第3話 目が覚めたら女の子に!?

「ん…んん…?」


…一体あれから何時間経過したのだろうか。鳥のさえずる音で意識を取り戻した。

「ん…っと…」

いつの間に寝てたんだろう。無意識に小さな声を出しながら起き上がり、ここが何処なのかを確認する為に辺りを見回した。

「…え……?」

唖然として変な声が出た。そこは倒れたはずの公園ではない。俺は全く知らない山道のような場所に居た。ふと気付けば俺の横には槍と斧が一体化したような武器がまるで待っていたかのように転がっている。自分のすぐ後ろにはさっきまで青い光が激しく光っていたが、振り返ると消えてしまった。

「何だこれ…?」

俺はその武器を手に取ってみた。ずっしりと重い鉄の塊が両手に乗る。随分精巧な作りをしている、まるで本物みたいだ。俺はしばらく謎の武器をただ観察していた。すると…。

「わぁっ、ようこそなのですっ!」

突然、甲高い声が俺を奇襲した。

「うわぁ!?」

自分にしてはやけに高い悲鳴と同時に……目の前にメイド服のようなものを着た少女が現れた。俺は驚きのあまり思わず尻餅をつく。

「はっ…わわ…すいません驚かせてしまって……そんなつもりは無かったんですが…」

驚かせた事に気づいたその子は先程のテンションとは一転し、おどおどしながら丁寧に頭を下げる。

「あぁ、大丈夫だよ。それより…え?ここは一体どこ?」

これは夢?にしても夢にしては意識が恐ろしくはっきりしている。俺は恐らくあの剣を抜いた時に熱中症か何かで意識を失い、それからこの子が助けてくれたんだと解釈した。

「はいなのです!此処はカルダという小さな街に続く山道なのです!特に何がある訳でも無い小さな街ですが、のどかで良い所なのですよっ♪」

彼女は元気良くそう言った。

「え、は?カルダ…?」

聞きなれない地名……少なくとも日本ではないよな?いや待て、待て待て。いくら記憶力の悪い俺でもここは日本だという事くらいは覚えてるぞ。そんな心境の俺を置き去りにして女の子は更に続けた。

「ここから東へ暫く進むと商店街が見えてくるのでっ、まずは貴女の召喚を依頼した私のリーダーに会ってみると良いですよ!あの方はとぉーっても頼りになりますし!…とは言っても今は居ませんのですが…あ、今貴女が持ってるその武器はハルバードと言ってですねぇ、汎用性の高い物理武器なのですっ、今の貴女にぴったりな武器らしいのでプレゼントなのです♪更に貴女は…」

「ちょっと待てええぇ!!」

怒涛の展開に堪らず声を荒らげる。

「ほわっ!?…な、何でしょう!?」

露骨に驚く女の子。

「何でしょうも何も無ぇよ…一体どういう事だこれ…?え?てかここ日本じゃないの.......!?嘘だよな?」

俺は女の子に問い詰める。兎に角この訳の分からない場所から出たいし、下らない冗談は辞めて帰り道を教えて欲しいんだよ!

「は、はわぁ……どういう事って言われましても…」

女の子は首を傾げる。

「俺がどうしてここに居んのか説明して欲しいんだよっ」

「ひゃっ…わっ、分かりました!のです!そ…それでは初めから丁寧に解説させていただきますのです!」

語気を強めると彼女は酷く取り乱した。流石にきつく言いすぎたかもしれない。だが、今はそんな事を考慮できる状況では無かった。早いとこ帰りたいし、風呂に入ったりゲームしたいのだ。


ーーーーーーー

「どこから説明しましょうか…えーと、まず…私達のパーティは私とリーダーの他に3人、計5人居まして…、ですがこの数だけでは私達の旅の目的達成には少々心細いかなー…と思いまして…そこで!急遽私の得意な召喚術で仲間を増やそうと思ったのですっ」

「ああ…成程…」

成程といいつつ俺は話を半分も理解出来ていなかった。 その代わりにここに来る直前に見つけた砂場の剣の事を思い出していた。まさかあの剣が……。

「さてと、ここまではご理解いただけましたか?」

「おう、理解した」

俺の頭は混乱の大安売り状態だが…。唯一つ、俺は剣を抜いてしまった事を激しく後悔していた。あれさえ無ければ俺の平凡不変な人生はずっと平凡なまま、円滑に進む筈だったのに……。

「そして、リーダー意向の元により16歳前後の女の子を適当に1人召喚した結果に選ばれたのが貴女なのですっ」

彼女はフフンと得意げに俺に指をさした。

「そうか…って、え?聞き間違いかな…もしかして今、俺の事を女の子って言ったか?確かにそういう弄られ方はよくされるけどさ…」

「ふぇ?確かにリーダーは女の子を要求して、私もそれに応じて女の子である貴女を召喚したのですが…」

「いや待てよ!?俺は名前こそ女子だがれっきとした男だぞ?」

ここまで露骨に女子扱いされる事も珍しい、だがおかしな事を言う目の前の少女は、何故か嘘をついているように見えない。

「………?」

女の子はきょとんとした表情でじっと俺を見つめる。

「な、なんだよ……何か可笑しい事でも言ったか?」

俺がそう聞いた次の瞬間.....少女の口から信じ難い言葉が飛び出した。

「いえ……そう言われましても……貴方、どこからどう見ても可愛いらしい女の子なのですよ…?」

「え……?」

言われている意味が理解出来ずに固まる俺。

俺はこの子の言っている意味が分からない。いや、分かりたくない。この子の言ってることが正しければ即ち俺は…。

「ふ、ふざけてるのか…?」

「と、とりあえず自分の体見てくださいっ.......!」

そう言って女の子は手鏡を取り出して俺に向けた。

「自分の体?」

言われた通りに自分の体を手鏡に映して確認する。すると、その中には軽い装飾の施された白いワンピース?のような服で、髪型は薄い赤茶の背中ぐらいのロングヘアで中学生並の背丈の女の子が居た。…その姿は確実に男だった時の俺の面影すら消え失せてしまっていた。

