第18話 炎龍戦

「レジェル様…?」

心配そうなレイチェルの声に気付き、ゆっくりと目を開ける。

「嗚呼.......昔の記憶が蘇った。俺は…これから炎龍に挑む。6年前に全く歯が立たなかった龍とな。お前達はここで待っていろ。これは、俺と奴との戦いだからな」

レジェルはそう言い、剣を握り直す。そして森の中へと消えていった。

「おいおい.......アンタら止めないのか?いくら腕が立つったって死んじまうぞ.......」

スレイヴはそう吐くよう言うと、不意にその右肩に手が置かれた。

「そんなことねぇよ、僕も少し心配だけどさ、レジェルはそんな龍如きじゃ絶対に死なねぇ!」

何処にそんな根拠があるのか。ネロはそう笑い飛ばしてみせた。

「いやしかしなぁ.......あぁ悪い、俺はそろそろ次の仕事へ行かねぇとな」

その時、ふとネロとスレイヴの目が合った。その瞬間、スレイヴは一瞬驚いた表情を見せる。

「んぉ?あんたまさか、ミ.......」

その表情のまま、スレイヴは何かを言いかけた。

「えっ?」

スレイヴは暫くの間ネロの顔を凝視していたが、やがて何事も無かったかのように背中を向ける。

「いや悪い、気のせいだな」

振り返らずにそう呟き、スレイヴは去っていった。

「なんだったんだ今の?」

そう言ったレイヴの声を最後に、レジェルが戻ってくる迄の沈黙が訪れる。



待機してから5分…......10分が経過し、1時間経ってもレジェルは戻ってこなかった。

「もう…もう限界なのです…っ!私、見てきます!」

耐えきれなくなったレイチェルの声が静かだったこの場の空気を切り裂いた。

「でもレジェルは来るなって.......」

「そんな事言って.......そんなこと言って、もしレジェル様が死んじゃったりしてたらどうするつもりなのですか!?」

「.......っ」

それは、普段の温厚なレイチェルからは想像もつかない声だった。それと同時に、レイチェルの目から大粒の涙が溢れ出す。

「レイチェル.......」

レイチェルの涙が頬を伝い、地面へ落ちる。

「私.......行くのです」

レイチェルは涙を腕で拭うと、レジェルが入って行った森へと足を進めようとする。

「ま、待てレイチェル!」

「止めたって無駄なのですよ!」

「違う!.......なぁアリス、お前もついてやってくれ、幾ら何でもレイチェル独りでは行かせられねぇ」

ネロはそう、俺の背中を軽く押した。

「えっ!俺が.......!?」

「あぁ、アリス。レイチェルの事は頼んだ」

俺にそんな事、出来るだろうか.......。不安だけど、行くしかない。幾らレジェルとはいえ、相手はドラゴン。早く行かないとレイチェルの言う通り、手遅れになるかもしれないんだ。

「分かった、行こうレイチェル。だから泣かないで」

俺はそう言い、覚悟を決めて森の入口、レイチェルと同じ場所へ立つ。

「アリスさんんん.......!ありがとうございますっ!!」

溢れる涙を腕で掻き消し…レイチェルは顔を上げた。




「この気配.......」

森に入って既に数時間。どこから炎龍の不意打ちが来てもおかしくない。レジェルは警戒しながら炎龍を探しているが、未だに見つからない。

「どこにいる?姿を現せ!」

姿は見えないが、確実にすぐ近くに奴は居ると確信した。なぜなら6年前、あのティアマット達に遭遇した時と同じ気配を感じるからだ。自然と腰に差した剣を握る手に力が入る。いつしか鳥の声も消え、辺りは静寂に包まれた。

