第2話 入学式の前に

「ちなみに、俺たちのフロアってもう決まってるの?」


 俺はふと疑問に思い、湊にそう聞いた。

 こういったことは、湊に聞くと一番わかりやすく説明してくれるから、いつも物凄く助かっている。


「確か決まってない。そこの石板に自分の学生書をかざしてフロアを設定すると、そこが自分のフロアになる」


 どうやら、選択制らしく希望のフロアを選んで空いていたらそこが自分のフロアになるらしい。

 ちなみに、選択権も十傑の上から希望が通りやすいらしく、まだ学園の入学式すら始まっていないのに、すでに格付けが始まっているようだった。


 寮の入り口にあるパネルを見るとすでに6階が予約されているため、俺たちは基本的に6階を強く好まない限りはそれ以外で選ぶことになる。


「ってことは早いもの勝ちってことなんだ。えーっと、すでに6階に予約が入ってるから俺は……」


「じゃあ俺9階で」


「僕は7階にしようかな」


「じゃあ俺8階で」


 うん知ってた。俺に選択権があるとは思わなかったけど……よりにもよって最上階を残されるとは思わなかった。


「だって、最上階って見晴らし絶対にいいし、みんなの溜まり場になることは確定しているしな」


「だな。どれだけ自分が使える部屋が大きかろうと、溜まり場になる場所を自分から選ぶのはナンセンスでしょ」


「ってことだ。蒼、よろしくな!」


「お前ら……」


 こいつらの考えに俺は呆れてため息を吐く。

 きっと、俺が違う階層を選んでいてもきっと溜まり場は俺の部屋になっていただろうし、最上階を残してくれただけありがたいと思おう。


 うん。そう思おう。


「まぁいいや。入学式は二時間後だし、部屋のカスタムとかもあるだろうから一時間後にまたここに集合しようか」


「オッケー。朱音たちにも連絡しとくよ」


「さて、気合を入れてカスタムしないとな」


「俺は筋トレ器具を発注しないといけないから、先にそっちの用事済ませてくるわ」


 俺たちは各々そういって自分のフロアへと向かうことにした。

 エレベーターの中に入り、学生書をかざすと一瞬で希望したフロアへと転移することができる。昔は移動にも時間がかかってたらしいけど、今は転移魔法などを科学の中に埋め込むことではるかに便利なものになっている。


 そういうわけで、俺は十階へと転移したわけだが、フロアの広さはざっと100畳ほどでここを自分の好きなようにカスタマイズすることになる。


 基本的に無料で壁を追加したり、家具を設置したりできるので、今は殺風景な部屋だが一時間後にはかなり実用的な空間になっていると思う。


 さっき、宗一郎たちが言っていたように、ほぼ確実にここは溜まり場になるはずだからリビングに大半を割いて、自分の部屋は三分の一程度でいいだろう。

 この辺は魔法で簡単に具現化できるように、事前に学園側で設定されているため、龍之介のように筋トレ器具とか以外は基本的にそのまま設置することができる。


「ん〜、なんだか一人だと寂しいな」


 部屋のカスタムは月に一度しかできないため、宗一郎たちはかなり入念に頑張っているんだろうけど、俺の場合リビングに集中すればいいだけで自分の部屋は本棚と机とベッドさえあれば割と生活できるため、そこまで時間がかからなかった。


 30分もすればワンフロア全てのカスタムを終えることができて、一度部屋を軽く回ってみたのだが、一人で生活するにしてはどうしても大き過ぎて寂しさが込み上げてきた。


 便利なんだけどね。


「そだね。ってことで私が来てあげたよ」


「琴葉か。お前たちもここを溜まり場か何かと勘違いしてない?」


「え? 実際溜まり場でしょ? 宗一郎たちが許されて、私たちが許されないのは差別だよ?」


 琴葉はそういってクスクスと笑った。

 西園寺琴葉。ワインレッドと黒の間のような髪色で、ロングである。彼女もいい胸を持ってて……


「蒼、今変なこと考えてるでしょ」


「な、なぜそれをっ……!」


「何年一緒にいると思ってんのよ。あ、ジュースもらうねー」


 琴葉はどうでもいいように俺のリアクションに応えると、ついさっき設置した冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、ソファーでゴロゴロし始めた。

