村の贄
野堀ゆん
1
私がそのオランウータンを見たのは、事件が起きてしばらく経ってからのことだった。
「博士、こちらです」
A市にある名ばかりの警察署には、地下へとつながる長い階段があった。蛍光灯が数メートルごとに設置されているが、一階からは地階の様子が見えないほど暗い。
A市は土地が極端に広く、人口密度が極端に低い。十年ほど前に小さな村が五つほど合併されて作られた市である。土地のほとんどが森であり、それ以外は耕作地や牧場地である。牧歌的という言葉をテーマに絵を描けばそれはそのままA市の風景画となるほど牧歌的な土地であった。
合併前の村々は異なる文化をもっており、時折小競り合いもあったようだが、合併後は目立った軋轢もなく、むしろ各々が続けてきた太古より伝わる伝統の祭を統合し新たな祭を生むなど平和的に融合していった。知人の文化人類学者は文化の衰退を嘆いていたが、人間社会としてはありがたいほど平和であった。
それゆえ事件など起こりようもなく、警察署もかつての村ごとに一つずつ設置されただけであった。警察署には受付と署長の席、二人の警官の住まいと、たった一つの牢があればそれで充分すぎるほどだったそうだ。まれにたった一つの牢がふさがることがあっても、翌日には人口が多く最新の設備が整っている隣のB市へ犯人が搬送される手はずとなっている。A市の警察署は本当に名ばかりの警察署なのであった。
そんなA市の警察署は今、前代未聞の大事件の最前線に立たされている。
殺戮オランウータンによるA市市民殺戮事件である。
殺戮オランウータンがどこで生まれ、どこで育ったのかは謎である。ただ突然A市中央の森から出現し、目の前にいた八十二歳の農夫を殺害した。B市から派遣された鑑識曰く、オランウータンとは思えぬほどの急所を的確に突いた素晴らしい手口だったという。具体的な殺害方法や遺体の状態についてはテレビのニュースで放送されなかったし、A市に来てからも説明がされなかったが、その状況がかえって遺体の損傷の激しさを物語っていた。
殺戮オランウータンは地を走り、電線を伝い、A市を縦横無尽に駆け回った。車でも一周にゆうに一日はかかるA市をおおよそ半日で一周して見せた。驚くべき脚力である。彼、あるいは彼女はA市を駆け回りながら、目についた生き物、正確には人間のみを的確に殺していった。事件が発生した日は街道に数メートルごとに死体が転がっていたらしい。陳腐な物言いになるが、地獄であったという。
私がA市の警察に「殺戮オランウータンについて意見を聞かせてほしい」と呼ばれたのはその事件が発生して三週間以上経った今日である。
事件についてはテレビで見て知っていたし、多分A市の最も近くに住む類人猿の研究者であろうからお声がかかるのではないかと期待していた。しかし二日経っても三日経ってもお声はかからず、一週間経ったところでこれはC都から立派な研究者が送られてきたのだろう、あるいは私のようなふらふらと類人猿に誘われて居着いたよそ者にはかかわりたくないのだろう、はたまた私のような論文は書いても立派な成果がない、日がな親に捨てられた仔オランウータンを飼育するだけの研究者にはお声がかからないのだろう……と理解した。バナナを食べながら二週間ほどふてくされていたら今日、A市から突然「このままでは落ち着いて祭もできやしない! 今すぐ来て、殺戮オランウータンについて見解を述べてほしい」とお声がかかったので、本当にすぐに来た次第である。すぐ来たために、到着は夕方になってしまっていた。
警察署の建物はつい十年前に合併してできた市のものとは思えないほど古びた鉄筋コンクリートの建物だった。
「年季の入った建物ですね」
「ええ。以前村で使っていた自警団の建物を流用したんです。予算がなかったので新しい建物が建てられなくて。博士はこの辺の方ではないのですか」
「ええ。五年ほど前にB市に越してきたばかりです」
「そうでしたか。それはよかった。村が合併したときはそれなりに揉めましたから。お恥ずかしいところをご存知なくてホッとしました」
中年の警官がニヤニヤしながら言うので、冗談だとすぐにわかった。私も声を殺して笑った。
「ほかの研究者のかたは?」
