雨寺:学校

 勢いのまま振り向いて見た女と思わしき人物は、視界だけ確保された真っ白の仮面をつけていた。仮面と顔に隙間があるのか、瞳は影に隠れていて見えない。口は無く、よく見れば小さく鼻のあたりにも穴が開いている。 

 白いワンピースに白い仮面。濡れ烏のような髪は腰をすっかり隠している。折れそうなくらい細い四肢。それらが醸し出す生気のないそれは、体の動きを阻害するには十分だった。


(逃げなきゃ!でも、足が動かないっ)


 仮面の女は首を傾げて値踏みするようにこちらを見てくる。


「貴方、ここから出られないわよ」


 先ほどと同じ声が仮面の女の方から聞こえてくる。しかし雰囲気は先ほど呼び止めた声と全く違った。呼び止めた時はまるで男性のような雰囲気がしたが、今は女性のようだ。


「……で、出られないって、どういう、事ですか?」


 恐る恐る声を紡ぎ出す。


「言葉の通りだわ。貴方はこの世界に閉じ込められているの」


(閉じ込められている?この世界に?)


 女が何を言っているのか、全く理解出来なかった。

 この世界とは?さっきまで授業を受けていたこの世界が違う世界というなら、今まで生きて来たすべてが違う世界だったという事?

 女を見つめながら思考しているとどこからかため息が聞こえてきた。


「ふぅ。何も分かってなさそうだな」


 呆れたように肩をすくめて腕を組む。その言葉遣いといい、仕草といい、先ほどとは完全に別人のようだ。


「いいか?この世界はお前のいた世界じゃない事を理解しろ。どんなに見覚えがある場所でもな。それからお前たちのいた世界の常識は通用しないと思え。何があっても受け入れろ。固定概念も捨てろ。あと……ちっ、もう次が来たか」


 矢継ぎ早に話す女は、何かを察知したように顔をあげ、舌打ちをした。


「いいかい、時間がない。鍵を見つけなさい。この世界と君の世界を繋ぐ鍵がある。君が鍵を見つけられないなら鍵を見つけられる誰かがいるはずだ。その人を探しなさい。」


 そう説明している間に、女の体が空気に溶け込むように透けて行く。


「帰りたければ鍵を探して持って来てちょうだい。この世界じゃあんたたちに良い事なんかな……」


 『無いぞ』、あるいは『無いからな』というような事を言いたかっただろう女は、言い切ることなく消えていった。 

 おそるおそる女のいた場所辺りに手を伸ばすが、空を切るだけで何も無い。


「なん、だったんだ……?」


 あまりにも急な展開と情報量の多さに、ただ立っていることしかできなかった。

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