奄美ちゃんは俺が救う!!

 

 例えば、飛んでいる鳥が白いウンコを地上に向けて落とすとする。それを俺は必ずと言っていいほど、ぶっかけられる。田中という男は、不運に不運を重ねる天才である。今回のオナニーだってそうだ。まさかまさか、死んだらエロマンガの世界に転生したっていう悪い冗談が、目の前で起きてるんだから。



 「抜いた?…田中先生。何を抜いたのですか?」


 「いや。気にしなくていい」



 一旦、冷静になれ俺。甘い香りと圧倒的なアイドルオーラで包み込まれてる彼女を抱きしめたい気持ちはわかるが、今は状況の整理だ。



 「ちなみにさ、確認なんだけどさ。俺の担当教科てなに?」


 「保健体育です」



 よりよって、保健体育かよ!!まあいい、色々と質問したいことは山ほどあるが、奄美ちゃんが俺の所へ来たのは何か理由があるはずだ。まずはそれを探ろう。



 「そうか。先生、最近は物忘れが激しくってな」


 「は、はぁ」


 「だから、すまないが俺に用事があったことを、もう一度だけ話してくれないか」


 「…わかりました」



 あれ、さっきよりも一段と暗い表情になっているぞ。落ち着け、俺。これから奄美ちゃんが言う台詞が、なんだか予想できるが…いや、まさかな。



 「実は、ご存知かもしれませんが、私は新人アイドルとしてデビューしたばかりの者なんですが」


 「あ、ああ…」


 「昼休み、うちの事務所の社長から電話がありまして…借金が膨れ上がって倒産しそうだと連絡があって…」



 やっぱりいいい!!俺がついさっきまで読んだ、新作のエロマンガと同じ展開じゃねえかあ!!どうなってんだよ神様!!俺に何も告げずにこんなことさせて!!



 「ですから、午後からの授業を早退しようと思うのです。社長からも、今すぐ話があるから来なさいと申し出があったものですから…すみません先生」



 俺は、この先の展開を知っている。

新人アイドル甘原奄美。その巨乳と元気いっぱいの可愛さで、地下アイドルから瞬く間にメジャーデビューしそうとする目前、事務所が倒産の危機に陥る。この後、奄美ちゃんは社長に呼び出され、『なんとか事務所を救ってくれ』と頼まれることになる。当然、優しい奄美ちゃんはお世話になったアイドル事務所を立て直すため、快く承諾することになる。


 だが、それは奄美ちゃんを陥れる罠だった…。


 事務所の借金など、真っ赤な嘘。裏の顔は、駆け出しの売れっ子アイドルを騙して、その知名度を利用してAV業界へと売り渡していたのだ。そして彼女は、南の島のリゾートへグラビア撮影と名ばかりの、撮影監督から陵辱をされることに…。そして奄美ちゃんは…俺がオナニーで抜いた展開となる結末へ…。



 「先生?話聞いています?」



 確かに、快楽に溺れていくエロマンガのヒロインはエロい。俺もそうやって抜いてきた。だが見ろ、彼女はこれから起こる事の顛末を知らずに、今日も学校へ来ている。それに…俺にも後悔という念がある。


 二次元のヒロインが酷い目に合う、それは俺にとっては我慢して我慢して抜いた精子は、まさに男の涙。作者が描く、極限のエロスの誘惑に負けた、まさに敗北者。


 俺は教師として、田中和夫として彼女を救わなければならない!!



 「奄美ちゃん、俺もその事務所に一緒に行っていいかな?」


 「えっ?」



 神様がどういう理由で、俺に教師に転生させたか知ったこっちゃない。だが、オナニーで悔いなく死を遂げた俺にもう一度、生命を授かったのは夢ではない。現に、奄美ちゃんが目の前に生きている。なら!!