「ははは……実は博士の前に何人かお越しいただいていたのですが……思うような結果が出なくて」
なるほど、私は中央の人間が殺戮オランウータンについて大した見解を示せなかったために慌てて呼び出された、優先度の低い研究者だったというわけだ。これは、A市の望む結果を語るよう強要される可能性がある。いざという時には私も先の研究者たちのように要望を突っぱねて帰宅しなくてはならない。その覚悟をしておこう。
コンクリート打ちっぱなしの階段はところどころ角が崩れていた。手すりはないが、人ひとりしか通れない狭さだったため壁に手をついて降りて行った。一番下に降りて振り返ると、地上の光が遠く遠くに見えた。何も危険なことはないのだが、どことなく不安を覚える。お化け屋敷に入った時のような気持ちである。ここにはお化けではなく殺戮オランウータンがいるのだが。
コンクリートの壁を見るとところどころ毛と血が付着していた。毛は色からすると殺戮オランウータンのものだろう。人間が一人通るだけでも大変なこの階段を、殺戮するオランウータンをどのように下したのか。私は陰鬱な気持ちで警官の後ろをついていった。
パチリという硬質の音を立ててスイッチが押されると、短い廊下が白熱球で照らされた。
「これが……殺戮オランウータン」
鉄格子の向こうには通常のオランウータンより一回り大きいオランウータンがいた。打ちっぱなしのコンクリートの壁に四肢が鎖で隙間なく繋がれており、牢の外にいる私からへそも確認出来る体勢であった。野生ではもちろん、動物園でも見たことがない大きさだ。A市の森はこれほどまでに大きなオランウータンを生むほど富んだ森なのだろうか。それとも近隣住民が密かに育てていたのだろうか。近々調査しなくてはならないだろう。
立方体の牢の中には調度品などは何もなく、棕櫚のような毛が床に散らばるだけであった。ベッドなどは殺戮オランウータンを収容する前にあらかじめ外に出したのだろう。
殺戮オランウータンの皮膚はところどころ露出しており、捕らえられたときの乱闘が目に浮かぶようであった。連れてこられた時、鎖かロープで抑えられていたのであろう。手首と足には円状に皮膚が露出している。汚物は垂れ流しとなっており、殺戮オランウータンの足元で山となり悪臭を放っていた。コンクリート打ちっぱなしとはいえ、掃除しても臭いが残りそうなほどである。薄暗い部屋であることを差し引いても、殺戮オランウータンの瞳に光も力もない。ご丁寧に猿轡までされていた。猿に猿轡……などとつまらないことを考えて現実逃避してしまうほど、彼あるいは彼女の姿は痛ましいものであった。本当にこのオランウータンがA市の市民を殺戮して回ったのか。
「あの指をご覧ください。暗くわかりづらいですが、毛が固まっているでしょう。あれは我らがA市の市民の血です」
警察官は淡々としたものであったがしかし、怒りによるものなのか怯えによるものなのか、不思議な震えがあった。
警察官どころかA市市民ですらない私には警察官の無念、恐怖、あるいは何か言い知れぬ思いを理解することはできない。文字通り部外者の私は、この場所に立つ唯一の理由である類人猿の研究者という立場を忘れず冷静に観察しなくてはならないと改めて気を引き締めた。
殺戮オランウータンが市民を殺害したとは聞いていたが、実際どのように殺戮して回ったのかまでは私は知らない。ただ、彼あるいは彼女が使える武器は己の四肢だけであったはずである。となれば指に血がこびりついているのは何も怪しいことはない。
しかし、私はいくつか気になる点があった。
「しばらく観察させてください」
「わかりました。こちらの椅子をお使いください。休憩されたい場合は、一階にお茶を用意してますのでご自由にどうぞ。あ、お手洗いも一階にありますのでご安心を。本官は通常業務に戻らせていただきますが、ほかに何かございましたらそこのテーブルに内線電話がありますので、遠慮なくご連絡ください」
「あの、もしよろしければ、牢の鍵をお借りできないでしょうか」
「鍵を?」
「間近で観察したいのです。手足が鎖でつながれていますし、猿轡もされていますから危険はないでしょう」
「わかりました。お貸ししましょう」
