「で、でも……」
「さっさとしろ。早く脱げ」
土下座も服を脱ぐのも嫌である。
しかし、ここで逆らっても悪手なのは火を見るよりも明らかだ。
非常に、非常に屈辱的だけど、ここは従うしかない。
覚えてろよ。俺は絶対に上り詰めてお前を……
「ちょっと、そういうのやめたら? いくら上級生だからって、ここまで弱いものいじめをしてるとキモいよ?」
「あぁ? 誰だお前……いいなお前、めっちゃ可愛いじゃん。命令、俺と一緒についてこい」
「いやよ。あんたみたいなの相手にもしたくないわ」
俺が土下座をしようと地面に足をつけて頭を下げようとしたら、女の人の声が聞こえた。
相手は上級生、しかもCクラスの先輩だ。
絶対に敵いっこないはずなんだが……場は何故かピリピリしていた。
「お、お前……1年の十傑第二席、水無瀬朱音か? っち! 気をつけろよ!」
「はいはい。蒼、レッツゴー」
「かしこまり!」
水無瀬は一条に2年生の相手をさせて、水無瀬自身はこっちに向かってきた。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい。ありがとうございました」
「気にしなくていいですよ。助けられてよかったです」
これは夢か?
憧れで、恋をした彼女が目の前で俺のためだけに微笑んでいる。
めっちゃ可愛い。
今すぐ抱きしめて俺のものにしたいけど、まだその段階じゃない。向こうから声をかけてくれたんだ。
またいつでも機会があるだろう。
「じゃあ、私たちはもう行きますから。気をつけてくださいね」
「あ……」
俺は何も話せずに結局お別れとなってしまったが、そんなことはどうでもいい。
わざわざ俺を助けてくれたんだ。
これ……もしかしたら……
「決めた。絶対にもう一度彼女と話す。そのためにも頑張らないと……実家にはもっとお金を増やしてもらって……」
俺は絶対に彼女と付き合う。
可能性は全然ある。
他の男よりも一つ有利な位置にもつけたはずだし、あとは一条や北小路をどうやって倒すかだな。
うっし。頑張るか!
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