第4話

 身体が、軽かった。

 今までで、いちばん軽い。


「ねえ」


 でも、この軽さも。わたしがしぬまでの、準備要素みたいなものだろう。少しずつ、何かがこわれていくのを感じる。いのち。たぶん、いのちが、こわれていっている。


「街からいなくなって、何をしてたの?」


 せめて、彼のことだけを考えよう。しぬ瞬間まで、その瞬間まで、彼のことで頭を満たそう。


「人には言えないこと」


「なにそれ」


 彼のほうは見ない。見たら、だめなお願いをしてしまう。そんな気がするから。


「笑わない?」


「うん。笑わない」


 自信は、あんまりない。


「探偵になるための下準備とか、お祓いの訓練とか」


「あはは」


 ごめんだめだった。探偵は耐えたけどお祓いはだめだった。ごめん。


「ごめんなさい。笑っちゃった」


「いいよ。そんなもんだから。たいしたことは、してない」


「でも」


 さっきの、止血。

 少なくとも、素人ではない。


「ありがと」


 訊きたいことばかり。

 あなたが街を離れて、誰に恋をしたのか。なぜ探偵でお祓いなのか。止血の処置は誰に習ったのか。

 訊きたいけど、訊けない。あなたのことをしりたいのに。あなたに傷をつけないという自信がない。


「ねえ」


 彼のほうを見る。

 そして。

 言いかけた言葉を、かみころして。


「どう?」


 砂場にできたお城を指差す。


「いいね。すごいよ。この短時間で」


 動いたほうが、気が紛れる。動いたほうが、頭が動く。だから、公園で遊んでいる。それももう、今は。最期の挙動でしかない。

 でも。

 どうしようもない。

 鉄棒に移動する。

 くるっと回って。

 鉄棒の上に乗って。

 また回って。

 彼のほうを見る。


「わたしのこと」


 聞き方がむずかしい。


「わたしのこと、知りたい?」


 わたしができる、最大限の譲歩。

 こういうときですら、わたしは彼のことを慮れない。本当は話すべきではない。このまま、ただ遊んでいるだけのこどものままで、しぬほうがいいのに。わたし自身のこころが、それを許さない。


「話してくれるなら。知りたい」


 話したかった。せめて、知っていてほしい。

 そうか。

 わたしが、彼のことだけを考えていたいように。彼に、わたしのことを考えていてほしいのか。

 わたしは、だめなやつだ。だめだ。


「やっぱり、いいや」


 すべり台に移動する。


「話したくないなら、いいよ」


 彼。押しも引きもしない。

 どちらでもいい。

 それが、どうしようもなく、こころを刺した。彼にとって、わたしは、どうでもいい存在なのか。


「ふあ」


 それでもいい、のかもしれない。

 彼には彼の人生があって。

 彼のことに、これからしぬわたしが。干渉するべきでは。ないのかもしれない。

 だめなことばかり、浮かぶ。


「はあ」


 すべり台で散々すべって、彼の隣に。


「あっ」


 つまづいた。さすがに、もう、身体が思うように動かない。服が濡れて、重たくなっている。


「よいしょ」


 彼。抱きとめて、支えてくれた。ベンチまで、運ばれる。


「ねえ」


 訊いちゃいけないことを。

 わたしは。


「安静にしなよ。けがしてるんだから」


 だめか。


「うん」


 血だらけのわたしと、しても。

 だめだよね。

 ごめんなさい。

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