おや、と思った。正直、渋られるだろうと思っていたのだ。公的機関の、しかも警察機関の牢の鍵である。上の人間に許可をとってからとか、自分がついているときに限り、と言われるかと思っていた。
「こちらが牢の鍵です。バラバラに管理してはならない規定なので、ほかの鍵もまとめてお渡ししますが……絶対に使わないでくださいね」
「わかりました」
なんと不用心なのだろう。いくら牧歌的な土地とはいえ、よくもまあこんな運営でやってこれたものだ。私は五つの鍵がついたキーホルダーを握りしめて頷いた。
警官が上の階へと去っていくのを見送ると、私は改めて殺戮オランウータンに向き合った。リュックサックからノートと鉛筆を取り出し、スケッチを始める。
しばらく鉛筆が走る音だけが地下室に響いた。殺戮オランウータンが音を嫌がるのではないかと思っていたがそんなことはなく、起きているのか眠っているのかわからないくらい微動だにしなかった。
体長が大きい以外これといった特徴のない殺戮オランウータンのスケッチを終えると、いよいよ牢の中に入る。リュックサックを前に抱え、万が一殺戮オランウータンに攻撃された場合に備える。
鍵を開けて牢に入ると悪臭が強くなった。オランウータンを保護し育ててきたのである程度慣れているとはいえ、やはり何日か放置された汚物の臭いは強烈だった。何かうちでは与えていないものを食べている可能性もある。
後で靴を洗えばいいとはいえ、やはりなるべく汚物を踏みたくはない。気をつけながら前に進む。
近寄ると殺戮オランウータンは私に視線を向けたが、すぐに興味がなくなったのかまたどこか遠くを見るような目に戻った。
警官が言う通り、殺戮オランウータンの指の毛は血で固まっていたが、不思議なことに爪は切り揃えられていた。連れてこられた時に人にこれ以上害を加えないよう切られたのだろうか。
殺戮オランウータンに触れないよう回り込み、コンクリートの壁に頭をつけて殺戮オランウータンの後頭部を覗き込んで確認する。
「これは……」
殺戮オランウータンの後頭部にはべっとりと血が付着していた。
どうやって暴れる殺戮オランウータンを地下牢へ連れてきたのかと思ったが、なんてことはない。階段に突き落としたのだ。
この牢に連れてこられる際、手足を縛り、何なら目も隠して、階段へ落としたのだろう。一人しか通れない階段では殺戮オランウータンを運ぶことはできない。大きな体を持ち上げることもできない。ならば、落としてしまえば手間もかからないし、最終的に殺戮オランウータンも静かになるだろうと思ったのだろう。壁に残っていた殺戮オランウータンの毛はその時についたものだろう。
「なんとむごい……」
いくら殺戮オランウータンとはいえ、ここまでする必要があるのだろうか。いや、そう思ってしまうのは私の仕事のせいだとはわかっている。普通の人間からすればこの大きさの類人猿は怖いし、実際のところ、僕らは自分と同じサイズの類人猿に力で勝つことはできないだろう。合理的で、正しい行為では、ある。しかしそれでもやはり、むごい。
死んでいない生き物に合掌するのは気が引けたので、黙って頭を下げた。観察に戻る。
腕、脇、胸、腹、脚、脚の指……くまなく観察していく。それにしても、全体的に大きい。
野生のオランウータンでも、動物園でも、うちの保護施設でもこんなに大きなオランウータンを見たことはないが、オランウータンの健康を考慮に入れなければ理論上、ここまで大きく育てることは可能である。餌のカロリーを多くする、あるいは量を多くすれば、あとは少し運動を増やしてやれば筋肉がついて大きくなる。ただし、肝臓など臓器が健康であり続ける保証はない。そこまですれば、ようやくオランウータンはこのサイズになる。
端的に言えば、この殺戮オランウータンは人が何らかの意図をもって育てていたオランウータンであるということである。
そう思えば納得できることもあった。いくら鎖でつながれており、階段から落とされて頭をしたたか打っていたとはいえ、私が近づいても暴れもしないのはおかしい。人に慣れているのだ。
オランウータンの正面に立ち、瞳を観察すると、オランウータンは私を見た。その瞳に力はないが、澄んでいる。私はこの瞳を何度も見てきた。親に捨てられた仔オランウータンが、自分を保護してくれるのではないかと期待する、しかし本当に相手を信じることができるのかと見定める、知性の輝きがある瞳である。