「な、何だよ…これ…」

俺は混乱しながら呟く。ここでようやく自分の声が女子みたいに高く可愛い事に気づく…。体の力が自然に抜けていくのを感じ、俺はそのままゆっくりと地面へ倒れた。

「はわわぁ!?大丈夫ですか!?」

女の子は俺に駆け寄る。

「大丈夫だ、大丈夫。もう1度寝て起きれば全部元通り…」

この期に及んでこれは夢だと信じようとした。その時、突然誰かの足音が聞こえた。それは俺の目の前でぴたっと鳴り止んだ。

なんだよ、寝たいのに。

薄目を開けると黒い靴のつま先が見える。俺は動くのも面倒なので起き上がらずに顔だけを動かして足音の主を確認した。

「貴様…何をしている?」

「ん…えっ……!?」

そこに居たのは真黒な剣を腰に携えてこちらを見据える男だった。遠くに見える黒い双眼が俺を捉えて離さない。

「え…ぇ…!?」

何故だか本能的に感じる危険信号。だけど俺は動こうにもこの男から感じる強烈な殺意によって声を上げる事すら出来ない。男は更に冷血な口調で話した。

「俺の質問に答えないのならー」

ジャッ…鞘から剣を抜く音がした。

(あ、はは.......俺、死んだわ)

よく分からないけど、それだけは理解出来た。

「わぁぁっ!!レジェル様止めて下さいのですっ!!」

その時、少女の必死の制止を求める悲鳴により、俺はあの双眼から解放される。レジェル、そう呼ばれたその男は剣をゆっくりと仕舞い、その目を少女の方へと向いた。

「なんだ、居たのなら声くらいかけろ。ふむ、そうか。こいつがお前が召喚すると言っていた奴だな」

その声は俺に使ったものより若干優しかった。だがそれでも恐ろしいのには変わらない。少女は慣れているのか、特に怯える様子もなく答えた。

「はいなのです!あ…っ、怯えさせてごめんなさいのです召喚の方…いきなりこんな怖い人にあんな事言われたら怯えますよね…」

そう言い、少女は俺に頭を下げる。

(怯えるどころか命の危険さえ感じたぞ…。未だに心臓がどきどきする…)

俺は深呼吸をしながらゆっくりと立ち上がった。男だった時より遥かに細くなった足がふらつく。この体に慣れてないのか、生まれたての羊みたいに足の震えが止まらない。

「悪いのはこの程度の事で取り乱す貴様の心の弱さだ。貴様に1つ忠告をくれてやる。貴様を仲間として受け入れてやるが…くれぐれも俺の邪魔だけはするなよ。その時はー」

男は鞘に手を当てた。

「これで斬り殺す」

男はギロりと俺を睨みつけた。

「はっはい…!気をつけらす!」

自分でも分かる情けない声に、男は呆れたように鼻を鳴らした。そして少女を一瞥した後、踵を返した。

「レイチェル、俺は先に宿舎へ戻る。その無知な小娘にこの世界での生き方でも教えといてやれ」

その男…レジェルはそう吐き捨てると、早々と立ち去っていった。

ーーーーーー


「大丈夫なのですか?」

「あぁ…」

ようやく喋れる程度にまで落ち着いてから、俺はメイド服の少女…会話の内容からして確かレイチェルだったか、に質問する。

「あの…レジェルさんはレイチェルが言っていたメンバー?」

その質問に、レイチェルは笑みを浮かべた。

「そうなのですよっ、見た目や言動は少し怖いですけど、あぁ見えて一番仲間の事を大切にしてくれているとても偉大な人なのです」

「そうか…そうは見えなかったけど……殺すとか言われたしさぁ」

俺はそう言いながら空を見上げた。高く澄み渡った空の奥には小さく動くヒモのようなもの……ここが異世界であるなら恐らくドラゴンだろう。悠々と空を泳ぐその姿を見て、改めてここが異世界であることを認識した。

(…とんでもない所に来てしまったんだな…無事に帰れるのかな…いや、それよりまずは…)

「なぁ、レイチェルが言っていたメンバーは俺含んで6人?だったよな?」

「そうなのです、それがどうかしましたか?」

「さっきのレジェルって人にレイチェル、それに俺…。これで3人だよね、残りの半分は今どこに居るんだ?」

せめて3人がレジェルとは違い優しければ良いけど。

「それなら、リーダーともう1人は今森へ食糧調達へ行ってて、後の1人は修行に出ていますね!3人とも夜には帰ってくれると思うのですよ?」

「そっか…夜か」

晴れ渡った空の様子からして、まだまだ夜が来るのは先だろう…。

「取り敢えず私のお仕事である買い物と召喚は終わりましたので、レジェル様の居る宿屋へ戻りましょう!」

「え…っ、あぁ…」

何故今「レジェル様の居る」って部分だけ強調したんだ……。

「というか…これ何とかならない?重い…」

俺は最初に渡された武器に目をやった。ハルバード…とかいう奴だ。この重量、女子である自分の腕で支えられる筈が無い。

「駄目ですよっ、一人前と認められるにはまず自分の武器を自在に操れるようにならないと、なのですっ!」

「そ、そうは言っても……」

俺はハルバードで地面に線を引きながら、上機嫌に鼻歌を歌っているレイチェルについて行く.......。

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