雨寺:学校

「おはよう、歩夢」

「おはよー、架」


 授業が始まった最初の頃はどの席に座っているか連絡を取り合ったものだが、この時期になれば大体誰がどの席に座るか決まってくる。

 教室の入口付近に座る高校時代からの友人、小野架おのかけるの隣に当然のように座った。

 高校生時代には黒かった架の髪は大学に入学してから様々な色に変わり、今は赤茶色に落ち着いている。

 

「歩夢、明日空いてるか?」


 携帯を片手に問いかける架に、授業の準備をしながら答える。


「空いてるけど?」

晄暉こうきのお見舞い、行こうぜ」

「……分かった」


 晄暉は大学で知り合った友人だ。コーヒーが好きでコーヒーを飲み干したと思ったらコーヒーを買ってくるので俺たちは万年コーヒー男と呼んでいた。


「今日で三日目だっけ」


 俺の問いかけに架は無言で頷いた。


 ここ数か月前から騒がれ始めた『永眠病』。厳密には病かどうかも分からないが、ここ数か月前から現れ始めたこの症状を、便宜上このように呼んでいる。


 その名の通り、突然眠りから覚めなくなり、こんこんと眠り続け、そのまま死んでしまうおそれのある恐ろしい症状。既に存在する睡眠病と異なり原因は不明。何の前触れもなくそれは現れ、現時点での死亡率の高さから眠りから『永眠病』と名付けられ、目覚めない状態の人を『永眠症状者』と呼んでいる。


 眠りから覚めない人と覚める人の関係性や条件は不明で、眠りから覚めた人の中にはぼんやりと嫌な夢を見た気がすると言う人と、何も覚えていない人の二人通りいるそうだが、圧倒的に後者の方が多いらしい。


 そんな永眠病に晄暉が罹ってしまったと聞いた時、最初は何の冗談だと思った。だけど晄暉の家で彼の母親に出迎えられた時、真っ赤に腫らした目を見て息が詰まった。そうして実際にベッドの上で規則正しく呼吸する晄暉を見て、愕然とした。


「おい……、起きろよ」


 肩をゆする。動きはない。


「晄暉、起きろって」


 さっきよりも強い力でゆする。身じろぎする気配もない。


「起きろってば!」


 肩を掴んで乱暴にゆする。呼吸すら乱れない。


「歩夢、止めろって!」


 架に止められた時、後ろの方ですすり泣く声が聞こえた。架も泣いていた。いつの間にか俺も泣いていた。


 しばらく三人で声を殺しながら泣いていた。誰かが声を出して泣けば、きっと全員堰を切ったように泣いてしまう。それを三人ともが分かっていた。みんなギリギリを保っていた。


 結局俺たちは晄暉の母親に何も言えないまま、彼の家を後にした。それが3日前。

 永眠病に罹った人が生き延びた期間は条件にもよるが、おおよそ一か月。最長一か月あるとはいえ、いつそのまま息を止めてもおかしくない状況は、誰かの死を看取るような重苦しさを感じる。


「では授業を始めます。前に配った資料の34ページを開いてください」

 そんな気持ちを知る由もなく、いつの間にか来ていた教授が当たり前のように授業を開始した。

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