第6話 逃げてみせろよ!

 工藤が殺された。人というのは、こうもあっさり死んでしまうものなのか……

 次は確実に、自分が殺される……鴨井は泡を吹きそうな顔をしながらも、何とか縄を振りほどこうとしている。しかしながら縄はきつく縛ってあり、外れる気配は微塵もない。

 

「鴨井政和まさかず。お前がいじめの主犯格だな? 未来に全部聞いたよ」

「な、何のことだ!」

「しらばっくれるな!」


 八島は怒りに任せた拳を、鴨井の頬に叩き込んだ。あわや椅子ごと横倒しになりそうな勢いで殴られ、鴨井は頬を赤く腫らした。

 蓮江未来……鴨井はおぼろげながらも、その少年については覚えていた。グズでノロマで弱っちい、見ているだけでイライラするクラスメイトだった。そんな奴の唯一の利用法は、サンドバッグにすることぐらいだ。鴨井にとって、蓮江は視界に入るだけで不快なゴキブリと同じであった。目についたゴキブリは殺さなくてはならないように、あの少年に対しては拳でより他はないのだ。

 ……そんなある日、蓮江は突然行方不明になった。警察によって救出されたが、その後学校に姿を現すことはなく、遠い場所に引っ越したらしい、ということ以外は何も知らなかった。

 

 ――まさか、あの蓮江未来が、復讐しに来たというのか。


「お前みたいな奴はいつもそうだ……もういい。やっちゃいなよ、そんな奴」


 八島の言葉に応えてか、カボチャ頭は左腕のチェーンソーを鴨井に向けた。血まみれの回転刃は、もっと多くの血を寄越せと言わんばかりに唸り声をあげている。鴨井の恐怖は、全身の震えとなって表現されていた。鴨井の恐怖の程は、この時閾値いきちを超えた。

 

「や、やめてくれ! 俺たちが悪かった! 謝るから……」


 もう鴨井には、恥もプライドも何もなかった。今自分の生殺与奪の権を握っているのは目の前の二人であり、この二人に思いとどまってもらうこと以外に、助かる見込みはない……


「うるさい!」


 八島は再び、怒りの鉄拳を鴨井の頬に叩き込んだ。鴨井の謝罪が、八島を逆上させたようだ。


「うわべの謝罪などいらん! 神経がいら立つだけだ!」


 八島は拳を固く握って、わなわなと震えている。恐怖によって震える鴨井と、怒りに拳を震わせる八島が、まさに対句のように向かい合っていた。


「……未来、邪魔をして悪かった」

 

 八島の言葉に、カボチャ頭はこくりと頷いた。そして再び鴨井の方に向き直って、チェーンソーを装着した左手を振り上げた。

 振り下ろされる回転刃……しかしその刃は、鴨井の体をかすめただけであった。

 刃が振るわれたまさにその時、鴨井は咄嗟に床を蹴り上げた。そのはずみで鴨井の体は椅子ごと後ろに倒れ込む姿勢になり、そのためチェーンソーは鴨井の腹の上を少しかすめただけで、ほぼ空振りに終わってしまったのである。

 そして……鴨井にとって幸運なことに、この時体を縛りつけていた縄が、回転刃によって切断されたのである。


「やった……!」


 九死に一生を得た鴨井は、すぐさまドアの方へ走り出した。だがカボチャ頭はすぐに追いかけてくる。


「くそっ!」


 鴨井はさっきまで自分が縛りつけられていたパイプ椅子を持ち上げると、それを追ってくるカボチャ頭目掛けて思い切り投げつけた。迷わず反撃に出ることができたのは、元々荒っぽい男であったからだろう。


「がっ……!」


 投げられたパイプ椅子は、襲い来るカボチャ男……ではなく、その後ろの八島の頭にぶつかった。頭を押さえて倒れ込んだ八島、その眉間からは血が流れ出している。カボチャ男は鴨井を追うのをやめ、心配そうに八島の方に駆け寄った。

 

「……っ! 俺に構わないでくれ! 奴を殺すんだ!」


 重傷を負っているにも関わらず、八島は腹から声を出してカボチャ頭を大喝一声した。カボチャ頭がドア側を振り向いた時、すでに鴨井の姿はなかった。隙を作られ、まんまと逃げられた……

 もう充電がなくなってしまったのか、チェーンソーの刃は回転を止めていた。カボチャ頭が右手で左腕を掴んで引っ張ると、左腕に固定されていたチェーンソーはあっさりとすっぽ抜けた。


「絶対に……絶対に殺す」


 ふらふらとした足取りで立ち上がった八島は、棚から冷たく光る銀色の義足を取り出して、カボチャ頭の左腕に装着してやった。この若い男の目は、復讐の炎に燃えていた。


 ――絶対に逃がさない。


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