透明になる程張り詰めた空気が暫く流れた.......その時。

「時は来たり.......!」

「っ!!」

突如として聞こえた翼の音、咆哮。

それと同時に目の前の木々が燃え上がる。俺は反射的に後ろへ身を引いた。燃え朽ちていく木々の後ろには…間違い無い。

「遂に姿を現したか!炎龍ッ!」

レジェルの叫びと同時に炎龍の地を割るような咆哮が鳴り響き、一瞬怯んでしまう。

「くそ…っ!」

炎龍は隙を見逃さず、巨大な尾を巨木に叩きつけた。躯同様に燃え盛る尾が大木に激突し、レジェルに向かって倒れる。咄嗟に抜刀し、頭上に迫り来る大木を斬り払うのが少しでも遅ければ、レジェルの身は燃え盛る大木の下敷きだった事だろう。

安心したのも束の間、仕留め損なったと認識した炎龍は直ぐに次の攻撃へ切り替わる。レジェルに向かって凄まじい勢いの突進を放つー。

「ぐ…っ!?」

正面から来たる突進を横に転がり回避、したつもりだったが僅かに間に合わず、掠った右腕から血が吹き出す。これはまともに喰らえばひとたまりもないだろう。

「っ…掠っただけでこれか」

痛みで顔を顰め、炎龍の攻撃力の高さを身を持って思い知る。だが、レジェルは諦めてなどいない。あの時からずっと、この炎龍へ封印されたティエラを救う為に。

「今度はこちらの番だ」

レジェルはそう啖呵を切り、間合いを詰めながら考える。この全身火に覆われた化け物の弱点はどこなのかと。試しに足を横に斬り払った。しかし一切の手応えが無く、傷どころかその跡1つ付かない。

「効かないか.......…ぐっ!」

落下してきた火球をすんでの所で回避する。

❪どうすればいい❫

いつまでも躱してばかりでは体力が尽きてしまう。何とか突破口を見つけなければ。

「…む….....?」

炎龍の怒涛の攻撃を躱しつつ、その躯全体を観察していると、ある事に気づいた。

「弱点は腹か.......?」

炎龍の腹部。そこだけ炎の勢いが妙に弱い。もしかすると、ここが奴の.......。

弱点だと確定した訳では無いが、試す価値は充分ありそうだ。

レジェルは再び炎龍へ挑みかかる。

剣を構えたまま炎龍の前を駆け抜ける。

ように見せかけた。

すれ違う瞬間に跳躍、勢いを付けて炎龍の腹部を辻斬る.......っ。裂かれた鱗、その中から血が溢れ、炎龍は苦しみから吼えた。

「成程、そこか」

間違い無い、ここが炎龍の弱点だ。レジェルは怯んだ隙を突き、腹部に斬撃を畳み掛ける。炎龍は吼え、その体から血を大量に零す。

「悪いな、これで決める」

止めの一撃を決めようとした、その時。

「甘いっっ!」

瞬間、横から鉄鞭の如く振られた尾の攻撃をもろにくらい、吹き飛ばされる。

「ぐっ!貴様…っ!!」

この声…あの時のティアマットの声だ。俺は急いで立ち上がろうと…。

「ぐはっ!?」

爪の一撃を肩に食らう。激痛がレジェルを襲う。背中に温かい物が流れるのを感じた。血だ。なんとか体勢を立て直そうとした所に追撃の2発目。それは余りにも致命的だった。

「所詮人間か。少しは楽しめると、そう期待したんだがな」

炎龍はそう、ティアマトの声で嘲るように笑う。

これで終わらせてやる。

頭上からティアマットの声が降り、レジェルは目を閉じた。

いくら体を動かそうにも動かない。

「く、くそ.......ここで終わるのか」

動かない体で炎龍を見ると、空気を大量に吸い込み、火炎放射の体勢を取っている。あれを貰えば確実に命が燃え尽きるだろう。

(すまないティエラ…助ける事が出来なかった)

炎龍の一段と凄まじい咆哮が地面を揺らし、空気が震える。

(さよならだ)

巨大な肺で加熱された空気がレジェルに衝突するその直前。

「シールドっっ!!」

そう叫ぶ、誰かの声がした。

その声は…。

「レイ…チェル…?」

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LOST OF BLADE ー転生の蒼剣ー 海鼠さてらいと。 @namako3824

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