 「生徒が困っている姿を、黙って見過ごすわけにはいかないからな!!」


 「ちょ、えぇ!?先生!?」



 驚く奄美ちゃんを背に向けて、俺は慣れないネクタイを締め直す。振り向いて、もう一度と彼女に向かって、大声で約束する。



 「一緒に解決したいんだ!!俺と奄美ちゃんで!!」



 彼女は困った表情をする。だが俺は知っている。奄美ちゃんはこういう誘いには断れないことを。



 「わ、わかりました」


 「よし、後のことは書置きのメモを残して他の先生に任せよう」


 「そんな適当な…」



 いきなり転生したばかりだから、他の先生の名前とか授業内容なんて知る由もないだろ…と、自分で言い訳しながら俺たちは職員室を後にした。駐車場に辿り着くと、俺が前世?と言うべきか、同じ車種が止まっていたからすぐにわかった。



 「先生、私の事情に関わって本当にいいんですか?」



 車に乗る直前に彼女が、不安げな顔で俺を見つめる。これから起こる惨劇は、男たちの快楽にとっては好都合だろうが俺は違う。奄美ちゃんがアイドルで頑張っている姿は、一コマしかない。だが、俺は妄想する。彼女がアイドルデビューするために、どれだけの努力を重ねてきたか。それを否定するわけにはいかない。



 「奄美ちゃんにって、アイドルは一番の宝物なんだろう?なら、おれも手伝わせてくれ」


「は、はいそうです!!先生ありがとうございます!!」



 なぜなら、彼女は純粋だからである!!こんな嬉しそうな奄美ちゃんを見たら、俺が妄想していたストーリーは嘘ではない。他のエロマンガのヒロイン達だって、きっとそうだ。彼女らの生き様は、せいぜい一ページ程の情報量しか読者に知らされていないが、この世界に生きている人間として存在しているのだ。ならば、エロマンガで抜いた展開にさせない!!


 そうだ、俺は!!田中和夫は!!エロマンガのアンチテーゼとなるのだ!!




 ***




 「ほほう。うちの奄美の担任の先生が、私らの事務所の問題に首を突っ込むとは…随分と良識ある人じゃないか」



 前言撤回したいです…もう心が折れそうです。忘れていた、奄美ちゃんの事務所の社長は数コマしか登場しない脇役だが、仮にも裏社会の顔に通じる男。自分の計画を阻止するために現れた俺の存在は、邪魔でしかない。ヤクザのような顔で俺を睨んでいるのは、当然のことだ。


 ソファーに座らされてる俺は縮こまるしかなく、奄美ちゃんは冷や汗をかいて社長の言葉を聞いていた。だめだ、ここで俺が臆したらエロマンガどおりのシナリオになってしまう。



 「社長、田中先生は私の身を案じて、事務所に来ただけなんです。どうか、同席させてください。お願いします」



 座りながら頭を下げた彼女を横目に、俺もつられて頭を下げる。社長の手元へ視線を移すと、両手を握りしめながら小刻みに震えてイライラしているのがわかる。



 「…悪いが、先生には関係のない話ですので、どうかお引き取りを願いたい。奄美、勝手に先生を巻き込むんじゃない」



 それは俺に向けての気遣いではなく、明らかな邪魔者への敵意だ。低いトーンで恐喝された俺は、震える足がさらに止まらなくなる。俺の人生、オナニー以外の人との関わりなどないに等しいからコミュニケーション能力なんて、全くない。

 

 やばい、こんな重い空気を体感したことがない。転生特典で、なにか不思議なパワーとかあれば、こんな状況ひっくり返るのに、悔しい。


 やはり社長が言った通り、帰るしか…



 「社長!!先生はアイドルを、私のアイドルを宝物だと言ってくれました!!一緒に夢を叶えてくれた、この事務所を先生も力を貸して下さるんですよ!!」



  エロマンガ通りの台詞を言う彼女に、俺はハッとした。


 なにやってんだ俺は…彼女を救うて自分で覚悟したばかりじゃないか。こんなキラキラした表情をする奄美ちゃんの言葉を、男どもの精子で汚されてたまるかよ。


 

 「…奄美。だがな、先生にも手に負えない状況なのだよ。なにせ、うちは君のために宣伝した借金が、数億円と超えているからね」


 「なっ!!私のためにそんなに!!」


 「そうだ。全ては君をデビューさせるためにね」



 その台詞も知っている。お前はそうやって、何人ものアイドルを騙してきたことを。だが、俺だけは知っている。俺だけが、彼女を救える。だから、だから。


 これから社長が言う台詞を。



 「すまないが、奄美には苦しいことを頼むが」



 俺は。



 「過激なプロモーションビデオを」


 

 言わせない!!