 家主よりも先に寛いでいる彼女に俺は悪戯してやろうかと考えたが、こいつも十傑第五席と俺よりも強いため、喧嘩を売ってはいけない。


 琴葉は本気を出すと、髪の毛が真紅なり、その状態だと手が付けられないため機嫌がいいうちに媚を売っておくのが正義である。

 この辺りは魔法や贈り物以外の要素があるのだが、それはまた今度説明しようと思う。

 これに関しては琴葉だけじゃなくて俺たち全員に関わることだしな。


「そーだ。蒼、マッサージして」


「俺はお前の執事か何かか? これでも一応一条家の跡取りなんだけど」


 そう、実は俺は……というか宗一郎たちも皆名家の生まれであり、全員長男なのでこのまま順当にいけば家を継いで行かなければならない。

 そのため、宗一郎たちは幼い頃から当主としての教育を受けてきているのだが、俺だけはちょっとした事情でその教育を受けていない。


 まぁ、俺の家は妹もいて、そっちがかなり投手として優秀なので、家のことは昔から妹に任せている。

 義妹なので、一条の分家からはかなり反対されているが、あいつのことだし上手く丸め込みそうである。


「あんたは私の家に嫁ぎにくるからいいのよ。ほら、はーやーく」


 これ以上琴葉が駄々をこねると、魔法を使って暴れ出しかねないので、俺はため息をついてソファーの上でうつ伏せになっている琴葉の上に乗った。

 これはマッサージである。断じてエッチなことではない。


 ……ちょっとくらい触ってもいいよね?


「いっとくけど、変なところ触ったらこの部屋一体炎で燃やすからね」


「それ、俺の部屋だけじゃなくてホテル一帯全焼するよ?」


「あんたが邪な考えを起こさなければいいのよ」


「はいはい」


 俺は鋼の心を装備して、ゆっくりと力を込めていく。

 琴葉も実力は全然可愛くないけど、体つきとか細さは年相応の女の子なため、あまり力を入れ過ぎてしまうと逆効果になってしまう可能性がある。


 そのため、最新の注意を払ってマッサージを始めていくのだが……案外集中するとこれ楽しいかもしれない。


「ん〜。気持ちぃ」


「おい、エロい声を出すな。俺の理性が持たなくなる」


「別に襲ってもいいけど、ちゃんと責任とってね? まず、西園寺家に婿に入ってもらって……」


「お前のところお兄さんいるだろ。なんで俺が婿に入るんだよ」


「お兄様よりあんたの方が優秀だからに決まってんじゃない。ま、最悪私はあんたのところに嫁げばいいし、万事解決よ」


 琴葉はあたかも名案を思いついたといいたげな表情をしていたが、その前に俺はこいつを襲わないし、婿に入る予定もない。

 まだ俺たちは15歳なのだ。


 いくら家が名家だからと言って、今から将来のお嫁さん探しは早計としか言えないだろう。

 俺もまだ女の子のお尻を追っかけてたいのが本音である。


 ……そういえばこいつ、お尻も結構……


「えい!」


「あっつ!!! ちょっと本当に炎はやめてください! お願いします!」


「優柔不断でエッチなあんたにはちょうどいいお灸でしょ」


「お灸にしては熱すぎるんですが……」


 まぁ、ふざけた俺が100パーセント悪いんですけどね。


 その後、なんだかんだでしっかりと10分ほどマッサージに集中し、琴葉の執事として労働を強いられるのであった。






 いくら幼馴染だからって、ちょっと俺の扱いひどくないかな?

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