第5話 やっちゃいなよ! そんな咎人なんか!

 目を覚ました鴨井と工藤は、すぐに自分たちの置かれている状況に気づいた。パイプ椅子に座らされ、縛りつけられて身体の自由を奪われている。縄は固く結ばれており、容易に脱出できるものではない。

 この場所は、どうやら倉庫のようであった。ドアがある壁以外の三方は棚になっていて、段ボールやら何やらが収納されている。恐らくあのビルの地下がこうなっていたのだろう。

 そして二人の目の前には、あの若い男――八島と、カボチャの被り物をした全身黒タイツの人物が立っていた。黒タイツの左手には、白い布が包帯のようにぐるぐる巻きにされている。二人とも状況は全く把握できていなかったが、ただ一つ明白な事実は、自分たちが八島に誘拐されたということだ。

 しかし……鴨井も工藤も、八島と何の面識もない。さっき出会ったばかりなのだから、恨みを買っているはずもないのに、なぜこんなことになっているのだろうか……。


「今自分たちが何でこんなことになっているのか分かるか?」


 問いかけながら、八島は二人を威圧するように、じっと睨みつけていた。この男の視線からは、明確な敵意が感じられる。


「し、知らねぇよ早くほどけ!」


 工藤は縄から脱しようともがきながら、八島を睨み返した。八島は侮るように余裕ぶった笑みを浮かべて工藤の顔を見つめた。


「本当は今すぐに断罪してもいいところだが……その前にと会わせてやろう」


 そう言って、八島は横にずれた。八島の背後には、長方形の白い箱が置かれている。その箱のふたを、八島は持ち上げて中身を見せた。


「 佐藤! 小野田! 嘘だろ……!」


 叫んだのは、鴨井であった。箱の中には、凄惨な暴力を加えられた二人の体が横たえられていたのだ。小野田の銅体はナイフで刺しまくられ、自分のものと思われる血で真っ赤に染まっている。眼のあるべき場所に眼球はなく、くり抜かれたようにぽっかり眼窩が空いていた。対する佐藤は体中あざだらけで、首には強い力で絞められたような痕があった。

 佐藤も小野田も、もう死体になってしまっているのだろう。もの言わぬ骸となった旧友を見た鴨井は青ざめた顔をして震えており、工藤はがちがちと歯を打ち鳴らしながら、股をじわりと濡らしていた。


「怖いか? ミライもきっと怖かったろうなぁ……お前たちにさんざん殴られて、痛めつけられて……」

「ミライ……?」

蓮江はすえ未来みらい。俺の従弟だよ。どうせお前たちは忘れてるだろうな」


 八島は初対面で見せた人当たりの良さを、すっかりかなぐり捨てていた。今の八島は、ただ二人を侮蔑し、敵意を向けるのみである。


「未来はな、お前たちみたいなクズどもにさんざんいじめられて、川に身投げしたんだ。未来はお前たちのことを憎んでいて、復讐がしたいみたいだから、俺が手伝ってあげたってわけ」


 八島が話し終えると、右隣りに立っているカボチャ頭が、左手に巻かれていた白い布を取り払った。

 布の下から現れたのは、銀色の腕に装着された、チェーンソーの刃であった。


「未来は全身機械部品だらけになるような大手術をしてようやく今日まで生き延びたんだ。お前たちに復讐するためにな!」


 饒舌な八島とは対照的に、カボチャ頭は無言を貫きながら、左腕の上部にあるスターターロープを引っ張った。ぶおおん、とチェーンソーの刃が唸りをあげて回転を始める。その音と回転する刃が、鴨井と工藤の恐怖をさらに高めたのは言うまでもない。

 そしてカボチャ男は、チェーンソーの刃を備えた左腕を、高らかに振り上げた。


「お前……もしかしてあの」


 自らの身にチェーンソーが振り下ろされるまさに直前、工藤はカボチャ頭の正体に気がついた。

 蓮江未来――小学生の頃、そんな名前のいじめられっ子が同じクラスにいた。小柄でひ弱、それでいて何をやってもどんくさいこの同級生を、工藤は鴨井や小野田、佐藤らと一緒になっていじめていた。

 蓮江あいつを痛めつけている時、自分たちは不思議な一体感に包まれていた。いじめればいじめるほど、自分たちの中に結束力が生まれ、団結が生じる……そうして生まれた一体感が心地よくて、ついのめり込んでしまった。誰も、こんなことやめようなんて人はいなかった。水を差すようなことをすれば、あの心地よい輪から外されて、蓮江と同じ目に遭わされるかも知れなかったのだから……


「ああああああ!」


 チェーンソーの刃が、工藤のホッケーマスクに食い込んでいく。マスクが割れ、工藤の素顔が露わになる。チェーンソーの刃は顔面に食い込んで血しぶきを散らしながら、頭蓋骨を削り取って脳へと達しようとしていた。工藤の喉はこの世のものとは思えない絶叫を発して、その激痛を表現した。


「痛いか? 痛いだろうなぁ……未来だってきっとすごく痛くて、やめてほしいって思ってたはずだよ」


 八島の言葉は、もはや工藤に届いていない。回転刃はずぶりずぶりと食い込んでいき、頭蓋骨を断ち割って内部に侵入した。回転刃が脳髄を凌辱すると、赤い鮮血がシャワーのように噴き出して、工藤のズボンや床を汚していた。

 獣の彷徨のような工藤の絶叫は、か弱く力ないものへと急速に変わっていった。回転刃は鮮血を散らすのみならず、細切れになったピンクの物体を、ほじくり出すように辺りにまき散らしている。

 殺人鬼の仮装をする男が、ホンモノの殺人鬼によって凄惨な死を遂げる……これが映画の中の出来事であったなら、きっと滑稽みのある光景として受け止められたであろう。だが悲しきかな、これは紛れもなく、現実世界で起こった惨劇なのであった。

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