 「待ったあああ!!」



 俺の激情する声に、奄美ちゃんと社長は同時に振り向く。ソファーから立ち上がり、俺は高らかに宣言する。



 「奄美ちゃんの借金は、俺が代わりに支払う!!だから奄美ちゃんには今まで通りに、アイドル活動を続けさせてください!!」



 事務所の社長室の窓ガラスが揺れたような気がした。社長は唖然とするばかりで、奄美ちゃんは目が泣きそうになっていた。



 「な、なにを戯言を!!億を超える借金だぞ!!一体なにを言う!!」


 

 「せ、先生…どうしてそこまで…」



 社長が狼狽えている。これはチャンスだとばかり、俺は言葉は紡ぐ。



 「なら、俺が借金を肩代わりする不都合な理由でもあるのですか!!」


 「うっ!!」



 あるよな社長?これから過激なプロモーションビデオという嘘の撮影で、AVを強制的に奄美ちゃんを撮らせるんだからな。恐らく、もう撮影のスケジュールも整っているはずだ。なら、そこから畳み込む。



 「それに!!事務所が倒産しそうなら、アイドルの奄美ちゃんまで巻き込む必要性はどこにあるのですか!!大体、あんたが借金したのなら事務所から責任を持って辞任しろよ!!それぐらいの覚悟を、これまで頑張ってきた奄美ちゃんに背負わせるんじゃねえ!!」


 「き、貴様ぁ!!なんと無礼な!!」



 俺が今まで言いそうにない台詞が、頭の中からポンポンと出てくる。ああ、そうか。これが、守るべき人がいる強さなのか。



 「先生…私のためにそこまで…」



 泣くな、奄美ちゃん。この世界に部外者な俺だけが傷を負えば、なんてことはない。俺は元々、オナニーで死んだ身だ。君の陵辱で抜いてきた、最低な男。だから、これだけのことはさせてくれ。


 

 「奄美ちゃんのアイドル生命は、俺が守る!!だから俺が借金を背負う!!文句あっか!!」



 今更、怖がってどうする俺。社長に指をさして宣言した俺は、最悪に格好悪いだろう。指先と足下が震えて、今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだからな。



 「…貴様に、そこまでの意思があるなら、いいだろう」



 社長が電話を取り出し、誰か呼んでいる。すると、後ろのドアが勢いよく開かれて数人の黒服たちが、俺を取り押さえようとしていた。



 「せ、先生!!社長、どういうことですか!!」


 「奄美!!いい加減にしろ!!この男に何を言われたか知らないが、これは事務所である2人の問題だ!!おい、そいをつまみ出せ!!」


 「先生!?」



 泣き叫ぶ奄美ちゃんに、もみくちゃにされる俺は力負けしてドアまで押し戻されようとする。クソっ!!俺に筋力があれば、こんな奴ら!!



 「ひ、卑怯だぞ社長!!奄美ちゃんのアイドル活動を否定するのか!!」


 「黙れ!!奄美がどうされようが、倒産から危機を救えるのは彼女しかいないのだ!!」


 「その倒産が嘘だったら!!テメェはどうする!!」


 「な、なにを」


 「俺は知っているぜ!!奄美ちゃんのようなアイドルを騙して、AV業界から金を巻き上げてるってな!!」


 「な、何の話だ!!」



 はははっ!!まさか本当にエロマンガ通りの設定だとはビックリだぜ!!なら一気に畳みかけるぜ。社長がパニックになっているのを他所に、俺は奄美ちゃんを!!



 「ぐふっ!!」



 …えっ、なんだと。俺、殴られた?腹に思いっきり拳が入り、俺の視界が揺れていく。だめだ、ここで頭を下がったら今までの全てが無駄になる。



 「先生!?」



 …奄美ちゃん。今すぐここから逃げるんだ。俺の意識が墜ちる前に…



 「奄美も取り押さえろ!!お前には、やってもらうことが山ほどあるのだからな!!」


 「社長!?どういうことですかこれは!!」


 「うるさい!!お前は社長の命令を黙って従えばいいんだ!!」


 「今の社長の言葉には耳を貸せません!!私はアイドル奄美!!私のファンを待っている人たちのために、私はアイドルを続けます!!」

 

  俺は腹の痛みが強すぎて、蹲ってしまう。それを機に、黒服たちは一斉に背中を蹴り始める。痛い、すごく痛い。だが、俺が彼女へオナニーした贖罪に比べれば、何倍も軽い。



 「いやああ!!先生に乱暴にしないで!!」


 「何をしている!!さっさと、この部屋から追い出せ!!」



 困った時は、暴力が一番か。便利な言葉だな。だか、社長の人生もタイムリミットだと、俺らは知っている。…そろそろか。


 社長の電話機に、着信音が鳴り響くころが。



 「なんだ!?」


 

