第5話 新しい名前
「当然だ」
「なっ…こういうのって普通はリーダーさんが決めるんじゃ.......?」
戸惑いながら質問するレイチェルに対しレジェルは淡々と答える。
「召喚主が召喚した人間や魔物の名付けを行うのは当然にして最初の使命だ。召喚主ならその程度の事は心得ておけ」
「は、はい…っ」
レイチェルは顎に手を当てる。
「んー……そうですねぇ.......元男…って事ならあんまり可愛い名前じゃ無い方が良いですかね…?」
レイチェルは俺の方を向き、そう確認する。その言葉に剣の手入れを再開したレジェルは一瞬表情を変えた。…ような気がした。
「……男だと?」
今度は手入れの手を止める事無く顔を上げたレジェルは、俺の顔をじっと眺める。
「えっ……」
俺は一瞬バレたと思いどきっとしたが…まぁ、こんなのがいつまでも隠せられる訳無いか、と思い直すことにした。
「はい…実はこの世界で目覚めた時にはこの姿になってしまってて…」
俺は正直に自分が元は男である事実を告げた。
「……そうか」
レジェルは興味があるのか無いのか分からない返答を寄越しつつ、また視線を剣へと向けた。
「あの……出来ればこの姿は……」
どうにかして欲しい、元の世界に帰れないならばせめて男として召喚され直したい。それを予測したかのように即座に毅然とした答が返ってくる。
「召喚前が何であれ、召喚された今の姿形で召喚主に従事しろ。そして召喚者は基本的に召喚主の命令は絶対、気に入らない名前を付けられた程度で非を述べるのは言語同断だ」
「……」
何も言い返せずに固まる俺……あぁ、何故俺は女子として召喚されてしまったんだろう…しかもそこそこの美少女に.......名前か?名前がいけなかったのか……?答えの出ない問答を頭の中で繰り返す……。
「んー……よしっ!」
その時、レイチェルの左手がずっと触れていた顎から離れる。どうやら名前が決まったようだ。俺はレジェルに言われた通り、最早どんな可愛い名前でも甘んじて受け入れる覚悟を改めて整えた。
「それでは…発表しますのです」
こほん、レイチェルはわざとらしく咳払いをする。
「貴女の名前は、アリス……!アリスに決めましたのです♪」
「アリス…それが、俺の名前…」
女の子らしい名前ではあるが、そこまで可愛いって感じでも無いしまぁ…。俺はアリスという新しい名を受け入れた。
❪まぁ断る権利は無いんだけどねっ!❫
…と、頭の中で叫びながら。
「成程。レイチェルらしい命名だ」
レジェルはそう言い、少しだけ表情が緩んだ。あれ…っ、と思っている内にまた無機質な表情に戻ってしまったが。
「えへへへ……これから宜しくお願いします、アリスさん!」
レイチェルは照れながら俺に頭を下げる。
「うん…よろしく、レイチェル」
「まだ済ませていなかったな」
不意に椅子から立ち上がったレジェルは剣を鞘に戻すと、振り返ずに言った。
「俺の名はレジェル・アンデシウス。何とでも呼べ。それだけだ」
よろしく.......そう伝える前にレジェルはさっさと外へ出て行ってしまった。
俺とレイチェルだけがぽつんと取り残される。
二人きりになった宿舎内。
「えっと…レイチェル?」
「何ですかっ?」
何もやることがないし……2人きりで何も話さないのは流石に気まず過ぎる…。何でも良いから何か話題を……そうだ。
「レイチェルのそれって、メイド服…だよね?何でそんなコスプレしてるの?」
レイチェルはきょとんとしている。そりゃそうだ、いきなり何の前振りも無くこんな事聞かれたらそうなるよね。
「えっと…確かにこれはメイド服なのですが…こすぷれ……って何なのですか?はっ!もしかしてこのメイド服に何か隠された秘密が…!?」
レイチェルはそう言ってまじまじと自分の着ているメイド服を見つめたり手で触ったりし始めた。
「いや、秘密とかそういうんじゃなくてさ」
そうか……コスプレというのは俺のいた世界のみの文化だからこの異世界で通じる訳無いよな。
「秘密じゃない?じゃあ、こすぷれとはどう言う意味なのです??」
レイチェルは興味津々に聞いてくる。
「…い、言い方を変える、レイチェルは何でメイド服を着てるの?」
「私の服に興味があるのですか?えーとそれはですね、私がこのパーティに入る前は喫茶店でのアルバイトをしていましてですねっ♪ここのパーティに入った時でも仕事内容がメイドさんと同じ内容が多かったので、ちょうどいいなって思って常にメイド服を着るようになったのですっ」
「へぇ……そうだったんだ」
成程ね……。つまり今はコスプレって事じゃんなどという無粋な事は考えない事として、俺は納得する。
「……じゃあ今度は私から質問、良いですか?」
レイチェルはそう言い、にわかに真面目な表情になる。
「うん、答えれる範囲でなら答えるよ」
最も、記憶がほとんど無くなってる今の俺に答えられるものはそう多くないだろうが。
「貴女…いや、アリスさんも私と同じなのですか?」
「レイチェルと同じ?」
俺は思い出す。レジェルが言った「お前もレイチェルと同じ」という言葉を。
「同じって…何が同じなんだ?」
「はい…アリスさんも私と同じように……………両親が戦死したのですか?……だからさっき、自分の名前を答えられなかったのですか?」
「え…?」
予想外の内容に、俺は思わず言葉に詰まった。
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