ゆっくり頭を撫でてやると、私の手のひらに頭を擦り付けてきた。人懐こいオランウータンだ。それがなぜ、殺戮オランウータンとしてこの牢につながれているのだろうか。
私はテレビでA市市民がオランウータンに殺されたというニュースを見た。だが、死体を見ていないし、死の詳細も聞いてはいない。本当にA市市民は死んだのか? 本当にこんなにも穏やかに人に慣れたオランウータンが、目に入った人間を端から殺していったのか。納得ができない。
しばらくオランウータンを撫でていたが、オランウータンは苛立つこともなく、むしろ安心したような表情を見せた。
オランウータンは嘘をつくか、私にはわからない。類人猿の研究をしているからといってありとあらゆることを理解しているわけではない。理解していないからこそ、研究をしているのだ。だが、私にはどうしても、このオランウータンが私を騙して私を殺そうとしているようには見えなかった。ただの可哀そうなオランウータンにしか見えなかった。
私は意を決し、殺戮オランウータンの鎖につけられた錠をあけることにした。手足それぞれにつけられた四つの錠はご丁寧にも牢の鍵と束になっていた四つの鍵だった。
猿轡を外すとオランウータンは何が起きたのかわからなかったようで、キョトンとした顔で私を見た。このオランウータンが本当に殺戮オランウータンであるならば、私は今頃すでに死んでいただろう。
「さあ、お逃げ。もし、私のにおいがわかるのならば、私のところに来てもいい」
私の声と牢の鍵が閉まる音がしたのは同時だった。
振り返ると先ほど地上に上がっていったはずの警官が立っていた。
「鍵を使わないでくださいと言ったではありませんか、博士。失望しましたよ」
失望しましたと言っておきながら、警官の声も表情もやけに晴れやかだった。
「牢に鍵をかけさせていただきました。あ、お渡しした鍵で開く鍵ではありませんので」
「……牢を開けてください」
「それはできません。我々はあなたのような人を待っていたのです」
警官は心からの歓迎を表すようにほほ笑んだが、しかしその警官こそが私を牢に閉じ込めたのである。人を歓迎する態度ではない。
「先日までいらした博士たちは誰も殺戮オランウータンを開放しようとはしませんでしたからね。我々としても途方に暮れていたんですよ」
何を言っているのかわからない。私はオランウータンに背を向けて、一歩前に出た。オランウータンが静かに座り込む音が聞こえた。
「先ほどお話ししましたね。このA市は十年ほど前、この地域の村々が合併してできた市です。合併前は揉めに揉めましたが、合併後は思いの他平穏な日々が流れました。お互い足りない施設を補いあうことができましたし、なにより後戻りはできませんからね。いがみ合うより友好関係を築いたほうが有益です。少なくともそのくらいのことを考えられる程度には、A市の市民は老若男女みな利口だったというわけです。ただ、一つだけ問題があった。祭です」
複数の祭が一つにまとまったという話は知っているが、それがどう問題だというのか。
「祭には生贄が必要です。我々は長い間近隣の村を襲い、生贄を入手してきました。自分たちの共同体から生贄を出すのではなく、敵の共同体に所属する人間を供物とする。それがこの地域の習慣でした。ですから、村々が合併するとなればゴタつくに決まっています。ずっとお互い敵だったんですから。しかし村の合併により村の文化は融合してしまった。生活という意味では何ら問題はなかったのです。しかし、祭はそうではなかった。生贄とする存在がなくなってしまった」
もう同じ共同体ですからね、敵がいなくなってしまったんですよ、と言うと、警官はわかりますよね、というように首を少し横に曲げた。
「だから、私たちは人ではなく
脚本でもあるかのように警官はつらつらと語った。大仰に手を動かすわけでもなく、ただ世間話をするような顔で。
育てたオランウータンを生贄にするならば、あの体躯の大きさも、人に慣れていることも、爪が切りそろえられていることも、わかる。階段から突き落とすのも、どうせ後から殺すのだから丁寧に扱う必要なんてない。
いや、違う。そうじゃない。話のポイントはそこじゃない!