 社長は苛立ちながら、電話を取る。そして俺は、この後の台詞も知っている。エロマンガにあってはならない展開をな。



 「…なにっ、そ、そんな」



 ほら、顔を真っ青にしてる。社長は自前のパソコンを急いで開いて、あるページを取り出す。

 なあ社長?SNSって知ってるか?便利だよな?どんな場面でも、タイトルが

『新人アイドル奄美の事務所から生中継!!社長の裏の顔を今、暴かれる!!』

にすれば何人の視聴者が付くんだろうな。ましてや、アイドルの奄美ちゃんだ。怒ったファンがどんなコメントをするか。そしてなにより。


 俺がエロマンガ世界への、転生者だということを。



 「き、貴様…最初から私を…動画へ」


 「げほっ、げほっ。奄美ちゃん、小型カメラを停止してもいいぜ」


 「は、はい」



 奄美ちゃんは胸ポケットに仕舞っておいた小型カメラを取り出して、停止ボタンを押す。俺はこうなることを予測して、事務所に着く前に家電量販店でカメラを買っておいたのだ。自腹で数万円の値段はしたが、奄美ちゃんを救うためなら安いもんだ。殴られるのは予想外だったが…



 「そ、それじゃ今のやり取りは…」


 「ああ、社長。全部筒抜けだよ、これでお前の仕打ちは立派な炎上行為として残るだろうな」


 「そ、そんなぁ…」



 社長が肩から力が抜けたように、立派なオフィスチェアーに尻餅する。それに応じて、黒服たちも理解したのか顔を青ざめて、俺を殴るのをやめて離れていく。



 「先生!!」



 奄美ちゃんが急いで俺の元へ駆け寄り抱きしめる。ああ、柔らかいおっぱいに包まれて死ぬのって、こんな感じなんだあ…そして、俺の意識はゆっくりと落ちていった。



 ***




 あの後、俺たちの動画は拡散されて、社長らの悪行は明るみになった。それによって事務所は本当に倒産。社長も責任を持って辞任と同時に逮捕。これにより、奄美ちゃんのアイドル生命は断たれた…かに見えたが、動画を見た他のアイドル事務所から、奄美ちゃんの姿を見てオファーが殺到。奄美ちゃんはこれから、一躍は時代の人となるだろう。

 

 俺はというと…



 「仕事を無断でサボった始末書なんて、初めて書くからわかんねえよ…」



 授業をすっぽかし、挙句の果てに生徒を身代わりにして危険な目に合わせた代償として、教頭らしきハゲ頭から長時間の説教。殴られた腹と背中は痛みでズキズキするし、反省文なんて書いたことねえよもう。



 「まあ、安いもんか」



 奄美ちゃんがアイドルとして歌っている姿を見ながら作業するから、悪くないか。転生者だからといって、何も力があるわけではない。エロマンガの世界にいても、俺が黙って見過ごせば、それで終わりかもしれない。


 だが俺の良心は勝ったのだ。そして、オナニーだけしか取り柄のなかった自分にも、初めて誇りに思えることができたのだ。まあ、俺だけしか知らない事情だから、誰にも褒められる行動ではないけどな。



 「先生!!早くしないと授業が始まっちゃいますよ!!」


 「あ、奄美ちゃん…アイドルの仕事はどうしたの?」


 「先生の授業がある日は、休みにしました!!」


 「えぇ…」



 俺は、1人のアイドルを救った。見ろ、奄美ちゃんの曇りのない笑顔。結果として、それでいいじゃないか。それに転生者として、教師としての初めての授業。俺が受け持つクラスの生徒には、奄美ちゃん以外にも多数のエロマンガのヒロインがいる。なら、そいつら全員をエロマンガの展開から救ってやる。俺はそう決めたのだ。



 「先生、私はアイドルとして。これからやってはいけないことをするね」


 「なにを…っ!?」



 奄美ちゃんの艶やかな唇が、俺の唇と重なり合う。それは、俺が毎日オナニーしてきた快感よりも、何万倍もあるものであったのだ。





***

あとがき


続けるかどうか迷ってますが、ひとまず完結させていただきます。


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オナニーしすぎて死んだら、教師に転生!!エロマンガに出てくる完堕ち寸前ヒロインを救い出せ!! 龍鳥 @RyuChou

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