第5話

 彼女を、ベンチに横たえる。


「だめ」


 頑なに、座ろうとする。

 しかたがないので、自分の肩にもれかけさせた。

 もう、限界だろうか。

 もたれかかってくる彼女は、切なくなるほどに軽かった。血が出すぎている。


「ねえ」


 彼女。うとうとしている。

 こどものときと同じだと、なんとなく思った。


「わたしのこと。訊きたい?」


「どっちでもいいよ」


「どっちでもいいは禁止」


 ぼろぼろの彼女。こうなる前に、見つけてあげられなかったのか。どうして。


「わたしのこと。訊きたい?」


 同じことを、うわ言のように繰り返している。


「訊きたいよ。訊きたい。あなたのことが知りたい」


「うれしい」


 それだけ言って、彼女は、静かになった。

 彼女の息遣いだけが聴こえる。まだ、生きている。そして、これから、しんでいく彼女の。せいいっぱいの、呼吸。横になれば、まだ楽なのに。自分の肩にもたれかかって、座っている。もう、脳にまで血が回っていないだろう。


「わたしね」


 そのわりには、明朗で、はっきりと聴こえる囁き。


「たくさんころしたの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る