第17話 誓い

「ティエラ…っ、何処だ!」

俺はとにかく上を目指し駆け上がる。だが、ティエラの影は見えてこない。

「どこいったんだ!」

もしかしたらドラゴンに·····脳裏に過った最悪な展開を振り払うように必死で走った。何度も息が切れるが構わず走った。だが彼女は未だ視界に映らない。

息も絶え絶えになりかけた、その時。

「…あれは…っ」

あそこは…頂上か?

この山の頂上は聖域·····その言葉を思い出したがやむを得ない、俺は全力で疾走する。そして…山頂に程近い場所で足を止めた。ここからだとはっきりとは見えないが、視界の先には何か巨大な生物の影が見える。…やはり、ドラゴンだろうか?

じゃり。足を動かす度、砂が擦れる音が辺りに響く。

俺は意を決して影の正体を突き止めるべくして、山頂へと辿りついた。

そこで俺が見た物…それは、沢山のドラゴンとその中央に倒れ伏している。


ティエラの姿。

「ティエラッ!!」

本能的に槍を構え、ドラゴンの群れに躍り出る。

「レ…ジェル…?」

ティエラが微かに動いた。

「ティエラ!大丈夫か!その傷は·····っ」

ティエラは太ももでも切り裂かれたのか、細い足から流れる大量の血が地面を赤に染めていた。その出血量が致死量なのは明らかだ。

いや…でもティエラは死んでない。今助ければ間に合う!

俺は急いでティエラへ駆け寄ろうと…

「っ!!」

突然。地響きのような音が鳴り、俺の体が止まる。その地響きの正体が周りの龍が放った悍ましい咆哮だという事に気付いた。

そして、その群れの中で最も大きい龍が一歩、俺に近づいた。

❪邪龍ティアマット…❫

目の前に佇んでいる龍は神話等に出てくる邪竜、ティアマット。子供の頃に読んだ神話によれば、それは世界を闇に染め、あまねくを滅亡させる力があるという。いや、それだけじゃない。良く見れば周りに居る龍も、どれもそこらに居るような雑魚では無く、神話に登場するような龍ばかりだった。

「人間共…この地に何をしに来た?」

ティアマットは口を開く。俺は身の危険を感じて一歩後ずさりする。

「答えられぬか?逃げようものなら今此処で貴様を燃え糟にしてやる、だが。我の質問に答えるなら特別に見逃してやろう、お前だけはな」

「俺だけ…?それじゃダメだ!ティエラも…どうか·····!」

立ち上る恐怖を耐えつつも何とか喉から絞り出した声は、自分でも理解るくらいに震えている。

「質問だ。貴様等、何故ここに来た?」

そうだ…俺達はただ龍が見たくて来ただけだ。だから殺される心配をする必要は無い筈だ。

「俺達はただ観光目的で·····決して貴方達を討伐する気は無かった·····」

その瞬間、ティアマットの表情が一変する。

「偽りを吐くな。貴様の話が本当なら何故貴様は…いや…この小娘は我々を穿つのに適した武具を装備している?」

「そ…っ、それは…」

まさか正当防衛だ等通じる筈も無く。

質問に答えられずに黙りこんでしまう。

「ふん·····この小娘から殺してやろう…いや、それより良い事を思いついた」

ティアマットは倒れているティエラから俺の方へ視線を向けると、こう言った。

「小娘はともかく貴様の装備、我々を倒すにはあまりに軽装すぎるではないか?そこでだ。我と勝負をしないか」

「勝負…??」

勝負とは何か?負けたら俺はどうなるのか?俺の脳内は不安と困惑で埋め尽くされる。

静寂に包まれた空気の中、ティアマトは突然吼えた。その途端、周りに居た取り巻きの龍達が次々と退散していく。

「簡単な話だ。小娘を助けたくば、我を討伐してみろ!」

「……っ!」

ティアマットの声に押され、俺はほぼ本能的に走り出した。こんな武器で勝てる見込みは絶望的だって事くらい解ってる。ただここで戦わないと、ティエラは…!!

「うぉぁぁぁぁぁぁっ!!」

絶対に討つ、そしてティエラを、必ず助ける。

いつの間にか恐怖心は消えていた。助ける、ただそれだけを考えながら猛然と駆け、ティアマットとの間合いを詰める。そして…地面を思い切り蹴り、跳躍。

「せぁぁぁっ!!」

右手に構えた槍の握る手を一層強め、落下しながらティアマットの躯を槍で叩きつける…。

「っ!?」

だが…持てる力の全てを使って叩き付けるように突き刺した筈の槍は…ティアマットの皮膚に刺さる事すら無くに地面へ落下したー。

「ふん…その程度か?」

嘲るように言い放つティアマトの前に言葉を失う。

「流石に出来た試合だったな、無論、このままでは我の勝ちだ。…だが」

ティアマットはここで一呼吸置き、こう続けた。

「槍を見よ」

「えっ…?」

俺は言われた通りに地面に転がっていた槍を拾い上げる。それはいつものお気に入りの槍では無く、真黒な気を纏った剣へと姿を変えていた。

「これは…?」

「それは「闇剣」…先程の槍が我が暗黒の躯に触れた際に…槍に瘴気が纏わり、闇の剣として産まれ代わった物だ」

「闇剣…」

俺は生まれ変わった武器をじっと見つめる。剣の身からは黒い気体のような物…闇が湧き続けている。


「先程の龍共を退かした事で逃げ道を確保させたのだが、それに億さず小娘を助けようとした勇気。それに免じて最後のチャンス、二回戦を与えてやる」

ティアマットはそう言うと、吼えた。すると、目の前に蒸気が現れ、それは瞬く間に焔を纏った龍の姿になった。

「ティエラ…っ!!」

その龍はティエラを…その躯の中に取り込んだ。

「ティエラッ!!貴様話が違っ……」

「慌てるな、死にはしない」

冷徹な口調のティアマット。

「ど·····どういう事だ?」

「二回戦はこの龍…インフェルノドラゴンと戦ってもらう。だが今すぐに戦えと言った所で結果は見えているのでな、数年後だ。数年後、貴様が少しは戦に強くなってからその剣でインフェルノドラゴンを倒してみろ。倒せば貴様の勝ちで、小娘も解放してやる」

その言葉で俺は理解した。倒せないと俺はティエラと共に死ぬ事になる。

「…やってやる」

俺は小さく、そう呟いた。

「では、数年後の勝負を期待してやる」

ティアマットはそう言い、踵を返す。地面が揺れ、鳥の羽ばたきが聞こえた。

「ティエラ、待ってろ…数年後に、必ず…俺の命に変えても。」

助けてやる。

俺は真黒な剣を携え、そう誓った。

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