第16話 炎龍の記憶
「はぁはぁ.......回収してきたのですっ!」
息を荒らげながら帰ってきたレイチェルは手に膝をつく。
「ったくレイチェルは、次からは気をつけろよー?」
そうネロが笑いながら言うのと、レイチェルが返事をした時だった。
ガサガサッ.......
木の葉が擦れ合う音が聞こえた。
何事かと音の方へ視線を向けると、そこから見覚えのあるあの豪快な男が出てきた。男は腕や頭から血を垂らし、手にした斧には赤黒い血が張り付いている。
「ス…スレイヴ叔父さん!?」
レイチェルは驚き、その男、スレイヴに駆け寄った。
「おぉレイチェル、また会ったなぁ。無様な姿を見せてすまんな、少し油断しちまったよ。まさかこの森に炎龍が居るとはなぁ、ま、生きて帰れただけ儲けモンか」
スレイヴは大した事無いと言うように笑う。だがレイチェルの不安な表情は消えなかった。
「も.......っ問題無い訳無いじゃないですか!大変な怪我してますのですよ!今治療致します!」
レイチェルは慌ててスレイヴの腕に左手を翳す。
「レイズヒール……っ」
そう詠唱すると、スレイヴの腕から流れる血の量が目に見えて減った。
「取り敢えず応急手当を……キズが深いですね.......このまま大療師様の所へ行ってくださいですっ」
「あぁ、助かるぜレイチェル……ん、ところでお前さん、まさかこの森へ行くつもりか?もしそうなら辞めておいた方が良い、炎龍の強さは半端なものじゃねーぞ」
「俺達も一緒にこの森を抜ける。お前が俺達の事を心配する必要は無い」
レジェルはそう、毅然とした態度で言い放つ。
「.......あぁ、そうかい、頼もしいねぇ。だがお前さんも剣士なら炎龍の恐ろしさは熟知している筈だろ?」
炎龍、その言葉にレジェルは鋭く反応した。
「.......炎龍と言ったか?」
「あぁ、その名の通り、全身が炎に覆われた怪龍.......そんなバケモンが暴れ回ってたんだからよォ、まさに天災だわな」
それを聞いたレジェルは静かに目を閉じる。
「そもそもこの付近には炎龍なんて生物は…生息していない筈だ。なら…」
レジェルは右手で拳を作り、握り締めた。
「お前達、渓谷に行く話は無しだ。間違いない.......あの時の約束、今日こそ」
そう言ったレジェルの脳内には、ある日の記憶が蘇っていた…。
これは、蒼剣が奪われる6年程前の事だ。
ーーーーーーー
「はぁ?ドラゴンだって?」
「そう!私ドラゴンが見てみたいの!」
いつもの様に商店街で買い物の最中、ティエラは突然、本当に唐突にそう言い俺の腕を強く掴んだ。ティエラは幼馴染みだから大体分かるが、ドラゴンに逢いたいとはまた思いつきで言い出したんだろうな。
「.......お前この前は突然ファニールに行きたいとか言い出して途中で飽きて帰っただろ」
ファニールとはイサエラから南にかなり進んだ場所にある湿地帯だ。広大な湿地とそこに出現するドロドロしたスライム以外には何も無い場所だ。何故そんな場所に行こうと思ったのか、俺には理解が出来ない。
「あ…あの時はそうだったけど、今度は飽きずに行けるし!ドラゴン大好きだから!」
ティエラは必死な顔でそう言う。その割には今まで一緒に冒険のような事をしてる中でティエラの口からドラゴンが好きなんて言葉出た事は無いが。
「何でだよ.......でもまぁ、たまには」
俺は渋々承諾する。俺自身に竜を見たいという好奇心があったからかもしれない。俺達の両親はここから遥か遠くの異国の地で壊滅的な猛威を奮っている怪物「シスフェンリル」を討伐する団に入っていて、最近はもう顔も忘れそうな程会ってない。だが月の初め毎に送られてくる2人分の生活費とメッセージの入った封筒が届く辺りまだ生き伸びているんだな、と安堵する。
「うん!じゃあ私急いで用意してくるから待ってて?」
ティエラはそう言い残すと、いそいそと宿舎へと戻って行った。
待つ事約十分。
「お待たせ!」
ティエラはようやく俺の元へ戻ってきた。が、気になるのはその装備。どこから調達したのか知らないが、ドラゴンを倒す事を専門とするプロのドラゴンキラー職の人間で無いと扱いが難しいとされる龍殺剣ドラゴンスレイヤーを右手、そして龍の鱗で作られた表面が光沢で覆われた立派な盾を左手に持っている。
「お前その格好.......討伐にでも行く気か?」
俺はただティエラが逢いたいだけと思ったから承諾したが、その殺意満々な装備で行くとなると話が違う。
「いやいや、討伐なんてしないよ?これはちょっとした正当防衛だからね?」
ティエラはドラゴンスレイヤーを持つ手を動かす。暖かな日光に先端が反射して煌々しく輝いた。
「いや、明らかに過剰防衛だろ…それにどこでそんな装備を」
.......まぁティエラの事だから、装備屋あたりで「借りて」きたのだろう。
「あのね、ドラゴンはカッコいい、でもとっても強いんだからね?だーかーら、これは襲われた時だけに使うの。あんたもそんな武器屋の安い槍でなんとかなると思ってるの?」
そう言いティエラは俺の、初めて買ったお気に入りの槍を指さした。
「はぁ.......こちらから攻撃しなければ平気だ、じゃ、さっさと行こうか…あ、ここからかなり遠いが飽きたは許さないからな」
気に入っている槍を馬鹿にされたのに対する怒りを抑えつつ、俺達は目的地へと向かった。
ーーーーーーーーーーーー
数時間後。
「やっとついた!よーし、レジェル、山頂まで競走だよ!」
ティエラは着くや否や目の前の山へと早速登り始めた。
「今着いたばかりだろ、気が早いな…」
俺達が訪れたこの山は世界でも有数のドラゴンが出没する山だ。俺は最初こそ余り気は乗らなかったが、今こうしてこの山を眺めていると、確かに一目ドラゴンを見たくなってきたな。
「…ん?」
先へ行ってしまったティエラに追いつく為山を登ろうとした時…脇道の立札が目に付いた。気になったのでそれを確認する。
「ようこそドラゴンの地へ。聖域につき山頂付近へは決して登らないように。」
山頂へは決して登らないように…?
俺はティエラが走っていった方を急いで確認する。だが、もうそこにはティエラの姿は確認出来なかった。
「くそっ.......知らせないとな.......」
聖域がどういう場所なのか、俺は知らない。故にそこに行くと何が起こるかは分からないが、取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。俺は地面を力強く蹴りあげ、ティエラを追いかける。
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