マーダー・オブ・ハロウィン 恐怖の殺戮カボチャ

武州人也

第1話 自死

 鴨井の膝蹴りが、僕の腹に叩き込まれる。ずーんと重たい痛みとともに、胃の中のものが一気に押し出されてきて、僕は下を向いたまま地面に吐き出した。吐いたものに混じって、地面にぽたっぽたっと赤い液体が落ちている。僕の鼻血だ。さっき鼻を殴られた時に、鼻血が垂れてきてしまったのだ。きっともう、鼻の骨は折れている。鼻だけじゃない。右腕も変な腫れ方をしてしまっている。


「こいつ吐いたぞ!」

「うええ、きったね」

「みんな離れろ!蓮江はすえ菌が移るぞ!」


 鴨井の取り巻きたちが、僕を指差しながら騒ぎ出す。さっきまではこいつらも、鴨田と一緒に僕をさんざん殴っていた。

 勉強も運動もまるでダメな僕は、昔からからかわれることが多かった。それがひどいいじめになっていったのは、小学五年生の頃だったと思う。鴨井という、体格のいい乱暴者が同じクラスになって、目をつけられたんだ。六年生になった今でも、僕は鴨井とその仲間たちに殴られたり、教科書を破かれたり、机に下品な言葉を落書きされたりしている。この間は授業の直前に筆箱を窓から放り投げられて、拾いに行ったせいで授業に遅刻して先生に怒られてしまった。

 ……毎日が辛い。でも、僕の家はお母さんが病気で、お父さんはお金を少しでも稼ぐために毎日遅くまで働いているから、いじめのことを相談できなかった。両親を心配させたくない一心で、不登校になる踏ん切りさえつかなかった。


「何で俺らがこんなことしてるの、分かるか?」


 鴨井が目の前に来て、僕の胸倉を掴んだ。新しいTシャツの襟がダメになってしまうんじゃないかというぐらい、掴まれた襟ぐりが伸びている。


「ぼ、僕が大縄で引っかかったから……」

「それだけじゃねぇよ!」


 もう一発、僕の頬が殴られた。右頬も左頬も、殴られすぎてじんじん痛い。常日頃殴られている僕だけれど、今日はさすがに酷い。尋常じゃないぐらい殴られている。いい加減、誰か助けに来てほしい……といっても、人気ひとけのない工場跡地の近くをそうそう都合よく誰かが通りかかってくるはずもない。

 多分、理由は運動会で僕がさんざんしくじったからだ。そのせいで、自分たちの組は優勝できなかった。そのいら立ちを、鴨井たちは僕にぶつけているんだと思う。


「お前がトロいせいでリレーでビリっけつになったじゃねぇかよ!」


 鴨井の右手が、僕の首を鷲掴みにした。そして、僕の背後にある階段の手すりに、思いっきり僕の頭がぶつけられた。僕の脳みそまで潰してしまうような衝撃が、頭全体を駆け巡った。


 ……どれくらい経っただろう。あいつらはとうとう飽きて、どこかへ行ってしまった。

 頭、鼻、頬、喉、腕、腹、脚……体のあちこちが痛い。多分、骨も折られてる。歩くだけで、全身に激痛が走る。周囲に人の姿はなく、助けを求めようもない。

 ぼんやり光る街灯に誘われるように、僕は足を引きずりながら歩いた。そうして歩いている内に、さらさら水の流れる音が聞こえた。この先には昔よく従兄に遊んでもらった川があって、真っすぐ歩くと橋にさしかかる。

 僕はそのまま、橋の上を歩いた。十月の終わりとあって、吹き寄せる夜風はとても冷たい。その冷たさが、心の奥底まで冷やしていく。

 ふと、僕は橋から川を覗き込んだ。夜闇で青黒く染まっているが、澄み渡った清い流れがそこにはある。もう久しく会っていない従兄が、橋の下で「一緒に遊ぼう」と呼んでいる……そんな気がした。

 すうっ、と、僕の体は川に吸い寄せられた。もう死の恐怖はすっかり麻痺していた。この吸い寄せる力に身を任せれば、きっと楽になれる……僕の体はとうとう橋から転げ落ちた。

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