「ま、待ってくれ。この現代社会において生贄なんてそんな……。それは殺人じゃないか! 毎年のように村から一人ずつ人が減っていったら、普通なんらかの事件になるだろう」
「変なことをおっしゃる。この辺りは合併しないとやっていけないような村しかないのです。高齢者が多いと言い換えてもいいでしょう。つまり……毎年死ぬのは一人どころじゃないんですよ。高齢者の死や病人の死に事件性なんてありませんよね。そしてそれは、すべての村に当てはまります」
「交換……死体の交換……!」
「おお、すごい。ここまでの話でそこまで話を理解してもらえますか。さすが博士ですね」
警察官はパチパチパチと拍手をした。乾いた音が狭い部屋に響く。
毎年何人も死ぬ土地ならば、たった五人の死など特別なことではない。簡単に、紛れる。
さらに、生贄と奪ってきた人を、生贄として奪われた人の代わりとして死を届ければ、行方不明だのなんだのと面倒なことにはならない。気持ちの問題があれば焼いた骨を交換し、元の家の墓に入れることだって、お互い連絡が取れるならばできるはずだ。
それになにより、全部わかっている地元の警察署や役所は毎年祭の前後に人が死のうと、死体と書面上の名前が異なっていようと、事件になどしない。
「まあ、だいたいそういうわけです。ただ、さすがに私たちとしましても、敵ではないものを生贄にするのはちょっと、ね。良心の呵責があると言いますか。なので、毎年オランウータンに敵性キャッチフレーズをつけていたのです。今年は殺戮オランウータンというおもしろキャッチフレーズだったんですが……うっかり外に情報の一部が漏れてしまいましてねえ。テレビがすわ事件だと取材にきちゃったりしたんですよ。仕方なく殺戮オランウータンらしく話を盛る羽目になりました。自然死したおじいちゃんを殺戮オランウータンの被害者に仕立て上げるのは大変でしたねえ」
いやあ、うっかり、うっかり、と笑う警官は真っ暗な地下室にいる中年の男だというのにやけにチャーミングに見えた。
「ということは、このオランウータンは人を殺していない……? 殺されるために育てられたオランウータンに対して、人殺しの罪を着せることで生贄にしたと……?」
「罪を着せるって……類人猿を研究されてると思い入れが強くなるんですかね。オランウータンは法で裁かれないんですから罪を着せるも何もないじゃないですか。そもそも、真実などどうでもいいではありませんか。祭で殺すために動物を育てるなんて、ありふれたことですしね。それよりもここからやっと本題ですよ、博士」
時間がないのに話し過ぎましたねえ、と言いながら警察官は腕時計を見た。つられて私も腕時計を確認すると、あと数分で夜八時だった。
「あなたは、殺戮オランウータンだと言われているのに、市民が死んだと聞かされたのに、野に放とうとした」
真実などどうでもいいではありませんか、という警官の言葉が耳の中でリフレインした。
「これは、明確に、私たちA市市民への敵対行為です」
ああ、なぜ気づかなかったのだろう。警察署の牢に四肢を鎖でつなぐための楔が常設されているはずがない。人道にもとる行為だ。いや、そもそも、ベッドはともかく、牢が何もない立方体なのはおかしい。ベッドと違ってトイレは取り外せない!
この、施設は、本当に、警察署なのか? ただの自警団の建物だったのか?
「あなたは、我らA市市民の敵です。ようこそいらっしゃいました」
笑顔の警官の背後から、いくつもの足音が聞こえた。
「祭は今日の夜八時からです。いやあ、ぎりぎりで間に合ってよかった!」
村の贄 野堀ゆん @uiyun
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