第2話 殺戮の始まり

 それから、実に十三年の月日が経った。蓮江をいじめていた少年たちは大人になり、各々の道を歩んでいた。


 つんと冷える秋風の吹く十月三十一日の朝。鮫津市中央公園ではこの日、ハロウィンイベントが行われる。

 鮫津市で大規模なハロウィンイベントが開催されるのは、今年が初めてである。市の商工会議所が音頭を取って企画したこのイベントは、地域活性化の目玉プロジェクトであった。


 その青年――小野田は、コンビニを目指して路地を歩いていた。冷たい北風に頬を吹かれて、この男は少しだけ身震いしたが、その顔はどこか嬉しそうである。というのも彼はこの後、久しく会っていなかった旧友たちと一堂に会することになっているのだから。

 彼はこのハロウィンイベントのために帰省してきた地元出身者であった。大卒後の就職で遠く離れた青森での一人暮らしを始めたのだが、鮫津市の商工会議所に勤務している小野田の友人に誘われたのである。その友人はハロウィンイベントの立ち上げに関わっており、地元の友人たちにも声をかけたそうだ。小中学校時代の旧友たちとの再会に、小野田は胸を弾ませていた。

 歩き慣れた路地の姿は少しも変わらず、三年ぶりに故郷の地に、小野田は懐かしさを覚えていた。町並みを眺めて感じ入っていると、左手側にある小さな児童公園から突然、行く手を阻むような形で人影が飛び出してきた。


「え……?」


 小野田は公園から出てきた人物を見て首をかしげた。現れたのは、ハロウィンのジャック・オー・ランタンの被りものをした仮装者であった。緑のジャージに黒いチノパン、黒い手袋という恰好で、体つきからして男であろうと思われる。

 ハロウィンイベントの開始までにはまだ少し時間がある上に、この公園は会場からも大分遠い。町内会か、あるいは英会話教室辺りがやっている子ども向けの小さなハロウィンイベントでもやっているのだろうか……小野田はそのようなことを考えた。

 取り敢えず避けて通ろうと、小野田はこのカボチャ頭の左側を通り抜けようとした。

 その時であった。黒い手袋をはめたカボチャ頭の手が伸びてきて、小野田の首を掴んできたのだ。唐突なことに戸惑っていると、腹に今まで感じたことのない激痛が走った。あまりの痛みに絶叫しようとしたが、首をぎりぎりと強く掴まれているせいか、口からは「かっ、はっ、」という空気が漏れ出るような音しか出ない。

 激痛の走る自らの腹を見た小野田は、絶句した。カボチャ頭の右手にはペティナイフが握られていて、その刃が腹に突き込まれていたのだ。


 ――通り魔だ!


 なぜ殺されなければいけないのか、全く分からない。いや、理由なんかないのかも知れない……小野田の腹からナイフが引き抜かれると、真っ赤な鮮血が滝のように溢れ出して、部屋着用のスウェットを赤く染めた。

 ナイフを引き抜いたカボチャ頭は、再びナイフを振り下ろして小野田の胸を刺した。肉が裂かれ、鮮血が噴き出し、冷たい金属の刃が肋骨に当たってぎりりと軋んだ。小野田の喉は、相変わらず小さなかすれ声のみを絞り出している。突然襲われたこの青年は、まさしく地獄の苦しみの中で絶命しようとしていた。

 カボチャ頭は左手で小野田の口の辺りを掴みながら、今度はナイフを右目に突き刺した。そして刃をぐりっとひねり、ぶちぶちと視神経を断ち切って、白い眼球をえぐり出してしまった。小野田はもう、叫ぶことさえしなかった。ナイフを振り払って右目をアスファルトの道路に捨てたカボチャ頭は、同じようにして、左目もえぐり出した。

 その後も、カボチャ頭は追い打ちのように、何度も何度も、小野田の胸を執拗にナイフで刺した。この通り魔の体もマスクも、噴き出る返り血でべっとり赤く染まっている。ナイフは赤い血と黄色い皮下脂肪にまみれ、骨を削ったせいか刃こぼれもしていた。

 小野田の四肢はすでに力を失い、喉も声を絞り出すのをやめていた。何度もナイフで刺し貫かれた小野田の胴体は真っ赤に染まっていて、白い骨や赤い臓器が飛び出して冷たい外気に晒されていた。

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